EUがメディア保護法に乗り出した、他人事ではないその中身とは?
EUが、メディア保護法の策定に乗り出した――。
欧州委員会が発表を予定する「欧州メディア自由法(EMFA)」の草案が、フランスのオンラインメディア「コンテキスト」によって公開されている。
強権国家による弾圧や巨大プラットフォーム支配の下、地盤沈下が著しいメディア。
フェイクニュースの氾濫に世界が揺らぐ中で、EUは対抗策の柱としてメディア強化を掲げる。
その具体策が「欧州メディア自由法」だ。ウクライナ侵攻によって、情報空間も「戦場」となる中で、メディアの強化は各国の課題だ。
EUが描く、そのメディア強化の中身とは?
●政府の弾圧に対処する
フランスのオンラインメディア「コンテキスト」が9月7日に公開した「欧州メディア自由法(EMFA)」の草案は、73ページ。「コンテキスト」は欧州委員会がこの草案を13日に採択予定としていた。
「メディア自由法」の柱は、メディアの独立の確保、ジャーナリストの保護、プラットフォーム対応の支援だ。
2010年に制定された映像メディア規制の枠組み「視聴覚メディアサービス指令(AVMSD)」をベースに、新たな法整備を行う。法案では、同指令で監督機関とされた「視聴覚メディアサービスのための欧州規制当局グループ(RRGA)」は、権限を拡充した「欧州メディアサービス理事会」に改組される。
焦点の1つはメディアの独立性の保護と所有権の透明性だ。
欧州委員会は後述のように、「メディア自由法」策定の背景として、強権政府によるメディア攻撃や、ジャーナリスト殺害などの実例を挙げている。
法案では、「メディアサービスプロバイダの権利」(第4条)として、加盟国に「編集方針・決定への介入」「情報源開示拒否による監視・捜索・押収・査察」「端末・機器へのスパウェア導入」を禁じている。
監視プログラムである「スパイウェア」を使ったスマートフォンなどの乗っ取りは、フランスのエマニュエル・マクロン大統領など、各国首脳の被害事例が注目を集めてきた。
だが、10カ国、17メディア、80人以上のジャーナリストが連携する調査報道プロジェクト「プロジェクト・ペガサス」の調査によると、最大の標的となってるのは、ジャーナリストだ。
※参照:スマホ乗っ取り「ゼロクリック攻撃」の本当の怖さとは(07/26/2021 新聞紙学的)
「スパイウェア導入」禁止とは、このような問題を指している。ただ、法案では「重大犯罪の捜査」は禁止規定から除外されている。
また、法案には罰則など強制力を伴う措置は含まれていない。
法案は、メディアの財政的な安定性についても第6章で規定。「政府による広告支出の配分」(第24条)では、政府がメディアに出稿する広告支出について、透明性、公正性を担保するための情報公開を定める。
「オーディエンス測定」(第23条)では、プラットフォームなどによるユーザーデータ測定の透明性、公平性などを求めている。
その背景にあるのは、ニュース使用料支払いをめぐるメディアとプラットフォームの長い攻防だ。メディア業界には、プラットフォームが握るデータ開示が不十分で、ニュース使用料をめぐる対等な交渉が阻害されている、との批判が根強くある。
EUではそれらを背景に2019年4月、メディアに対して複製権、公衆送信権などの「著作隣接権」に基づく報酬請求を認める新たな「デジタル単一市場における著作権指令」が成立している。法案が言う「著作権改革」とは、この指令を指す。
つまり「オーディエンス測定」には、ニュース使用料をめぐるメディアの交渉力を支える意味合いがある。
※参照:罰金650億円でGoogleが学んだニュース使用料「誠意ある交渉」のやり方(06/23/2022 新聞紙学的)
プラットフォームとメディアの緊張関係をめぐっては、「超大規模オンラインプラットフォーム上のメディアサービスプロバイダのコンテンツ」(第17条)も、その影を引きずる。
