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暴行、あばら骨折でも「見て見ぬふり」 技能実習生を搾取する「現代奴隷制」の仕組み

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

 昨日(1月14日)、岡山市内の建設会社で働いているベトナム人技能実習生男性が2年に渡り、繰り返し暴言や暴力の被害に遭っていることが報道で明らかになった。男性は同じ会社で働く日本人労働者から殴る蹴るなどの暴力を日常的に受けており、腹を蹴られてあばら骨を折ったりもしたという。しかし、会社は暴力を放置し、技能実習生を支援する立場にある監理団体も男性から相談を受けた後もまともに対応しなかったようだ。

 実はこのような技能実習生に対する暴力事件は少なくない。すでに41万人ほどが日本で働いているこの技能実習制度のもとで、なぜこのような人権侵害が頻発するのだろうか。今回のような暴力事件の背景にある制度的問題そしてその解決に向けた方向性について考えていきたい。

安全靴で蹴られ、あばら骨を折る怪我

 まず今回話題となっている事件について、報道をもとに簡単に確認していきたい。被害者の男性は2019年に技能実習生として来日し、岡山市の建設企業で解体などの仕事に従事していた。しかし、おそらく日本語が不自由で仕事上の指示をうまく理解できなかったことがきっかけとなり、同僚などからの暴力が始まっている。

 棒で叩かれたことや、二人の同僚から腹や腰を蹴られたという。さらには安全靴で脇腹を蹴られたこともあり、その際にあばら骨を折っている。しかもその暴力は2年ほど続いたという。

 なぜ男性は「我慢」していたのだろうか。記事によれば、男性は妻子をベトナムに残して来日しており、その際に100万円の借金をしているため借金返済のために働き続けなければならないと感じて声を上げられなかったようだ。そのうえで、2021年6月に意を決して監理団体に相談したが、その後も暴力は継続していた。その後、会社を離れ、10月に労働組合の運営するシェルターに身を寄せている。

 この事案が大きな話題を呼んでいるのは、男性の証言を裏付ける録画が残っていたことが大きいだろう。同僚が撮影していたとのことだが、動画には暴力の決定的な証拠が記録されており、暴力の事実そのものを否定することはできない。

 それにもかかわらず、会社も監理団体も山陽新聞の取材に対して「事実関係を含めてコメントしない」と驚くべき反応を見せている(なお、事案の事実関係についてはすべてこちらの報道を参照している。山陽新聞:ベトナム人技能実習生「暴行2年受け続けた」 岡山で就労、 監督機関が調査

多くの職場で頻発する暴力

 このような報道を見て、なぜこんなにも酷いことがと思うかもしれないが、実は外国人技能実習生の働く職場での暴力はさほど珍しくない。外国人技能実習機構の調査によれば、技能実習生の2.2パーセント(有効回答数1,858件)が「日本人から殴られた・暴力をふるわれた」と回答している。

 また、「日本人から精神的嫌がらせを受けた」と回答した技能実習生も10.5パーセントもいるなど、暴力やハラスメントが技能実習生の働く職場でも起こっていることがわかる。(外国人技能実習機構 2020年度「帰国後技能実習生フォローアップ調査」

 当たり前のことだが暴力はいかなる意味でも正当化されるおとはなく違法であり、暴行罪や傷害罪にあたる。殴った加害者の個人責任は問われるべきである。そのうえで、職場での暴力や暴言をきっかけに怪我や精神疾患を発症した場合は、労働災害にあたる可能性がある。

 労災と認められると国から治療費や休養中の賃金が支払われるだけでなく、単なる私傷病ではなく仕事がきっかけだったと国が判断したことになり、会社の責任も追及しやすくなる。今回の会社でも、2年間も暴力が続いていたとなると会社が把握していなかったとは考えにくく、その責任は免れないだろう。

 つまり今回の事件は、暴力を振るった個人に加えて、放置し続けて事実上黙認していた会社の責任も問われるべきなのである。

違法がまかり通る技能実習制度

 技能実習制度のもとでは、暴力だけではなく、その他の違法行為も蔓延している。

 そもそも、技能実習制度は農業や製造業、介護といった人手不足が深刻な産業において、外国人労働者を3年から5年間受け入れて働かせるというものである。この制度のもとで働く外国人労働者は、「技能実習生」という技能を学ぶ存在として扱われる。

 労働法は適用対象となるため最低賃金や労災は適用されるが、「技能実習」を行うために日本にいる期間は同じ雇用主のもとで働くことを実質的に強制されており、例外的なケースを除いて原則的に転職は禁止されている。

 またほとんどの技能実習生は現地の年収で数倍にもあたる金額の来日費用を借金という形で負担しているため、それを完済しなければいけないという圧力も存在する。一定期間、特定の雇用主のもとで働くことを強制されることから、国連やアメリカ政府はこの制度を「現代的奴隷制度」と名指しで批判している。現代奴隷制を研究する社会学の研究を参照すれば、技能実習生はもっとも典型的な奴隷形態である「債務奴隷」に区分できる

 戦前の日本においても、会社が親に金銭を渡し、その「前借金」を返すために子供が奉公先で奴隷的に働かされるという忌まわしい慣行が存在した。今日では、この「債務奴隷制度」は労基法によって刑罰付きで禁止されている。だが、技能実習制度においては、母国のブローカー(日本政府が「連携」する送り出し機関)を通じ、実質的な「債務奴隷制度」が運用されているのだ。

