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塀の中の不満爆発 待遇改善求め大暴れ 英バーミンガム刑務所

木村正人在英国際ジャーナリスト
刑務官のヘルメットを強奪し、おどける受刑者たち(ソーシャルメディアより)

英国で3番目に大きいバーミンガム刑務所(1450人収容)で金曜日の12月16日、待遇の悪化に怒り狂った600人が暴動を起こしました。暴徒と化した受刑者たちは午前9時から鎮圧される午後10時まで刑務所内の2棟と薬局、ジム、運動場を占拠しました。

受刑者が暴動を起こした英バーミンガム刑務所内の様子(ソーシャルメディアより)
受刑者が暴動を起こした英バーミンガム刑務所内の様子(ソーシャルメディアより)

ソーシャルメディアにアップされた写真やツイートからは受刑者が汚れた注射器で刑務官を脅し、ヘルメットやカギを強奪、刑務所内の扉を壊し、火の手が上がる様子などがうかがえます。

受刑者は消火ホースで放水し、300人の鎮圧部隊に徹底的に抵抗しますが、最後は取り押さえられたようです。

受刑者に奪われた刑務所のカギ(同)
受刑者に奪われた刑務所のカギ(同)

英イングランド・ウェールズ地方の受刑者数は1990年の4万4975人から2015年には8万5626人と1.9倍に膨れ上がっています。にもかかわらず、財政再建のため刑務所予算は大幅にカットされてしまいました。

民間警備会社G4Sが運営するバーミンガム刑務所でも受刑者の待遇が悪化しており、暴動の理由は「テレビも鑑賞できず、ジムが閉鎖され運動できなくなった」からだと報じられています。「食べ物をもっと寄越せ」という声もあったそうです。英国の刑務所で暴動が起きるのはこの2カ月足らずの間に3度目です。

緊縮財政に対する不満は、ドイツが主導する欧州連合(EU)だけでなく、刑務所内でも溜まっているようです。英下院図書館の報告書(16年7月)から受刑者数の変化を見てみましょう。

出所:英下院図書館の報告書
出所:英下院図書館の報告書

冷戦が終結し、グローバル化が加速した1990年以降、英イングランド・ウェールズ地方の受刑者は激増しています。英国全体の刑務所の混み具合を見ると、バーミンガム刑務所の暴動は氷山の一角であることが分かります。

同

民間団体「刑務所改革トラスト」によると、受刑者数の増加によって過去20年間に刑務所の運営費は12億2千万ポンド(約1800億ドル)も余計にかかるようになりました。納税者1人当たりの負担は年間40ポンド(約5900円)だそうです。

バーミンガム刑務所の受刑者数は英イングランド・ウェールズ地方で3番目ですが、収容能力で見た混み具合は21番目に過ぎないのです。バーミンガム刑務所より混んでいる刑務所ではもっと不満が溜まっている恐れがあります。

英国の刑務所は更生施設としては十分機能しておらず、釈放されてから1年以内に半数近くが再び有罪判決を受けています。受刑期間も次第に長くなっています。

これは新自由主義(ネオリベラリズム)によるグローバル化が急激に進展した結果、いったん負け組に転落すると復活するのが難しい現状を浮き彫りにしているように筆者には思えるのです。

同

欧州の人口10万人当たりの受刑者数を比較してみると、新自由主義の先頭ランナーだった英国が高福祉高負担の北欧諸国やドイツ、フランスに比べて非常に多いことが分かります。EUに加盟し、構造改革を進めるバルト三国や東欧諸国の「塀の中」の状況は英国より悪いようです。

16年6月の英国のEU離脱決定が引き金となって、グローバル化の負け組に転落した人々の不満に次々と火がついています。暴動は不満のバロメーターです。資本主義をみんなのために働かせるように民主主義を正しく機能させることができるかどうか。EU離脱が控える英国をはじめ欧米諸国はいよいよ正念場を迎えています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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