Yahoo!ニュース

黒鷲旗がJT広島ラストマッチ。豪州の大エース、トーマス・エドガーが語る日本バレー、育成年代、Vリーグ

田中夕子スポーツライター、フリーライター
今季限りでJT広島を退団するトーマス・エドガー(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

休日返上でセッター練習に付き合った大エース

 4月30日から5月5日まで、大阪で黒鷲旗男女選抜バレーボール大会が3年ぶりに開催される。男女とも、合宿中の日本代表選手を欠く中ではあるが、国内のバレーボールシーズンを締めくくる、今季最後の公式戦。開幕を前に選手、スタッフのこの大会限りでの退団や引退が発表される中、17年から5シーズン、JTサンダーズ広島でオポジットとして活躍したトーマス・パトリック・エドガーの退団も発表された。

 ダイナミックなプレースタイルの印象が強いせいか。はたまた、オーストラリア代表のエース、主将として活躍したエドガーに日本代表が苦しめられる姿を何度も見てきたせいか。荒々しくて、猛々しい。最初はそんな印象を抱いた。

 だが、試合を見るたび、欲しい時にトスが来ず、しかも来たとしても低いとかタイミングが合わないとか、感情を露わにする外国人選手が少なくない中、エドガーは紳士的だった。決して大げさではなく、チームの打数や得点の7割近くを担っているにも関わらず、決まらなければ「自分が悪い」とばかりのジェスチャーでセッターに合図を送る。

 むしろ荒々しいのはプレーだけで、コートに立つチームメイトを常に気遣う姿を見るのはむしろ当たり前。試合の時だけでなく練習中はもちろんだが、昨季から金子聖輝がスタメンセッターとしてコートに立つ機会が増えると、休日返上でエドガーが金子の自主練習に付き合った。若手選手メインの布陣で連敗が続き、チームの雰囲気が不穏になると記者会見では悪いところや、今目に見える課題を指摘するばかりでなく「若い彼らにとって、この経験以上の武器になるものはない」と勇気づけ、最後は決まって「でも忘れないでほしいのは、経験してよかった、で終わらせるのではなく、あくまでも結果を求めること。それがバレーボール選手として必要なスピリットだと伝えたい」と言い続けた。

 そんな強く、優しき大エースが5年間プレーした日本の地を去る。

 14歳でバレーボールを始め、18歳でプロとしてのキャリアをスタート。23歳でロンドン五輪に出場したエドガーが語る、自らのルーツ、そしてVリーグ、日本バレーボール界の課題や育成年代への提言――。

水泳、クリケット、テニス、さまざまな競技を経て、最初はミドルブロッカー

――14歳でバレーボールを始めるまで、何か他に別の競技をしていた経験はありますか? また、別の競技を経験したメリットはありましたか?

高いレベルでバレーを始めるまでは本当にいろんなスポーツをしました。水泳、クリケット、テニス、サッカー、自分の両親はずっと忙しかったので大変だったかもしれないですが、基本的に身体を動かすのが好きで、負けず嫌い。何かをやっていなきゃ、というタイプだったのでいろいろなスポーツを経験しました。(タイガー)ウッズや(ロジャー)フェデラーのように3、4歳からゴルフやテニスに打ち込んでいる選手もいますが、他のスポーツをすれば身体の使い方や、コーディネーションなど、得られることは多くあります。1つのことをやり続けるだけで素晴らしい選手になる選手もいますが、複数のスポーツをすることに損はないと思います。

――現在のポジションはオポジット、始めた当初は?

ミドルブロッカーでした。当時のユース代表(U17)には3人のミドルブロッカーがいて、その中で自分が一番スパイクは優れていましたがブロックが少し劣っていたので17、18歳になる時に監督から「他のポジションを見てみたい」と言われ、オポジットに転向しました。当時から身長が高かったので、ミドルでなくても生かせる道はないか、とオポジットに転向した。日本では早くからポジションを固定することがあるかもしれませんが、その点では発想が柔軟でした。

――2000年に自国・シドニーで夏季五輪が開催され、12年にはロンドン五輪へ出場。「五輪」の経験はエドガー選手にどのように活かされていますか?

