ロシア 対独戦勝記念日を巡るポリティクスと「愛国」の風景
登場した新型装備
今日(日本時間では昨日)、モスクワの赤の広場で対独戦勝70周年記念式典が開催された。
軍事面における最大の注目点は、最新鋭の装甲車両が大量に展示されたことである。
前回の記事でご紹介したT-14戦車や、その重歩兵戦闘車型T-15、クルガーニェツ-25歩兵戦闘車、ブメラーング装甲兵員輸送車、コアリツィア-SV 152mm自走榴弾砲など、多くの新型装備が初公開された。その多くはまだ試作型であり、一部については試作型もパレードに間に合わないとされていたが、実際には開発中の新型車両が全種展示された。
とりあえず形になり次第、パレードに出すというのはソ連時代に多く見られたパターンで、最先端の軍事力を内外向けにアピールする狙いがあるものと思われる。逆に言えば、軍事力をアピールする必要性が冷戦期並みに高まっている、ということでもあろう。
ただ、試作型であるがゆえにトラブルも多く、最新型戦車T-14は少なくとも練兵場で1回、赤の広場でのリハーサルでも1回、エンストを起こして立ち往生している。これが機械的な設計に起因するのか、乗員の不慣れによるものなのかは明らかでないが、とりあえず本番は大過なくやり過ごすことができたようだ。
これ以外には、初公開というわけではないが、RS-24ヤルス地上移動型ICBMが戦勝記念パレードとしては初披露された。これまで展示されてきたRS-12MトーポリやRS-12M2トーポリ-Mの大規模改良型で、第一次戦略兵器削減条約(START1)の失効を睨んで開発されたため、1基のミサイルに複数の核弾頭を搭載するMIRV(複数個別再突入体)型となっている。
ロシアは通常戦力面の劣勢や、ウクライナのような「ハイブリッド戦争」における西側の介入抑止を念頭に核戦力の近代化を図っており、ヤルスはその中核と位置付けられるものだ。このほかには、戦術核戦力近代化の中核を担うイスカンデル-M戦術弾道ミサイルも展示された。
所属部隊別に見ると、クリミア半島を拠点とする第810海軍歩兵旅団の装甲兵員輸送車が昨年に続いて参加したほか、幼年学校の女子生徒が初めて参加したことが注目される(モスクワでの戦勝記念パレードで女性が行進するのはこれが初めて)。
一方、地上車両に続いて行われた航空機の飛行展示は、新型機の比率が増加してはいるものの、目新しいものはなかった。一部報道では、Tu-160やTu-95MSなどの戦略爆撃機が空中給油デモを行ったことについて、対米攻撃能力を誇示しているとされていたが、これは毎年のことであって特筆するほどのものではない。
(Tu-160については、ソ連崩壊後に停止されていた生産の再開を検討すると発表したことのほうが注目される。詳しくはこちらの記事を参照)
首脳参加を巡るポリティクス
続いてパレードを参観した各国首脳について見てみよう。
当初、大きく注目されたのは北朝鮮の金正恩第一書記の参加であったが、これについては記念日直前になってペスコフ露大統領府報道官が「国内事情により」不参加となったことを発表した。
その理由を巡っては、外交上の特別扱いを要求したもののロシア側が受け入れなかったとの説、大規模経済援助を断られたとの説、北朝鮮国内の政情不安説、最初から訪露予定はなく、ロシア側の情報戦であったとの説などが入り乱れているが、筆者がロシアメディアをウォッチしている範囲では結局「はっきりしない」という以上のことは分かっていないようだ。
G7諸国の首脳も式典を軒並み欠席した。ただし、ロシアとの間でミストラル級強襲揚陸艦の売却問題を抱えるフランスはファビウス外相を式典に派遣したほか、ドイツのメルケル首相も「ウクライナ問題に対するロシアの姿勢は受け入れがたいが、何百万ものソ連兵士の死にドイツは責任を負っている」として、式典の翌日に無名戦士の墓への献花に訪れる予定である。ロシア側もメルケル首相のために献花式典を別枠で設けるなど、対立はしつつも配慮もする、という硬軟織り交ぜた姿勢である。
ロシアと「連合国家」を構成している同盟国ベラルーシのルカシェンコ大統領も、今回の記念式典参加を早々に見送っている。首都ミンスクで同様の式典があるため、とされているが、以前から両国は接近と離反を繰り返しており、今回も対西側関係が厳しさを増す中でのパレード参加は避けたいとの思惑がベラルーシ側にあった可能性は高い。カザフスタン、アルメニア、アゼルバイジャンといった旧ソ連の友好国首脳はそれぞれにロシアとの間で問題を抱えながらも式典には出席しており、ルカシェンコ大統領の欠席はやはり目立つ。