欧州議会が7月5日に可決した「デジタルサービス法(DSA)」では、フェイスブックやグーグルなどの巨大プラットフォームは、違法コンテンツ対応の体制整備などが義務付けられている。
これに対して「メディア自由法」第17条では、報道倫理による自主規律を宣言するメディアを対象とする場合には、プラットフォームはメディアへの事前説明が必要だと規定。メディアへのハードルを上げている。
その背景には、「デジタルサービス法」の制定過程で、プラットフォームによる編集への介入を懸念するメディア業界から「メディア除外条項」を求める声が上がったものの、攻防の末に否決されたという経緯がある。
「メディア自由法」第17条は、その「簡易版」の復活、ともみられている。
法案ではこのほか、EU域外のメディアが域内のユーザーを対象に「治安、防衛に深刻な危害を及ぼす」場合に、「メディアサービス理事会」が加盟各国に勧告を出すなどの対処(第16条)についても規定する。
フェイクニュースなどを使った情報戦などが想定されているようだ。
また、「公共サービスメディア・プロバイダーの独立した機能のためのセーフガード」(第5条)として、公共メディアの透明性の確保を規定する。
●「公共財」としての情報
「欧州メディア自由法」の背景には、ウクライナ侵攻にみられるフェイクニュースの氾濫などによる情報戦の脅威がある。
それに加えて、フェイクニュース排除の役割を担うメディアの自由度に、EU域内で大きな断絶があることも指摘されてきた。
「国境なき記者団」が毎年発表する「報道自由度ランキング」では、上位を占める北欧、それに次ぐ西欧、自由度の制限が色濃い中欧にくっきりと3分割される。特に中欧の強権色が強い政府によるメディア規制は、EUの課題ともなってきた。
欧州委員会委員で域内市場担当のティエリー・ブルトン氏は2021年4月19日、欧州議会文化教育委員会のスピーチで、「欧州メディア自由法」の必要性を訴える中で、ハンガリーとポーランド、スロベニア、チェコの名前を挙げ、「憂慮すべき事態」と指摘している。
ハンガリーは右派のオルバン・ヴィクトル政権による独立系メディア弾圧で知られる。2021年2月には「最後の独立系ラジオの1つ」とされる「クルブラティオ」が放送免許更新をされず、停波している。
ポーランドでは2021年8月、議会がメディアの外資規制強化法案を可決。政府に批判的な米ディスカバリー系のテレビ局の締め出しだとして、米国からの批判も高まっていたが、アンジェイ・ドゥダ大統領が拒否権を発動することで矛をおさめた経緯がある。
欧州委員会委員長のウルズラ・フォン・デア・ライエン氏は、2021年9月15日の一般教書演説で、この数年の間に殺害されたジャーナリスト、ダフネ・カルアナ・ガリツィア氏(マルタ、2017年)、ヤン・クツィアク氏(スロバキア、2018年)、ペーター・ド・フリース氏(オランダ、2021年)の名前を挙げ、「情報は公共財だ」「メディアの自由を守ることは、民主主義を守ることを意味する」と述べ、メディア自由法の策定を表明した。
EUはその前年2020年12月3日に発表した「欧州民主主義行動計画(EDAP)」で、「自由で公正な選挙の促進」「偽情報への対抗」と並ぶ3本柱の1つとして、「メディアの自由の強化」を掲げていた。
●日本のメディア自由度
「国境なき記者団」の「報道自由度ランキング」の2022年版は、日本についてそう述べている。
日本の順位は、67位から4ランク落ちた71位で自由度スコアは64.37だった。
欧州委員会のブルトン氏が問題視したハンガリーは85位でスコアは59.80。ポーランドは66位でスコアは65.64。スロベニアは54位でスコアは68.54。チェコは20位でスコアは80.54。
報道の自由度を見る限り、「メディア自由法」をめぐる議論は、他人事とは思えない。
(※2022年9月15日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)