シドニー五輪はバレーボール選手としてのキャリアをスタートさせる前だったので、バレーボールは全く見ていないのですが(笑)、スポーツをしている以上はオーストラリア代表として戦いたいと思っていました。オリンピックは日ごろから注目される競技ばかりでなく、自国で開催されたことで普段はスポットライトが当たらない競技にも注目され、シドニー五輪では射撃も脚光を浴びた。それは素晴らしいことだと思いますし、(12年の)ロンドン五輪に出場できた時も、私は本当に素晴らしいチームでプレーすることができました。あの時は日本も素晴らしいチームで、イランもアジア選手権を制したばかり。力のあるチームが揃う中でオーストラリアがアジア枠を獲れると思われていなかったはずですが、みんながみんなのためにと1つになって戦えた。若く、経験のないチームだったので、本大会では気負いすぎて負けてしまった苦い記憶もありますが、忘れられない経験であり、今までの代表経験の中でも一番思い入れのあるチームでした。

12年のロンドン五輪に出場。16年のリオ五輪出場を逃したが、オーストラリア代表の大砲としてチームをけん引した
12年のロンドン五輪に出場。16年のリオ五輪出場を逃したが、オーストラリア代表の大砲としてチームをけん引した写真:アフロスポーツ

「練習から100%の自信を持ってやり続ける」

――17年からJTサンダーズ広島でプレー、昨季からはセッターが金子選手になるなど、若い選手が増える中、エドガー選手のリーダーシップも目立ちました。プレーで見せるだけでなく、どのようにコミュニケーションを取り、どんなことを伝えていたのでしょうか

自分の経験を伝え、チームのために活かすことは大切で、チームには常に共同作業が不可欠です。日本でプレーする前も、(チームの中に)外国人選手が1~2人という状況でやってきましたが、いかなる時も決して外国人だから、とか、自国のプレーヤーだからと線引きすることなく、自分もチームの一員として何ができるか。チームのために何ができるかを考えてきたので、やるべきこととしては当然でした。金子選手はこれまでもずっと才能ある選手と言われ続け、(昨季から)出場する機会が増えましたが、一緒にやっていて数か月間でとても成長したと思いますし、経験値のなさからくるミスも少なくなった。彼は自信を持ってプレーしている時にはとてもいいプレーをしていますが、あれこれ考えすぎると不安定になる。セッターとして彼に求めるのは、彼が自分の役割に集中することだと思うので「みんなポジションごとにそれぞれの役割があるから、周りを考えすぎずに自分の仕事に専念して、落ち着いてプレーするように」と話をしました。非常に練習熱心で居残り練習も積極的にする選手だからこそ「目的意識を持ってやるように」とアドバイスもしましたね。ただひたすら反復練習をこなすだけでなく、セットアップの位置、身体の向き、細かい1つ1つの動作にこだわってただの反復にならないように考えながら質を高くやっていくといい、と伝えたのですが、とてもいい方向へ成長していると思います。

――金子選手だけでなく20代前半のⅤリーグではキャリアの浅い選手がコートに立つ機会も増えました。率直にどのように見て、彼らに期待することは何ですか?

