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広瀬すず主演『anone(あのね)』は、今期、最も気になるドラマ!?

碓井広義メディア文化評論家
きさらぎの東京夕景(撮影:筆者)

昨日(21日)は水曜日でした。でも、『anone』(日本テレビ系)のオンエアは、ありませんでした。オリンピック中継ですから仕方ないのですが、ちょっと寂しかった(笑)。放送がないことを寂しく感じる連続ドラマって、各クールにそんなにあるもんじゃありません。

『anone』は、何よりもまず、脚本が坂元裕二さんであることが最大の特色です。倉本聰さんの作品を「倉本ドラマ」と呼んだりしますが、「坂元ドラマ」にも、「倉本ドラマ」や野島伸司さんの「野島ドラマ」と同様、脚本家の名前だけで見たいと思わせる「何か」があるのです。

「母性」3部作のラストとして

最近の「坂元ドラマ」には2つの流れがあります。ひとつは日本テレビを舞台とするもので、松雪泰子主演『Mother』(2010年)、満島ひかり主演『Woman』(13年)という流れです。テーマは「母性」。『anone』も日本テレビですから、「母性」3部作の3本目と考えてもいい。

ただし、ヒロインの広瀬すずさんは、当然のことながら松雪さんや満島さんのような形での「母親」ではありません。無意識ながら「母性」を探し求める、いわば「迷い子」であり、「さすらい人(びと)」ではないかと思います。

とはいえ、このドラマには様々な「母親」、もしくは「母と子」が登場しています。林田亜乃音(田中裕子)には、自分が産んだ子ではありませんが、19歳で家出した娘、玲(江口のりこ)がいます。大事に育ててきた娘と離れてしまったことに、ずっとこだわっています。

そして今、亜乃音の中には、赤の他人であるハリカ(広瀬すず)に対して、母親が娘に抱くような感情が芽生えています。亜乃音を見ていると、母と子って血のつながりだけなんだろうか、という坂元さんの問いかけが聞こえてくるようです。

また青羽るい子(小林聡美)は、夫や実の息子と心が通わないまま、家庭を営んできました。その一方で、高校時代に望まぬ妊娠をしてしまい、その時に生まれなかった娘の姿が見えます。かなりシュールなシーンかもしれませんが、とにかく、るい子には見えているし、触れることも出来る。セーラー服を着た幻影の娘と会話することで、るい子は自分を保ってきたのだと思います。

『カルテット』に次ぐ最新作として

「坂元ドラマ」の2つ目の流れは、やはり『カルテット』(17年、TBS系)ですね。『anone』を、『カルテット』に次ぐ坂元ドラマの最新作として位置付ける見方です。

『カルテット』で上手いなあと思ったのは、「冬の軽井沢」、そして「別荘」という二重の<密室>という設定でした。登場人物たちを密室に投げ込むことで、ドラマ空間の密度が、ぐっと濃いものになるからです。

『カルテット』で展開された、別荘での簡易合宿のような、ゆるやかな共同生活。『anone』でも、思わぬことから4人(ハリカ、亜乃音、るい子、持本)は、亜乃音の自宅兼印刷所で、合宿みたいに一緒に暮らしています。

また『カルテット』では、4人(真紀、別府、家森、すずめ)が、鬱屈や葛藤を押し隠し、また時には露呈させながら、互いに交わす会話が何ともスリリングでした。それは1対1であれ、複数であれ、変わりません。見る側にとっては、まさに「行間を読む」面白さがありました。ふとした瞬間、舞台劇を見ているような、緊張感あふれる言葉の応酬は、坂元さんの本領発揮です。

『anone』においても、毎回、“角度のある台詞”が連射されます。初回だけでも、「過去の自分は助けてあげられない」、「大切な思い出って支えになるし、お守りになるし、居場所になる」、「努力は裏切るけど、諦めは裏切らない」など、目白押しでした。

そうそう、先週の第6話では、4人が食卓を囲む場面で、「賞味期限切れ」の食材をめぐって、どーでもいい会話なんだけど、聞いてるとクスリと笑えて、しかも4人のキャラクターがよく出ているやりとりがあって、「ああ、カルテットしてるなあ」と嬉しくなりました。

「ドラマチック」という言葉について、脚本家の倉本聰さんは「映画と違って、テレビドラマはむしろドラマチックの〈チック〉のほう、細かなニュアンスを面白く描くのが神髄じゃないかな」とおっしゃっていました。ドラマは、本線というかストーリーだけじゃなく、一見物語とは無関係な、寄り道みたいなシーンによって、より豊かなものになると。「賞味期限切れ」の場面は、まさに〈チック〉なシーンでした。『anone』には、この〈チック〉があちこちに散りばめられています。

「フェイク(偽物)」というキーワード

というわけで、坂元さんは、このドラマで、『Mother』、『Woman』とはまた別の視点で「母性」を見つめ直すと共に、『カルテット』で手ごたえのあった作劇術を、さらに進化させようとしています。かなり実験的、いや挑戦的なドラマです。

「坂元ドラマ」としては、2つの流れを取り込んでいる『anone』。その2つの流れが交わるところに置かれたキーワードが、「フェイク(偽物)」です。

このドラマには、「偽札」だけでなく、さまざまなフェイクが登場しています。ハリカは森の中の家で、祖母(倍賞美津子)に可愛がられて暮らした記憶を持っていました。しかし実際にはそこは施設であり、虐待を受けながら生きていた。その記憶は自分の心を守るためのものだったのです。

前述したように、亜乃音も「本当の親子」ではなくても、玲に実の母親と変わらぬ愛情を注いできました。るい子が会話している幻影も、単なるフェイクと呼んでしまっていいのかどうか。

医者からがんで余命半年と言われた、元カレー屋の持本舵(阿部サダヲ)もまた、余命を知らされたことで、これまでの人生が自分にとってホンモノだったのか、わからなくなりました。さらに妻子のいる中世古理市(瑛太)も、玲と彼女の息子が住む部屋に通っていますよね。彼にとっての「本当の家族」とは何なのか。

「偽物」に目を向けることで、逆に「本物」とか、「本当」とされるものの意味が見えてくる。また「偽物」と呼ばれるものが持つ価値も浮かび上がってくる。それはフェイクニュースのような社会問題とは違い、個人にとっての価値や意味です。現代の親と子、夫と妻、家族、そして生き方そのものさえ、フェイクという視点から捉え直してみる。このドラマが、坂元裕二さんの野心作であるゆえんです。

とは言うものの、『anone』は、いい意味で(!)独特の暗さや重さもあり、元々幅広く万人ウケするタイプのドラマではありません。多分、最後まで、たくさんの視聴者を集めることはないでしょう。しかし、続きが見たくなるドラマ、クセになるドラマ、気になるドラマとしては、現クールの中でピカイチの存在だと思います。

それにしても、本格化しそうな偽札作り、そしてハリカと彦星くん、どうなるんだろう。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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