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改めて、「イスラーム国」の行動様式と広報を理解しよう

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 「イスラーム国」が、週刊のアラビア語機関誌の最新号(450号)の論説で、世界中のみんなが待っていた(?)ダゲスタンでの襲撃事件(2024年6月24日)について立場を表明した。しかし、その内容たるや、襲撃事件を自派の作戦だと誇るわけでも、襲撃犯が「イスラーム国」の自称「カリフ」に忠誠を誓った等の情報を公開するわけでも、作戦の企画・実行者のみが知る秘密の暴露をしたわけでも、作戦の動機や作戦に託したメッセージを語るわけでもなかった。それらを一切しない代わりに、論説は「イスラーム国」の自称「カリフ」への忠誠の表明は組織やその運営上のつながりではなく、信条、ジハード、(ムスリム同士の)友愛のつながりだと主張した。これは、「イスラーム国」にとっては既存の国境を越えて「ジハードをグローバル化した」結果だそうだ。早い話が、「イスラーム国」の自称「カリフ」に忠誠を表明する動画や画像の類を用意して同派の広報を担う誰かに届けることができれば、それまでの生活や、実際の思想・信条や、当人の身許もどーだってよく、「イスラーム国」は世界中のあらゆる通り魔事件や襲撃事件を自派の作戦だと主張できるということだ。

 このような主張は、同じ機関誌の2018年11月に刊行された号(156号)でも展開されている。要するに、世界各地で発生する様々な凶悪犯罪で「イスラーム国」の作戦ということになっている、あるいは「イスラーム国」が発信するみんな大好き(?)な「犯行声明」や「短信」や「機関誌の記事」、果ては発信者不明のなんだかよくわからないSNSのアカウントに「イスラーム国」っぽく出回る書き込みで称賛される「同胞たち」や「カリフの兵士たち」のほとんどが、事前に「イスラーム国」とつながりがなく、訓練も、資源の提供も、思想(注:そんなものが本当にあればの話だが)や信条の上での教化も全く受けていないという事実を「イスラーム国」自身が親切にも、何度も何度も表明してくれているのだ。同派にとって、「イスラーム国」の扇動や教唆に応じて決起したという体裁こそが大切なのであり、世論や観察者が思考停止の到達点としての決めつけや思い込みに沿って「イスラーム国」や同派と関係するSNSのアカウントや製作集団が何か言ってくれることを待望する状態こそがあるべき姿なのだ。

 「イスラーム国」の機関誌の最新号の論説のタイトルの脇には、ベルギーでのスウェーデン人襲撃事件(2023年10月)、去る3月のモスクワ近郊での襲撃事件、ダゲスタンでの襲撃事件の実行犯とされる者たちの画像が付されていた。その上、在セルビア・イスラエル大使館の警備員を洋弓で襲撃した事件の実行犯と、「カフカス州」から当代の自称「カリフ」に寄せられた忠誠表明の画像も付されていた。「イスラーム国」の主張に沿ってこれが意味するところを考察すると、そこから導出される結論は「世界中に「イスラーム国」の仲間や共鳴者がいて、彼らが予測不能な時宜と形態で決起するという恐怖が満ち溢れている」ではなく、「規模や損害の多寡にかかわらず、一見「イスラーム国」っぽく見える襲撃事件は、どれも実体としては同派とは無関係である」というものだ。つまり、この手の襲撃事件があった時に「イスラーム国」やその「公式/非公式の広報機関」から出てくる「犯行声明」の類の早く見つけた競争をしている当局・研究機関・専門家は、本当はもうそんなことをする必要は一切ないということだ。実行犯の大方は、ただ「イスラーム国」の扇動や教唆に応じた「フリ」をしているだけで、資源の提供も思想(注:そんなものが本当にあればの話だが)上の教化も受けていない、「イスラーム国」とは無関係な者たちだということだ。襲撃の実行犯と「イスラーム国」がこのような行動をとる理由は、そうする方がウケるから以外にない。となると、個々の襲撃事件について、人員の移動や装備の調達、計画の立案のレベルで「イスラーム国」の関与や存在を見出そうとすることはまさに無駄な努力に過ぎない。当局がすべきことは、事件を一つ一つ、独立した通り魔事件・襲撃として捜査することだろう。

 これも繰り返しになるが、このような状況で「イスラーム国」にとって一番うれしい援護射撃、あるいはもっとも「イスラーム国」に奉仕する行為となるのは、同派の主張を丸呑みして「世界中に「イスラーム国」のメッセージが広まっているから襲撃事件が頻発する」と状況を誤認することだ。本末転倒な話だが、テロリズムの実践者としての「イスラーム国」の思考・行動様式に鑑みれば、彼らは「世論(特に報道機関や専門家)の反響がない行動はとらない」のであり、世論が反応しないできごとや、世論が意図したような筋書きで踊ってくれないできごとを「自派の作戦である」と主張することはない。本来、世論の反応が期待と異なる(≒何かの襲撃事件を「イスラーム国」の作戦ではないと反応するとか)場合、実行者のみが知りうる秘密の暴露をすれば敵方を出し抜く強烈な広報効果が期待できる。しかし、「イスラーム国」は親切にも、様々な作戦について「うちは事前には一切関係ない」と教えてくださっているので、こちらの方向に事態が展開する可能性は極小である。「イスラーム国」を含むイスラーム過激派の観察や分析の本旨は、彼らがもたらす害悪を事前に回避したり、害悪の反響を低減したりすることにある。それを忘れてしまったのならば、徹夜仕事を繰り返してイスラーム過激派の声明類を漏らさず捕捉し、活動家や広報機関の経歴や内情を詳細に調べ上げ、それらについて長々と語ったり文書を書いたりすることは「テロ支援」どころか「テロ組織の共犯」にもなりかねないということを今一度肝に銘じたい。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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