年齢だけを見れば22、23歳は若いかもしれないですが、私は18歳でプロになり、23歳でロンドンオリンピックに出場しました。海外のクラブでは18歳からプロフェッショナルなキャリアをスタートさせるのも当たり前なので、日本のシステムはやや特殊ではあります。経験値という面で見れば、学生のうちはトップレベルのチームや外国人選手と対戦する機会も少ない。もっと早い時期からチャレンジできる仕組みがあれば、と思いますし、どの段階でも常に自分が選手としてどうなりたいか、目標を明確にして取り組むことが大事だ、というのは彼らにも伝えています。それぞれ課題やウィークポイントもありますが、非常に練習熱心な選手たちばかり。練習から100%の自信を持ってやり続けること、そしてその力を試合で100%出せる準備を心がけてほしいです。

JT広島で5年プレーする間、黒鷲旗、天皇杯では優勝も経験。日ごろからコミュニケーションを取り合い、チームメイトからの信頼も厚かった
JT広島で5年プレーする間、黒鷲旗、天皇杯では優勝も経験。日ごろからコミュニケーションを取り合い、チームメイトからの信頼も厚かった写真:アフロスポーツ

勝利至上主義よりも、大切なのは「情熱を持つこと」

――日本の若い世代に向けた話をもう少し聞かせて下さい。日本では学校単位で3年、4年と区切られてしまうので、選手の強化がとても難しいシステムでもあります。将来を見据えた「育成」、どのような方法が望ましいと思いますか

すごく難しい質問です。日本のシステムは非常にいい面もあり、人それぞれではありますが、金子選手や西田選手のように高校を卒業してすぐVリーグへ入った選手もいます。それぞれ人によって向き不向きがあり、学校のシステムの中でもいい選手をピックアップできる環境ではあると思いますが、もう少し柔軟に、才能ある選手は早い時期からさまざまな経験、チャレンジができる柔軟さがあれば、もっとよくなるのではないでしょうか。

――問題はシステムよりも幼少期から「勝たなければならない」と求められることではないかと。勝利だけを求められる中、本来伸ばさなければならない技術、心の成長が止まってしまうように見えます

それは私も同感です。これは日本だけでなく、オーストラリアでもバレーボールだけでなく、さまざまなスポーツにおいて“燃え尽き症候群”があります。小さい頃から勝つことばかり求められるのがプレッシャーになり、続けたくないと思ってしまう選手もいます。まず幼い頃に大事なのはそのスポーツを楽しむ、エンジョイすること。そしてチームメイトと楽しく、仲良く、選手として成長することです。ただ結果だけを求めてしまうとそのプレッシャーに耐えられなくなって嫌だと逃げ出す子もたくさんいると思います。結果は後からついてくるので、スポーツをするうえで大事なことはこの2つのことではないかと私自身は強く思っています。

――エドガー選手の考える“楽しむ”とはどんなイメージですか?

18歳からプロになり、年齢を重ねた今でも、未だにプロセスを楽しんでいます。いい選手、チームに貢献するという高い目標があり、日々のトレーニングやボール練習に取り組む。そのこと自体が楽しいです。勝つため、うまくなるために楽しむことが大事だと思うのですが、そこで子供の頃から勝利第一主義になってしまうと、ただやっているだけで、パッション、情熱、スポーツに対する気持ちはなくなってしまう。そうなればやっている意味はなくなります。極端な例を言えば、子供の頃に学校レベルの大会で優勝しても、お金が入ってくるわけでも、その後の人生が約束されるわけでもありません。むしろ忘れてはならない大切なことは、情熱を持って、気持ちを持って、楽しむことです。

――その情熱、楽しさを育むために指導者はどんな指導をすべきだと思いますか?

これは本当に、すごく難しい質問ですね。1つ言うならば、指導者がうまくメリハリをつけられるか。ただこれをやれ、あれをやれとただの反復練習になっていたら飽きてしまう。そこで楽しむ要素、エンジョイできる要素をミックスして、バランスを取っていくのはとても大切です。ちゃんとした練習はもちろん大事ですが、楽しむことも忘れない。それは子供たちに限らず、トップレベルのチームにも言えることで、ただ1つのことだけを、ただ同じようにずっと同じテンションでやれと言われたら絶対にチームには悪い意味で緩みが生じます。私たちもそうですが、いろいろな状況に応じてメリハリをつけることが大切です。

