Yahoo!ニュース

ビジネスの究極形 リジェネラティブとは何か?

木村麻紀フリージャーナリスト(SDGs、サステナビリティ)
(写真:アフロ)

環境への負荷を最小限に抑えるサステナブル(持続可能性)を上回る、リジェネラティブ(環境再生的)な事業にチャレンジする動きが国内外の企業やブランドの間で目立ってきました。ビジネスによって環境やコミュニティを今までよりもより良い形で再生する循環的なあり方を目指すリジェネラティブビジネスは、生態系の恩恵をもっとも直接的に受ける食品や農業から、一見遠そうに見えるITのような業界にまで及んできています。

サステナブルは現状維持にすぎない

リジェネラティブ(Regenerative)とは「再生させる」という意味。昨今の酷暑もその影響とされる気候変動や資源の枯渇などの地球規模の危機が顕在化する中で、現状の環境を持続可能にしても危機を回避することは不可能との認識に立ち、環境を今よりも良い状態に「再生」することを目指す考え方です。最近注目されるサーキュラーエコノミーを推進する英エレンマッカーサー財団によるサーキュラーエコノミーの3つの原則として、「自然システムを再生する(Regenerate natural systems)」が最初に掲げられたこともあって、サステナブルであることを超えて生態系を保全・再生するリジェネラティブビジネスがいよいよ本格的に動き出しているのです。

フィンランド・イノベーション基金(Sitra)はこのほど発行したレポートの中で、食料・農業部門でサーキュラーエコノミーを推進することが生物多様性喪失からの回復・再生に最も貢献できると結論づけました。食料生産・輸送・販売に関わるサプライチェーンでの環境汚染や食品ロス・廃棄物の削減や、代替タンパク質の開発などと並んでリジェネラティブ農業(環境再生型農業)が挙げられており、企業による取り組みが広がっています。

環境再生型農業、植林できる検索エンジンも

このうち、米アウトドアブランド・パタゴニアは2012年に食品事業を立ち上げた後、環境再生型農業の推進を支援する非営利団体ロデール・インスティチュートなどとともに、米農務省のオーガニック認証を上回る世界最高水準の「リジェネラティブ・オーガニック認証」を制定、自らも同認証を取得しました。食品ブランド「Provisions(プロビジョンズ)」には水産物から穀類、豆類、フルーツ、スパイス、酒類(ビール、ワイン)が並び、本業のアパレル向けのオーガニックコットン栽培でもリジェネラティブ農業を取り入れています。

また、米オレゴン州ポートランドで2019年に創業した米国初のカーボンニュートラル食品会社のニュートラル・フーズ。同社の有機牛乳は、リジェネラティブ農業を取り入れて乳牛を育てることでCO2排出量を抑制し、再生可能エネルギーを導入した酪農家からカーボンクレジットを買い取ることでカーボンニュートラルを実現。米オーガニック小売り最大手ホールフーズの看板商品になるまでに成長しました。

Neutral Foods ホームページより
Neutral Foods ホームページより

これに対して、グローバル大企業としてともすれば環境への悪影響が懸念されてきたブランドでも、リジェネラティブ農業に取り組むようになってきました。米小売り大手ウォルマートは、2030年に向けて米中西部の3万軒の農家へリジェネラティブ農業への転換支援を行っています。食品世界大手スイスのネスレや米スナック食品・飲料大手ペプシコ、食品大手のゼネラル・ミルズなどリジェネラティブ農業への参入は枚挙にいとまがないほどです。

生態系への直接的な影響としては相対的に少ないIT業界でも、その資金力を生態系の保全・再生に活かすリジェネラティブな取り組みが見られます。検索エンジンEcosiaを提供するドイツのエコシアは、検索を通じた広告収入を世界35カ国余の生態系ホットスポットでの植林活動に資金提供しています。同社は「Beyond Neutral」を掲げ、検索時の消費電力を相殺するために太陽光発電の運営も行っており、社会や環境に配慮した公益性の高い企業に対する国際的な認証「B-Corporation」を取得しています。

今こそ「リジェネラティブ資本主義」へ

日本でも、生物多様性保全の取り組みに積極的な企業を中心に、COP15で合意される見通しである「2030年までに生物多様性の損失を食い止め、回復させる(ネイチャーポジティブ)というゴールに向けて、30年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として保全する」という目標に賛同する主体による「30by30アライアンス」が4月に発足しています。加盟企業の一つである積水ハウスは、日本の気候風土に合った地域区分による在来種の樹木5本を販売する戸建て住宅の庭先に植える「5本の樹」プロジェクトを2001年から続けています。2001年の事業開始以来、「5本の樹」を含む同社の植栽本数は累計1810万本となったそうです。

リジェネラティブの考え方に基づいた経済システムとして、国際的な学際ネットワークであるキャピタル・インスティテュート創設者のジョン・フラートン氏は「リジェネラティブ資本主義」を提唱しています。同氏は「REGENERATIVE CAPITALISM How Universal Principles And Patterns Will Shape Our New Economy」と題したレポートの中で、次のように論じています。

リジェネラティブ経済は、資本主義対社会主義ということではない。リジェネラティブという点から見ると、現在の資本主義もいわんや社会主義も持続可能なシステムではない。(中略)リジェネラティブ資本主義は、資本主義を終わらせるものではなく、(資本主義の)創設者も思い描いていた、包摂的で活気ある繁栄をもたらすよう発展させたものである

同レポートの発表自体は2015年ですが、気候変動への対策への喫緊度の高まり、さらには新型コロナに代表される新たな感染症の出現を経て、リジェネラティブ資本主義というコンセプトは、発表時よりもさらにリアリティを伴って受け入れられる素地が整ってきているようにも思えます。ビジネスの究極形とも言えるリジェネラティブビジネス。人間が事業活動をすればするほど地球環境が再生される未来を、われわれは果たして残された時間内に実現できるでしょうか――。

【参考資料】

REGENERATIVE CAPITALISM How Universal Principles And Patterns Will Shape Our New Economy

フリージャーナリスト(SDGs、サステナビリティ)

環境と健康を重視したライフスタイルを指すLOHAS(ロハス)について、ジャーナリストとしては初めて日本の媒体で本格的に取り上げて以来、地球環境の持続可能性を重視したビジネスやライフスタイルを分野横断的に取材し続けている。時事通信社記者、自然エネルギー事業者育成講座「まちエネ大学」事務局長などを経て、現在は国連持続可能な開発目標(SDGs)の普及啓発映像メディアSDGs.tvの編集ディレクター、サーキュラーエコノミー情報プラットフォームCircular Economy Hub編集パートナーなど、サステナビリティに関わる取材・編集、学びの場づくりを行っている。

木村麻紀の最近の記事