ただし、ベラルーシは今年2月のウクライナ停戦合意交渉でホスト役を果たしたほか、これまで避けてきたウクライナ領内へのロシア軍の展開を認めるなどの動きを見せてもいる。さらに今年の戦勝記念日は初めてミンスクでロシア軍とベラルーシ軍が合同パレードを実施するなどしており、一筋縄にはいかない両国関係の複雑さが際立った。
参加しなかった国だけでなく、参加した国にも見所が多い。その目玉は、中国の習近平国家主席の参加であろう。記念式典に先立つ8日に行われた中露首脳会談では、中露がともに第二次世界大戦で日本軍国主義と戦った同盟国であることをアピールするとともに、今年9月に開催される対日戦勝70周年式典にプーチン大統領が出席する方針を改めて確認した。これまでロシアは日中の歴史問題に深入りすることは極力避けてきたものの、欧米との関係悪化に伴って中国への依存度が高まる中、歴史問題で中国と歩調を合わせる方向へ舵を切りつつある兆候とも考えられる。
中露首脳会談に関して軍事面で注目されるのは、米国のミサイル防衛システム配備反対を共同声明に盛り込んだことである。ロシアは欧州におけるミサイル防衛システム配備に猛反発する一方、アジア太平洋方面では「注視する」などと述べるに留まってきたが、中国は韓国へのTHAAD(戦域高高度防空)システム配備に強く反発している。したがって、この声明も中国の立場にロシア側が歩み寄った可能性は高い。
さらに式典当日、ロシアは習近平主席夫妻の席をプーチン大統領の隣として主賓待遇としたほか、約100人の人民解放軍兵士が赤の広場を初めて行進した。
また、黒海沿岸のノヴォロシースク海軍基地に2隻の中国海軍フリゲートが寄港し、同地での戦勝記念式典に参加している。同艦隊はこの後、地中海へと抜け、11日から始まる中露合同海上演習「海上連携2014」に参加する予定である。
ただ、中国艦隊は目と鼻の先であるクリミアには寄港していない。黒海での戦勝記念式典の中心はなんといっても黒海艦隊の母港があるクリミアのセヴァストーポリだが、これを敢えて避けたことになる。黒海に艦艇を派遣しつつもセヴァストーポリには行かせない、というところでぎりぎりのバランスを取ったように見える。
「愛国」の風景
最後に、現地で戦勝記念式典を取材した筆者の雑感をいくつかまとめておきたい。
今回、筆者の印象に強く残ったのは、愛国ムードがかつてなく高まっていたことである。もちろん、戦勝記念日という性質上、そのような雰囲気が横溢するのは当然と言えば当然なのだが、その度合いがこれまでとは異なっていた。
筆者は2010年の戦勝65周年式典も現地で体験しているが、この際は西側の首脳や部隊もパレードに参加し、共同でナチズムを打倒したという世界観が全面に押し出されていた。その一方、中国や北朝鮮首脳の参加は最初から取りざたされもせず、また共産党など保守派が主張していたスターリンの肖像画掲揚なども政府が押さえ込んだ。
対して今回の戦勝記念式典は、対西側関係が悪化する中、ロシア(またはソ連)の勝利という側面が強く打ち出されていた。
しかも、それがやや独善的な色彩を帯びていたのが気にかかる。
何しろ、筆者がモスクワへ向かうアエロフロート機に乗り込むなり、座席のモニターには「戦勝おめでとう」のメッセージ、機内誌には大戦中の攻撃機エースの特集記事、空港に着けば「モスクワ防衛の歌」が流れているという具合である。
さらに市内を歩いてみると、警官からメトロの職員まで、ほぼあらゆる公務員が胸にオレンジと黒の「ゲオルギーのリボン」を飾り、大手のカフェ・チェーンでは店員が第二次大戦中の軍帽や軍服を着て働いていた(それも特定のチェーンではなく、ほぼどこのチェーンに入っても、である)。メトロ内では俳優など有名人が戦勝記念日に寄せたメッセージのテープが流れ、記念日当日には従軍した祖父の遺影をプラカードにしてベビーカーにくくりつけた若い母親の姿もあった。
2010年には、戦勝記念ムードはここまでの徹底振りではなかったように思うし、外国人の筆者の目から見れば、やや異様なまでのはしゃぎ振りを感じてしまう。
ソ連がナチズムという怪物を打倒したことには、たしかに人類的意義があろう。
しかし、クリミア半島を武力で併合し、さらにドンバスに非公然軍事介入を行っている現在のロシアは、新たな「怪物」になってはいないだろうか。
軍事関連の書物を求めて入った本屋で「戦勝おめでとう」とゲオルギーのリボンを手渡されたが、今年ばかりはそれを結ぶのにどうしても躊躇してしまった。