 さらに、転職が禁じられている技能実習生は、たとえ労働法違反やハラスメント、暴力が蔓延している職場であったとしても働き続けることを強制される。これは、日本国憲法に定められた「職業選択の自由」が実質的に制限されることを意味している。もちろん、あらゆる外国人が就労ビザによって職業選択を制約されているのだが、技能実習制度は「雇い主」さえ選ぶことが実質的にできないという意味で、より事業主に隷属的せざるを得ない。

 事実、技能実習生の働く職場の71パーセントで労働法違反が見つかっている。私が代表を務めるNPO・POSSEに寄せられた相談のなかには「残業代が一円も支払われていなかった」といった賃金未払いに関するものも少なくない。また、その他の人権侵害、例えば性的関係を事業主に強要される、妊娠の事実を会社に伝えた際に強制的に寮を追い出されるといった事案など、枚挙にいとまがない。

 転職が禁じられている技能実習生は退職した後にそのまま日本に居続けることや働き先を見つけることは難しく、いわゆる「不法滞在」(非正規滞在)になってしまう。それにもかかわらず、あまりに職場環境が劣悪すぎるがゆえに、毎年1万人弱の技能実習生が「失踪」という形で職場を去っている。

参考:71%で違法行為を確認! 技能実習生が「失踪」する要因を探る

機能しない相談機関

 国もこのような実態を当然把握しており、また海外からの批判も強かったことから、2016年に技能実習法を制定し「技能実習生の保護」に取り組んでいると主張している。そして、技能実習法に則った実習が行われているかどうかを監督するための「外国人技能実習機構」を発足させた。

 また、監理団体という技能実習生の日常生活を支援し、彼らが働く職場をチェックする団体も存在する。しかし、今回のケースでも明らかなように、このどちらも技能実習生の権利を保障するという観点からは全く逆の機能を果たしていることがわかる。

 そもそも監理団体とは、ベトナムなど現地の送り出し機関から技能実習生を受け入れ、彼らを必要とする企業に送り込む代わりに「監理費」という名目で、毎月一人あたり5万円ほどを企業から受け取っている「ブローカー」であり、いわば派遣会社のようなものだ。

 要するに、技能実習生を企業が受け入れれば受け入れるほど儲かる仕組みとなっており、その顧客は企業である。そのため、仮に技能実習生の支援をすることが建前となっていても、企業側に都合が悪いことは主張しづらく、むしろほとんどのケースで企業の意向に沿って行動している。

 実際に本人の意に反して強制的に飛行機に乗せる「強制帰国」に加担しているケースは珍しくなく、その責任が裁判で認められたこともある。

参考:実習生の意思確認せず帰国手続き 監理団体に賠償命令

 制度上は監理団体が転職等の支援を行うことが想定されているが、現実には、利害関係からそのように動くことはあまりない。今回暴力被害を受けたベトナム人男性も監理団体に相談したようだが、しかし監理団体は「会社に伝える」と言うだけで、その後も暴力は続いたという。監理団体からしてみたら、この企業とトラブルになり取引が停止させるよりも、このベトナム人男性を言いくるめたほうが「自分たちの利益になる」と考えたのだろう。

 また、制度そのものを監督すべき外国人技能実習機構の動きも非常に鈍い。この件でも昨年11月に男性から実習機構がヒアリングを行ったが、その後、男性には連絡がないという。

 実習機構には監理団体の許可や実習計画の内容を審査し違法が確認される場合は取り消す権限も与えられているが、2021年度に監理団体に対して行った改善命令はわずか8件、実習実施者(技能実習生が実際に働く職場)に対してはわずか5件と、上に見た労働法違反の実態と比較すると圧倒的に少ない。

 さらに、2020年度に技能実習生から実習機構には13,353件の相談が寄せられたが、そのうち「実習先の変更に関すること」の相談が1376件に対して、実際に「実習先変更支援」が行われたのは49件に過ぎない。実習機構も問題が頻発していることを把握しておきながら十分な支援がなされていないという現状は明らかであり、制度上想定されている「支援団体」が機能していないことがわかるだろう。

市民団体、労働組合が問題を明らかにする

 監理団体や実習機構が機能していないどころか、むしろ積極的に本人を言いくるめて問題を覆い隠そうとしている実態があるなかで、技能実習生の権利を保障するためには、制度外部での支援が不可欠である。その重要なアクターが市民団体・NPOや労働組合だ。

 今回のケースも広島県福山市にある労働組合が相談を受けシェルターを用意して男性を一時的に保護したことで、事実が明らかになった。POSSEにも多くの「失踪」した技能実習生からの相談が寄せられているが、シェルターを運営するNPOなどと連携しながら、住居の確保から、元の職場での労働問題の解決に向けた権利主張の支援を行っている。

 また、仮に違法状態に技能実習生が気づいていたとしても、労働基準監督署や外国人技能実習機構など公的機関へ問題の申告を行うには一人では言葉の壁もありハードルが高いため、証拠集めから申告書の作成などを支援している。こういった労働組合や市民団体・NPOといった外部の団体の支援を通じて、メディアに問題が告発され事案が社会問題として取り上げられることになる。

 POSSEでは国籍や在留資格などを問わず、職場で起こった労働問題や生活上の課題に対する相談を受け付けている。暴力やハラスメントの被害に遭っている技能実習生からの相談も多い。もし周りに同じような状況におかれた外国人労働者をみかけたら、ぜひ相談することをすすめてほしい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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