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気象観測データに基づいた適切な運動会の時期に関する提案

竹村俊彦九州大学応用力学研究所 主幹教授
(写真:アフロ)

以前は秋に運動会を開催する学校がほとんどであったと思いますが、現在では、地域によるものの、5月下旬に運動会を開催する学校が増加しているようです。その理由として、

・秋は他の行事が多くスケジュールが過密となる

・4月〜5月中旬は、新学期直後・大型連休明けで練習期間の確保が難しい

・運動会の練習期間の気象条件が比較的良い可能性が高い

・梅雨入り前である

といったことが挙げられるようです。

しかし、この週末(2019年5月25〜26日)に多くの学校で開催された運動会は、異常な高温と光化学オキシダントの高濃度により、過酷な気象条件となりました。今回の光化学オキシダント高濃度については、

光化学オキシダントの高濃度時の注意点

越境大気汚染の状況変化か?

にて解説しています。異常高温と大気汚染の影響を最小限とするために、午前中のみの開催として対応した学校が多かったようです。しかし、想定の範囲内ではありますが、運動会の最中に子供や先生が病院へ搬送される事例も出てしまいました。

長時間の屋外活動となる運動会は、当然、気象条件に大きく左右されます。地球温暖化の進行に伴い、極端な高温現象は着実に増加しています。また、春は、21世紀に入ってからの問題である越境大気汚染の影響を最も受けやすい時期です。つまり、5月は気候が良いという一昔前の感覚は通用しなくなっています。今回は、実際に観測された気象データをもとに、運動会開催の適切な時期について提案します。

異常高温は5月も近年増加傾向

以下の表は、いくつかの都市について、気象庁による観測開始以降の5月の最高気温の上位10日のうち、2014年以降が何日含まれているかを示しています(2019年5月26日現在)。

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(仙台の観測期間は若干短めですが、)百数十年間にわたる観測史上、最近のたった6年間の占める割合が非常に高いことがよくわかります。異常高温の記録は、今後頻繁に塗り替えられていくでしょう。

人類が化石燃料を使い始めてから、地球平均気温が1度近く上昇しているという説明がよくなされますが、そのように説明されても実感が湧きにくいでしょう。しかし、地球温暖化が、異常な高温となる頻度を着実に高めているという認識のしかたをすれば、その問題の深刻さが日常生活から実感できると思います。

春と秋の最高気温の平年値

以下の表は、気象庁による春(5月上旬・5月下旬)と秋(9月下旬〜10月下旬)の最高気温()の平年値を示しています。なお、平年値とは、観測開始以降の平均値ではなく、過去30年間(現在は1981年〜2010年)の平均値なので、最近の平均的な状況を表しています。

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このデータから、5月下旬と10月上旬の気温がおおよそ同程度であることがわかります。そして、5月上旬と10月中旬の気温がおおよそ同程度です。平年値が低いほど、異常高温になる可能性も下がってきます。

春は越境大気汚染のシーズン

以下の図は、気象庁による、福岡・大阪・東京で煙霧や黄砂が観測された2001年以降の積算時間の月別データです。煙霧とは、湿度が高くない(霧ではない)条件で大気が霞んでいる状況のことで、PM2.5が高濃度であることを示します。

この図を見れば一目瞭然ですが、西日本では、黄砂を含めて、3〜6月が越境大気汚染のシーズンです。また、今回問題となった光化学オキシダント(主にオゾン)の越境飛来による高濃度は、各自治体の観測により、やはり4〜5月に起こりやすい状況であることは明確です(光化学オキシダントとともに生成されたり飛来してきたりするPM2.5により大気が霞むので、その状態を「光化学スモッグ」と呼びます)。なお、運動会時期の検討とは関係ありませんが、首都圏や関西地方では、自ら排出する大気汚染物質を主な原因として、光化学オキシダント注意報はほぼ毎年夏に発令されています。

台風の影響

気象庁の統計によると、2001年以降、10月下旬に日本に上陸した台風は1個しかありません。また、10月中旬の上陸も、2001年以降は2個だけです。

気象条件からの運動会開催時期の提案

以上の実測データから、最適な運動会開催時期として、以下を提案します。

・西日本: 10月中旬〜下旬

・東日本: 10月中旬

・東北: 9月下旬

・北海道: 5月下旬あるいは9月中旬

春開催は、大気汚染による影響が高くなるため、特に西日本はそもそも避けるべきです。この時期を提案するもう1つの根拠として、各地の5月下旬と運動会推奨時期、および運動会練習期間として推奨直前の時期について、最近6年間(推奨時期は2013〜2018年、5月下旬は2014〜2019年)に30を超えた真夏日の日数を以下に示します。

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現在運動会が多く行われている5月下旬には、最高気温が30を超える真夏日が珍しくなくなっていることがわかります。一方、推奨時期には、真夏日は今のところありません。推奨時期であれば、運動会の練習期間も、たまに高温になる日・時間は避けつつ、十分に練習ができるでしょう。推奨時期を過ぎると、少し肌寒い日が出てくる可能性があります。

西日本と東日本は、ゴールデンウィークと同じような気温の時期を推奨していることになります。日中に運動するには快適な時期だと思いませんか?推奨時期には、台風上陸の可能性もかなり低くなります。東北や北海道は、西日本・東日本で推奨している時期と同程度の気温の時期です。北海道については、今年はあまりにも異例の高温でしたが、現状で多い5月下旬開催でも当面は良いのではないかと思います。

昨年(2018年)、気候変動適応法が施行されました。この法律は、地球温暖化の緩和を目指すことはもちろんのこと、地球温暖化はすでに起こっており、その状況を受け入れ、被害をできるだけ回避して「適応」することを目的としています。初等・中等教育を担当する各地方自治体にも、地球温暖化の適応策を策定する努力義務が課されています。これを機会に、以前とは異なってきている気象の状況を考慮して、運動会の時期を見直してはいかがでしょうか。秋は学校のスケジュールが過密ではあると思いますが、気象条件にあまり左右されない行事を春へ移行させるなどの工夫をすれば、対応できるのではないでしょうか。

任意参加である部活やスポーツクラブとは異なり、運動会は基本的にすべての子供が参加する行事です。とにかく、すべての子供の安全を考えるのが第一です。体調を崩す危険性を予見できるような環境で行うものではありません。先生方も、子供たちの様子を観察するのに神経を使うでしょうし、高温対策に追加の労力を割かなければなりません。また、運動会は、家族揃って学校を訪れる数少ない機会であるため、家族にとっても特別な行事の1つだと思います。運動会で、子供たちに思う存分競技や演技に取り組んでもらうため、先生方の負担を軽減するため、ご家族に落ち着いて子供の様子を見学してもらうため、快適な気象条件になる可能性の高い時期を選択するのは当然ではないでしょうか。

九州大学応用力学研究所 主幹教授

1974年生まれ。2001年に東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。九州大学応用力学研究所助手・准教授を経て、2014年から同研究所教授。専門は大気中の微粒子(エアロゾル)により引き起こされる気候変動・大気汚染を計算する気候モデルの開発。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書主執筆者。自ら開発したシステムSPRINTARSによりPM2.5・黄砂予測を運用。世界で影響力のある科学者を選出するHighly Cited Researcher(高被引用論文著者)に7年連続選出。2018年度日本学士院学術奨励賞など受賞多数。気象予報士。

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