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北朝鮮の「火星12」北海道上空を通過 計算された金正恩の挑発 日韓は歴史を克服し、ミサイル防衛協力を

木村正人在英国際ジャーナリスト
北朝鮮「太陽節」パレードを閲兵する金正恩(写真:ロイター/アフロ)

エスカレートする挑発

 [ロンドン発]防衛省によると、北朝鮮は29日午前6時前、西岸スナンから1発の弾道ミサイルを北東方向に発射、北海道の渡島半島と襟裳岬の上空を太平洋に向けて通過し、襟裳岬の東約1180キロメートルの太平洋に落下しました。飛翔距離は約2700キロメートル、最高高度は約550キロメートルと推定されています。

 発射されたのは、中距離弾道ミサイル「火星12」とみられています。

 読売新聞によると、北朝鮮のミサイルが日本列島の上空を通過するのは「人工衛星」と称する弾道ミサイルが沖縄県上空を通過した2016年2月以来で、5回目。安倍晋三首相は「発射直後からミサイルの動きを完全に把握していた」と記者団に述べたそうです。

 韓国では今月21日から朝鮮半島有事を想定した米韓合同軍事演習「ウルチ・フリーダム・ガーディアン」が始まりました。北朝鮮はこれを受け、26日に短距離弾道ミサイル3発を発射。米太平洋軍によると、1発は発射直後に爆発し、残り2発は北東方向に約250キロ飛行しました。

 今月上旬、北朝鮮の朝鮮労働党委員長、金正恩は「火星12」4発を同時発射して、島根・広島・高知の上空を通過させグアム周辺30~40キロメートルの海上に落下させると予告しました。アメリカの大統領ドナルド・トランプが「炎と怒り、世界がこれまで見たことがないようなパワーに見舞われる」と恫喝し、米朝チキンゲームの様相を呈しています。

 韓国の情報機関・国家情報院は、北朝鮮は核実験施設のある豊渓里(プンゲリ)で6回目の核実験の準備を整えたと分析しており、米朝チキンゲームの行方は予断を許しません。

挑発相手は日本ではなく、アメリカ

 国際コンサル大手IHSマーキット・ジェーンズのディレクター、ポール・バートンは次のように指摘しています。

 「発射されたタイミングは、北朝鮮が加速させている弾道ミサイル発射実験計画のインパクトをいかに最大化させるかを綿密に計算しています」

 「火星12とみられる弾道ミサイルは北海道上空を通過しました。北朝鮮があからさまな(アメリカへの)挑発行為(グアム周辺への火星12の発射)を回避しつつ、ワシントンとその同盟国との賭け金を釣り上げようとする意図がありありとうかがえます」

 「アメリカと日本は北海道で、北朝鮮のミサイルを迎撃する地対空誘導弾PAC3のデモンストレーションを含む陸上自衛隊と米海兵隊の共同訓練『ノーザンヴァイパー』を終えたばかり。そして今、北朝鮮が『火に油を注ぐ暴挙だ』と非難している米韓合同軍事演習『ウルチ・フリーダム・ガーディアン』が行われています」

 「7月に北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)『火星14』の発射実験を行ったことを受け、韓国の文在寅大統領は、高高度防衛ミサイル(THAAD)を一時的に韓国全土に追加配備すると発表。この月曜日に文大統領は北朝鮮が敵対的な行動を起こした場合、速やかに攻撃できるよう軍の態勢を移行すると発表しました」

 「アメリカでは南部テキサス州で熱帯低気圧ハービーが大規模な洪水被害をもたらしています。トランプは国内外で同時発生した困難に直面しています。ワシントンにとって同盟国の韓国や日本への根強い永続的な支援に十分な力点を置くのが難しい状況です」

 「ミサイル防衛システムでは地域の協力が非常に大切なのに、北東アジアの国々の2国間の緊張はなかなか消えず、オペレーティング・システムのデータ共有に消極的なことや、中国の抵抗がミサイル防衛システムの発展を邪魔しています」

突然、ミサイル能力を向上させた北朝鮮

 北朝鮮は昨年、ムスダンの発射実験を繰り返したものの、同年4月15日の実験では発射と同時に発射台付き車両(TEL)を巻き込んで爆発、炎上するなど、1回を除き、すべて発射直後に失敗していました。

左端が「火星12」のエンジン。右の2つは「火星14」(IISS提供)
左端が「火星12」のエンジン。右の2つは「火星14」(IISS提供)

 それが、今年に入って突然、「火星12」「火星14」の発射実験に立て続けに成功します。高く打ち上げる「ロフテッド軌道」ではなく、地球の自転に合わせて発射していれば、アメリカ東海岸のニューヨークに到達していたという分析すらあります。

(1)5月14日、「火星12」(KN-17)、到達高度2000キロメートル

(2)7月4日、「火星14」、到達高度2802キロメートル

(3)7月28日、「火星14」、到達高度3725キロメートル

 北朝鮮が想像以上に早くICBMの発射実験に成功したのは、ロシアか、ウクライナの闇市場を通じ、この2年の間に旧ソ連製RD-250系エンジンを改良した高性能液体燃料ロケットを入手したからだ――と、ロンドンにあるシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のミサイル専門家マイケル・エルマン氏は指摘しています。

 「火星14」はまだ実戦配備の段階ではなく、弾頭部分の再突入技術など今後、追加の発射実験が必要で、実戦で使えるようになるのは早くても2018年とエルマン氏はみています。しかし北朝鮮の核・ミサイルは、アメリカを直接交渉のテーブルに引きずり出す「政治的兵器」としては絶大な効果を持ち始めているのは間違いありません。

 IISSアメリカのマーク・フィッツパトリック本部長とエルマン氏は「もし北朝鮮がグアムではなく公海に向けて弾道ミサイルを発射し、それをアメリカが迎撃しようとして失敗した場合、アメリカの権威は失墜する。もし成功したとしても、それはアメリカと北朝鮮の軍事衝突を意味する。死を招く誤解を避けるために、アメリカには平壌とコミュニケーションを取るチャンネルが必要だ」と指摘しています。

 北朝鮮の背後に、中国だけでなく、ロシアの影もちらつき始めた今、トランプ頼みの安倍首相と日本は非常に苦しい状況に追い込まれています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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