秋田県鹿角市に見る、若手がコトをおこせる土壌づくり
秋田県北部、青森・岩手両県境に接する鹿角市。「かづのし」と迷わず読めた方は、この街とどこかで何かのご縁があったのでしょうか。
人口3万人余。ご多分に漏れず日本の大半の地方都市と同じように人口減少が続いているが、3年間で20~30代を中心とした約100人がこの街に移住してきました。中でも、3年前に地域おこし協力隊として鹿角市にやって来た4人は、2017年度末に隊員としての任期を終えた後も全員、何らかの形で起業しながらこの地に住み続けます。移住者の仕事づくりに苦戦して定住にまで結びつきにくい地域も少なくない中、鹿角市ではどのようにして若い人たちが何かを始められるような土壌づくりが行われてきたのでしょうか。その一端をご紹介したい。
エネルギーを通じた人づくり
筆者が初めて鹿角市を訪れたのは2015年。経済産業省資源エネルギー庁が全国各地で行っている再生可能エネルギー事業を地域で起業するための人材育成講座がこの地でも開かれることになり、当時講座の企画・運営を担っていた私は、講座の開催に名乗りを上げてくれたある人に会いに行ったのでした。
その人は木村芳兼さん(39)。環境配慮の経営理念で知られるアウトドアメーカー・パタゴニアのスタッフを経て、妻の出身地である鹿角市に当時3歳だった娘とともに、いわゆる「Yターン(妻の出身地に移住することを意味する、通称「嫁ターン」)」で鹿角市に移り住みました。
実は、鹿角市は地域内で再エネと食料の自給率がいずれも100%を超える「永続地帯(注1)」に該当する全国でも唯一の市。日本最大級の銅鉱山だった尾去沢鉱山をはじめとする鉱山に大量の電力を供給する必要性から、大手企業による大規模な地熱や水力発電が以前から行われてきた一方で、東日本大震災を機に当時全国で少しずつ広がりつつあった市民主導による中小規模の再エネ事業はありませんでした。
木村さん自身は、移住後の起業も視野に入れながら、再エネに関心のある鹿角の若手とともに「鹿角のエネルギーを考える会(通称エネかん)」を立ち上げて、移住前から再エネについての勉強会や先進地域への視察を行ってきました。さらに、再エネ人材育成講座の開催を通じて、永続地帯になるぐらいに恵まれた鹿角の資源を地域に合ったやり方でプロジェクトやビジネスを生み出せるきっかけにできればと思った、と木村さんは振り返ります。
(注1)千葉大学大学院倉坂研究室とNPO法人環境エネルギー政策研究所による『永続地帯2016年度版報告書』より
再エネを通じて豊かな暮らしを提案
2016年度に鹿角市内で開催した再エネ人材育成講座では、以下3つの事業プランが参加者から提案され、再エネや金融の専門家からのアドバイスを得て事業プランを作りました。
(1)薪ストーブを使う人たちをはじめとする薪が欲しい人たちと、山林の手入れをして欲しい山主とをつなぎ、「木のある暮らし」を提案しながら山林維持の人手不足という課題の解決を目指した“MAKIKORI(マキコリ)”事業
(2)太陽光発電の売電収益を自治会費に充て、余ったお金で交流人口を増やせるようなイベントを企画する事業
(3)再エネを使って鹿角に伝わる民話などを表現する事業
木村さんによると、このうち(1)については講座終了後に事業が本格的にスタート。「薪が欲しい」「薪割りに汗を流したい」という人を対象に会員になってもらい、事業の趣旨に共感してくれた地元の山主が持つ山林から薪を切り出す作業を定期的に行うようになったそうです。切り出しから参加する実働会員、薪割りの時だけ参加する会員、薪だけ欲しいおまかせ会員の3つのメニューを用意。現在、鹿角市内で約15名の会員が入会して「薪好きコミュニティ」ができつつあります。
このほか、(2)については自治会内での合意形成には至らなかったものの、FIT(再エネ固定価格買い取り制度)の設備認定が取れているため、事業プランを起案した本人が代表となって、事業に共感する人たちからの出資による市民発電所として事業化することに。(3)についても、事業プランの起案者が民話伝承の拠点をつくるなど、講座で発案された事業プランがすべて何らかの形で動き始めました。
国や自治体などが主催する起業講座は数多くありますが、事業プランを作ったら終わりという講座も少なくない中、その成果が講座終了後も地域内で続いているのはなぜか。木村さんはこんな風に捉えています。
