佐藤寿人が示し、柿谷曜一朗が引き継いだ『Jリーグの進むべき道』
34試合出場、警告数ゼロの2人
「去年の寿人(ひさと)さんがあまりにカッコ良すぎて…。“何か一つ並んでやろう”“僕も来年もらいたい”。そう思い、この賞のためというのではないですが、今年は相手の選手に敬意を払い、ラフプレーをなくすことを心掛けてプレーしてきました」
12月10日、年の瀬の恒例となったJリーグアウォーズ。タキシードに身を固めた柿谷曜一朗(セレッソ大阪)は、まばゆい照明の光を浴びながら、心からうれしそうな表情を浮かべて言った。
「イエローカード? もちろんゼロですよ!」
2013年の日本サッカー界に新風を吹き込んだ23歳が満足そうに胸を張ったのは、「フェアプレー個人賞」の表彰だ。
フェアプレー個人賞とは、「原則として、J1リーグ戦において警告・退場処分を受けていない選手の中からマッチコミッショナー報告書の評価を参考にし、選考委員会にて決定する」という栄誉ある賞。今季の柿谷は全34試合に出場し、警告はゼロだった。
柿谷のプロ入り後の警告数を見ると、弱冠16歳でプロ契約した06年はJ1で1試合出場、警告数0。チームがJ2に落ちた07年は21試合に出場し、この年も警告は0だった。つまり、元来が非常にクリーンな選手である。
以後、同じくJ2だった08年は24試合出場で警告2。シーズン途中にJ2徳島ヴォルティスに移籍した09年は27試合出場で警告4。10年は34試合出場で警告4、11年も36試合で警告5。順風満帆だったサッカー人生の中でつまづきを覚えていたであろうこの時期は警告数が多少増えているが、C大阪に復帰し、初めてJ1でシーズンを通してプレーした12年は、30試合に出場して警告1だった。
8年間で「異議」は一度だけ
全体的に警告の少ない柿谷だが、とりわけ触れておきたいのはプロデビューした06年から今年までの8年間にJ1とJ2で受けた全16枚の警告のうち、「異議」は一度だけということである。
サッカーでは、ぎりぎりの判断で行う激しいプレーや、体を張ってゴールを阻止するということが必要なときもあり、ときとしてそれがイエローカードの対象になることがある。守備の選手が警告ゼロでいくのが難しい理由はそこにある。
ただし、「異議」で警告が出されるような場面では斟酌する余地がほとんどない。これはJリーグが“社是”としているフェアプレー精神に則って考えればなおさらであり、付け加えると、Jリーグの上部団体である日本サッカー協会が近年行っている「リスペクトプロジェクト」という他者へ敬意を払うことの重要性を啓蒙する活動とも合致する。
そして、ここで照らし合わせてみたいのは、Jリーグでは07年から全試合のキックオフ前に、フェアプレーフラッグに両チームの選手全員がサインをしているということだ。11年からは両チームの選手による握手も行っている。柿谷のプロサッカー人生は、Jリーグがフェアプレー精神の尊重を顕著に打ち出した時期と重なっている。柿谷には「フェアプレー賞」をもらうだけの“才能”が元々あったのだとも言えるだろうが、やはり、Jリーグの施策がしっかり根付いている証だろう。そう考えれば、昨年のJリーグアウォーズで佐藤の「カッコ良さ」に胸を打たれたというのも、なるほどと肯ける。
佐藤「フェアプレー精神をトップレベルから伝えたい」
うれしそうな柿谷の横で、もう一人、満足げな笑みを浮かべていたのが佐藤寿人(サンフレッチェ広島)だった。2年連続3度目のフェアプレー個人賞受賞だ。
佐藤は09年10月25日の第30節・川崎F戦でイエローカードを受けたのを最後に、以後、今季最終節の鹿島アントラーズ戦まで4年間以上、132試合連続で警告・退場処分を受けていない。一点の曇りもない、クリーンな選手である。
ここで、柿谷が唸ったという、昨年の佐藤の受賞スピーチを紹介しよう。
「FWをやっている以上、DFのハードなマークを受けるので、ストレスも感じるし、イライラする感情が表に出ることはある。でも、僕はDFの選手をリスペクトしているし、サッカーに人を傷つける行為はいりません。僕の2人の息子もサッカーをしています。息子はもちろん、多くのサッカー少年がフェアプレー精神を持ってプレーするように、トップレベルから伝えていきたいと思います」
その佐藤は今年、Jリーグアウォーズに2人の息子を呼んだ。そして、今度は愛息たちの目の前でこうスピーチした。
「サッカーに必要なのは相手を思いやる心。僕自身、それを胸にプレーし続けています。これからもこの賞に恥じぬよう、多くの子どもたちの見本となり手本となるよう、努力していきたいと思います」
ザッケローニ監督も感嘆
同じくJリーグアウォーズで「フェアプレー賞高円宮杯」をチームで受賞したサンフレッチェ広島の森保一監督は、こんなエピソードを披露している。日本代表のザッケローニ監督がS級指導者講習会で話した内容だ。
ある受講者が「日本に足りないものは何ですか?」と聞いた。すると、ザッケローニ監督はいくつかのことを挙げ、その中で「日本に足りないものは、相手をあざむくことや、ずる賢く戦うこと、試合の運び方である」と指摘した。だが、ザッケローニ監督の話はここでおしまいではなかった。
「でも、実はそれは日本人の良いところでもある。日本人はズルをしない。真面目にひたむきに戦う。クリーンにファイトする」
森保監督はザッケローニ監督の言葉を噛みしめるように紹介しながら、「日本のサッカーと、(日本リーグの)マツダ時代から引き継がれてきた我々のクラブ哲学をしっかり守っていきたい。それは、クリーンかつハードに、そしてひたむきに戦っていくということです」と結んだ。
Jリーグが進む道
Jリーグは93年に開幕してから20年が経過した。この間、日本代表強化への寄与や、ホームタウンに根ざすという理念の具現化に一定以上の成果を見せてきたことが高く評価されている反面、近年は入場者数や収益の伸び悩みなど、多くの問題を抱えるようになっている。
とりわけ今年は、理念を実現させるための原資確保という錦の御旗を掲げて、2015年からの2ステージ制復活とポストシーズン導入という大会方式の変更を打ち出したのだが、その際、顔の見えない新規ファンの獲得に気をはやらせたばかりに、20年間を支えてきたファン・サポーターをないがしろにしているという猛反発を受けた。
揺らぐ姿が浮き彫りになったJリーグ。ただ、そういった中でも、柿谷が佐藤に「カッコいい」と羨望の眼差しを送り、自ら実行に移していくような土壌がJリーグにはある。ドーピングや八百長といった問題が、サッカーのみならず世界のスポーツシーンで大きな悩みとなっている今、フェアプレーという指針が、トッププレーヤーの中に確実に根付いてきていることにJリーグは胸を張ってもいい。
佐藤が示し、柿谷が受け継いでいる、フェアプレーをカッコいいと思う気持ち。これこそJリーグが進むべき道であり、未来につなげていきたい精神だ。