ゲイリー・オールドマンを宰相チャーチルに変えた日本人アーティスト、辻一弘に注目したい!!
イギリスの宰相の歴史的決断にまつわる実話を映画化した「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」が、本年度の賞レースを大いに賑わせている。特に、チャーチル本人とは似ても似つかぬ風貌をメイクでカバーし、まるで歴史上の実物がタイムスリップしてきたかのように画面上で躍動するゲイリー・オールドマンは、またもアカデミー賞(R)の歴史に"実物なりきり演技"による受賞者として新たな名前を刻むかも知れない。言うまでもなく、過去には同じような演技アプローチでオスカーを手にした先人たち、つまり、「レイジング・ブル」(80)のロバート・デニーロ、「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」(11)のメリル・ストリープ、「リンカーン」(12)のダニエル・デイ=ルイス等、錚々たる面々がいる。
さて、映画「ウィンストン・チャーチル~」は実録偉人伝にありがちなライフストーリーを延々と描いた作品ではない。第2次大戦初期、ナチス・ドイツの急激な勢力拡大によりフランスは陥落間近となる一方、イギリスにも侵略の脅威が迫り、連合軍がダンケルクの海岸に追いつめられる中、新首相に就任したチャーチルがヒトラーに屈するのか?はたまた闘うのか?の二者択一を迫られ、やがて、世紀の英断を下すまでのたった27日間に、文字通りピンポイントでフォーカスする。言い換えれば、昨年来、映画界ではちょっとしたブームのダンケルク救出作戦を、戦場からではなく、ドーバー海峡を挟んだ英国政府側から検証する歴史劇でもあるのだ。
オールドマンは朝からシャンパンを飲み、1週間に葉巻を100本吸うほどのチェーンスモーカーで、国王との約束より昼寝を優先し、風呂場でミーティングし、その際、秘部が露呈することも気にしない変人宰相の素顔を、ユーモアたっぷりに演じて一気に観客を味方に付けてしまう。何しろ、オールドマン=チャーチルは信じがたくチャーミングなのだ。それは、見かけが似ているとか似ていないとかではなく、俳優としての技量と人間性が役柄に反映された結果。そもそも、ウィンストン・チャーチルが丸顔でベビーフェイスの葉巻党という以外、ルックスに関しては詳しくないであろう今の映画観客にとって、外見はそれほど重要ではないはずだ。
しかし、オールドマンはその外見にこだわった。まずはチャーチルに似せることを演技の手始めと考えた彼は、かねてから注目していたメイクアップ・アーティストに協力を仰ぐ。そこで現場に呼び寄せられたのが、この分野のレジェンドの1人、リック・ベイカーと共に「グリンチ」(00)でジム・キャリーのメイクを担当し、英国アカデミー賞のメイクアップ&ヘアー賞に輝いた日本人アーティストの辻一弘だった。「グリンチ」の他にも「メン・イン・ブラック」(97)や「PLANET OF THE APES/猿の惑星」(01)での画期的なアートワークを高く評価していたオールドマンは、辻に直接「あなたがメイクを引き受けてくれたら、私はチャーチルになる」と熱烈メッセージを送付。そのあまりの熱量に、実は2012年に映画界を引退し、現代彫刻家として再スタートしていた辻は屈し、再びメイクの筆を取ることになったのだった。
交渉成立後、辻はオールドマンの楕円形の頭をチャーチルの丸顔に見せるため、特殊メイクの開発と試作に6ヶ月を費やし、いざクランクインすると、毎日ヘアメイクに3時間半かけてオールドマンを表層から宰相に作り替える作業を繰り返した。結果、オールドマン共々、辻は今年再び英国アカデミー賞の候補に名を連ねている。
子供の頃、「スター・ウォーズ」に憧れて映画に興味を持ち、高校時代に独学でメイクを学び始めた辻一弘は、その後、単身ハリウッドに渡って自らの手でチャンスをゲットし、夢を実現させた開拓者だ。そんな彼と、今ハリウッドで大活躍のオックスブリッジOBではなく、ロンドンの労働者階級出身で、奨学金によって演劇学校を卒業後、そのエキセントリックな演技法がブラッド・ピットやジョニー・デップ等、多くの後輩たちを魅了して止まないオールドマンとが出会い、双方の才能が映像に結実したのが「ウィンストン・チャーチル~」。
2人は、映画ファンとして、また、日本人としても、絶対に見逃せない本年度アワードシーズンの主人公たちだ。
ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男
2018年3月30日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
公式サイト:http://www.churchill-movie.jp/
監督:ジョー・ライト
出演:ゲイリー・オールドマン、クリスティン・スコット・トーマス リリー・ジェームズほか
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