チームに貢献し、勝利を求める。それだけでなく大切なのは自身の成長や過程も「楽しむ」こと。エドガーはまさにコートで体現してきた(写真は20年の天皇杯)
チームに貢献し、勝利を求める。それだけでなく大切なのは自身の成長や過程も「楽しむ」こと。エドガーはまさにコートで体現してきた(写真は20年の天皇杯)写真:長田洋平/アフロスポーツ

「自分が去った後も“やってきた”ものを残したい」

――近年日本のVリーグではエドガー選手のように、国際経験豊富な素晴らしい外国人選手たちがプレーしています。でもVリーグ全体で見ると、人気や露出という面では残念ながら十分ではありません。さまざまな国々のクラブでプレーした経験を持つエドガー選手の目から見て、どうすればもっと盛り上がると思いますか?

また難しい質問だなぁ。僕が教えてほしい(笑)。でも正直に言えばオーストラリアでもバレーボールは残念ながら人気の面ではトップ8にも入りません。でも代表の試合は人が集まります。この数年はコロナの影響で人を集められなかったこともありますが、日本のファンベースはとてもしっかりしていると思います。野球やサッカーと異なり、ホームゲームと行ってもあちこちへ転戦するので場所が集中しないのはデメリットではありますが、ファンが各地にいるというのはメリットでもある。ファイナルはNHKで放送されますが、それ以外の試合はなかなか放映される機会がなく、V.TVで放映されているとはいえ、ファン層ではない人がアクセスしやすい環境ではありません。国内にもスター選手や素晴らしい選手はたくさんはいるので、もっとメインのメディアに露出する機会や、大きなスポンサーと契約して露出の機会を増やして行ければ、今ある土台から発展していける部分は大いにあるはずです。

――これからもエドガー選手のキャリアは続きます。ご自身ではどんな未来を描いていますか?

自分も歳をとってきたかもしれませんが(笑)、今でもチームの中で影響力のある選手で、チームが勝つために貢献し続けたいと思っています。そしてそれができなくなったらやめなければいけないとも思っています。でも自分にその時はまだ全然来ていないと思いますし、選手として成長できた部分はこの年齢になってもあります。そして成長を求め、勝ちたいという意欲も全く衰えていません。ガールフレンドや家族、友達から将来に関してもいろいろなことを聞かれますが、自分のやめる時は自分が決めることで、自分がチームに貢献できなくなった時がやめる時ですが、幸いなことにこれまでも今も、大きなケガもなく、フィジカルコンディションも整い、どんな相手も打ち負かすコンディションが整っています。だから楽しくいいレベルで成長を続け、何年か先に、終わりを悟るまでは歩みを止めずにやり続けたい。そして何より今はJTの勝利に貢献したいですね。今までのキャリアでもずっと心がけてきたことですが、自分が去っていった後も、自分はちゃんと「やってきた」というものを残したい。それを自分の信念としてきたことです。私は常にハードワーカーで、チームに貢献するために頑張った。それだけは心がけてきたので、チームと全くコミットしていなかったとか、怠けて練習していなかったとか、そんなふうには思われたくないですし、人として、選手として自分がちゃんとチームに何かを残していく。そのやり方は変わらず、最後までこのチームでもやり続けたいです。

JT広島での最後の公式戦、黒鷲旗は4月30日。JT広島は予選グループリーグの早稲田大戦からスタートする
JT広島での最後の公式戦、黒鷲旗は4月30日。JT広島は予選グループリーグの早稲田大戦からスタートする写真:長田洋平/アフロスポーツ

 日本でエドガーが見られるのは最多で残り6試合。誰より楽しみ、豪快にブロックを打ち破る姿。プレーだけでなくチームをけん引し、盛り立てる姿。オーストラリアの大エースがチーム何を残し、これからにどうつながれていくのか。

 最後の1点をもぎ取る、荒々しく、猛々しい姿は必見の価値があるはずだ。

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

田中夕子の最近の記事