【かつらぎ町】日本一の串柿の里で串柿作り体験 縁起物という伝統文化の魅力再発見
かつらぎ町在住歴3年足らずの筆者が串柿作りを体験してきました。写真でしか見たことがなかった串柿カーテンを作る側になるとは思ってもいませんでした。
思い起こせば、子供の頃は正月の鏡餅の上には串柿がのっていました。大人になって、いつしか串柿の存在を身近に感じることはなくなっていたので、懐かしいような、小学校の同級生に何十年かぶりに会うような気持ちでした。
串柿作り体験1日目、皮剥きからスタート。といっても、皮を剥くのはこの機械で、ひたすら柿を手前の台に乗せ続けるだけ。この皮剥き機は農家さんが設計して作られたものだそうです。作物だけでなく機械も作れるなんてびっくり!すごいです。
ひたすら同じ作業をするのは苦にならないのですが、柿がくるくる回るのを見ていると眠気に襲われます。
剥いた皮は畑に捨てられるのかと思いきや、乾燥させて粉にし、泉州水なすの漬物の原料として使われるそうです。串柿作りは2度おいしい!
皮が剥かれた柿を串に刺していきます。ここは完全手作業。何本か刺してみましたが、柿がつるつるすべるので、自分の指を串に刺す危険性を感じました。ベテラン農家さんも指を貫通させた経験があるそうです。という訳で串刺し作業は数本で終了。
串に刺せないような熟した柿も乾燥させれば、甘い干し柿として食用になります。300円の干し柿を京都から毎年買いにくる常連さんもいました。農家さんの気さくな性格もあって、買いにくるお客さんは「買わせて下さい。毎年楽しみにしています」と喜んで買っていきます。作り手としてはこんな嬉しいことはありません。
次に、串柿を縄に編んでいきます。こちらも皮剥き機と同じように、人と機械の共同作業です。こちらも農家さん作。機械のない時代は手作業だけでやっていたと思うと、本当に根気のいる大変な作業です。
こうした繰り返しでできた串柿が多くの人を魅了する絶景を作り出しているのです。
1本の竹串に10個の柿を刺すのは、左右の2個と中の6個で「いつもニコニコ中むつまじく、共に白髪の生えるまで」という願いが込められています。乾燥させた後、更にローラーで揉むことで糖分が柿の表面に白い粉として付着します。これが白髪に例えられているようです。
5個の串柿は「一人一人(1個1個)が皆(3個)幸せに」という願いが込められていると言うではありませんか!
すいません。恥ずかしながら知りませんでした。「日本人て素晴らしい!」と改めて感動しました。数霊、言霊にして「人々が朗らかに共に幸せに暮らしていこう」という祈りがこめられているのです。泣けるー
今回、お世話になった農家さんによると「ここ平地区は、平家の落武者が住み着いたのが始まりと言われている」というお話しを伺いました。来たことがある人なら分かるとおもいますが、山のものすごい急斜面に家や柿畑があります。道も軽トラが通れるくらいで、基本的に地域外の人は歩いて登ってきます。約450年前に始まったとされる串柿作りに、歴史と人の偉大さが感じられます。人々の幸せを願って作り続けてきた串柿を正月の縁起物として見直してみませんか。