「単なるビジネスというよりも、実現したい暮らしの一部として、自分の人生の中でやりたいことの1つとして取り組んでいるから、少しずつでも続けていけるのではないかと思いますね」(木村さん)
一方で、事業として続けていこうとする以上、資金調達や資金計画に代表されるようなビジネススキルが欠かせません。こうしたスキルを地域の人たちに養ってもらうために講座を活用しつつ、木村さんのように自らも起業マインドを持って地域内の仲間の起業を応援できる存在がいることも、地域に事業をおこす雰囲気づくりに寄与しているのではないかと筆者は感じています。
鹿角に共感経済の循環を生み出したい
木村さんは、他の3人の地域おこし協力隊員とともに2017年度末に隊員としての任期を終えます。今後は、エネかんの事業として子ども向けのエネルギー関連ワークショップを行ったり、鹿角市の移住促進企画を担うために設立されたNPO法人かづのclassy理事長として鹿角市の盛り上げに一役買う一方で、自らの事業として自然豊かな鹿角エリアのフィールドを活用して首都圏の親子をターゲットとしたキャンプとリトリートのプログラム「yajin camp(野人キャンプ)」も定期的に行うそうです。
それだけでなく、鹿角の地元企業の広報PR支援も引き受けながら、以前の職場であるアウトドアメーカーの首都圏のストアでも働くなど、鹿角と首都圏との2拠点で何足ものわらじを履く形で既成概念にとらわれない働き方をしていきたいと意気込んでいます。
「SDGs(国連持続可能な開発目標 注2)もそうですが、持続可能な社会づくりに向けた世界の動きを見ていると、ローカルで事業化を進めるだけでは遅いなとも思うのです。僕は、いわゆる”風の人”(注3)。都市の経済にもコミットしながら、鹿角で共感をベースとした経済の循環を作って、自分の子どもたちを含めた次の世代にバトンタッチしたいですね」(木村さん)
(注2)2030年を目標に環境、社会、経済の目指すべき姿を掲げて、2015年に国連で採択された。
(注3)フットワーク軽く移動しながら新しい情報や技術を地域にもたらす人のたとえ。移住促進の文脈でよく使われ、地域に住み続ける「地の人」との相乗効果により、地域にとって有意義な事業などが生まれやすいとされる。
「移住者のことは移住者で」 移住者を行政と市民が支える
今、全国の自治体では首都圏からの移住を促進する動きが続いているが、6人もの地域おこし協力隊員を「移住コンシェルジュ」として採用して移住促進事業を担ってもらっている鹿角市のようなケースは珍しい。鹿角市政策企画課・阿部正幸課長にその狙いと成果を聞いてみると、こんな答えが返ってきました。
「移住コンシェルジュの成果は予想以上でした。市役所職員の配置を増やすのではなく、市外から来てくれた人たちに移住コンシェルジュとして企画提案してもらいながら進めたことが良かったです。移住者の気持ちは、移住者の方々が一番良く分かりますしね。コンシェルジュの皆さんは人柄も良く、市民が彼らを受け入れ、支えてくれたことも大きかったです」(阿部課長)
中でも、2017年度に任期を終えるコンシェルジュたちが何からの形で起業してこれからも定住することは、最大の成果の一つ。阿部課長も「先輩たちが創業した会社が、これから鹿角市にやって来る人たちにとっての雇用の受け皿になってほしい」と期待を寄せます。
2018年度は残る2人の移住コンシェルジュに新顔の1人が加わった3人が、鹿角市の移住促進の顔となります。阿部課長は「来年度のコンシェルジュは子育て中の母親が2人いますので、彼女たちの思いも生かした移住PRを進めていきたいです。ここまでうまくいった成果を活かして不定期の移移住促進ツアーにも対応していくと同時に、鹿角に定住して起業できた成功例をもっと発信していきたいですね」と話していました。
若手がコトをおこせる雰囲気がどう受け継がれていくのか、これからも鹿角市に注目です。
<鹿角市の移住関連情報>
鹿角市ウェブサイト
http://www.city.kazuno.akita.jp/
鹿角市移住コンシェルジュFacebook
https://www.facebook.com/kazunolifesokushin/
鹿角市移住促進動画「さあ、笑顔あふれる町へ」(ショートバージョン)
https://www.youtube.com/watch?time_continue=205&v=_TF0fQ2c3a0