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デビュー20年、”歌バカ”平井堅の魅力、「Ken's Bar」の楽しみ方

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
12/23、24横浜アリーナで行われた「Ken's Bar」で

平井堅のライフワーク「Ken's Bar」とは?

12月23日、横浜アリーナのセンター(他会場でいうところのいわゆるアリーナ)には、テーブルが54卓も並べられ、まるでディナーショーのよう。でもそこは“Bar”。お客さんは開演までそこでお酒を飲みながらゆっくりと時間を過ごし、彼の登場を待っていた。

平井堅のライフワークともいうべきアコースティックスタイルのライヴ、「Ken’s Bar」が今年は「Ken Hirai 20th Anniversary Ken’s Bar X’mas Special!!」として、23、24日横浜アリーナ行われ、その23日の公演を観た。

「Ken's Bar」は、1998年5月に「ON AIR Okubo PLUS」からスタート。店主兼ボーカルの平井がお酒と歌でお客さんをおもてなしするというコンセプトで、最初は小規模で行われていたが、いつの間にかチケットが入手困難の人気ライヴになり、2005年12月には東京ドームで開催されるまでの規模に成長した。オリジナル楽曲にとどまらず、邦楽・洋楽を問わず、平井が愛してやまないアーティストの楽曲のカバーを披露するスペシャルなライヴで、その幅広い選曲をファンは毎回楽しみしている。平井の今年のライヴを締めくくる、今回の「Ken’s Bar」は2日間で約2万4千人を動員、今年は一体どんなセットリストでお客さんを酔わせたのだろうか。

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12月23日は祝日、しかもクリスマスイヴの前日ということもあり、会場内にもどこかゆったりとして空気が流れていた。「GREEN CHRISTMAS」のSEが終わる頃、タキシードで決めた平井が、意表をついてメインステージではなく、客席から登場。センターのテーブル席の間を通って、クリスマスカラーに彩られた円形のサブステージへ向かった。さながらディナーショーのような演出に、大歓声が沸き起こった。おもむろにピアノを弾きはじめ「even if」からスタート。情感たっぷりに歌い上げるその声に、客席は早くもうっとりしている。サブステージとメインステージの間に敷かれたレッドカーペットの上を歩き、メインステージに移動。早速、この時期ははずせないアーティスト、マイケル・ブーブレの「Have Yourself A Merry Little X'mas」のカバーを披露。スクリーンに映し出されるのは、彫りの深い端正な顔に、ブルーを基調とした照明があたって、より陰影が強調された平井の顔。キャリアを重ね、歌からも表情からも色気がにじみ出ている、まさに“歌唄い”の姿だった。

誰もが楽しいと思える、素晴らしい”空気”を作り出せる”エンターテイナー”

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そんな渋い表情を見せ、グッとくる歌を聴かせてくれたかとと思えば、MCでは毒舌も交えながら笑わせてくれる。そのギャップ、メリハリが平井の魅力のひとつだ。そして何よりお客さんを喜ばせよう、楽しんでもらおうという気持ちが伝わってくる。このライヴの直前まで続いていたホールツアーで、20周年の感謝の気持ちを込め行っていたお客さんからのリクエストコーナー(オリジナル曲限定)を自身が「気に入っちゃって」、この日も披露してくれた。ボールをバズーカでできるだけ遠くのお客さんに飛ばし、それをキャッチしたお客さんからリクエストを受けつつ、会話を楽しんでいた。リクエストの度にステージでギタリストと慌ただしく準備する姿も、予定調和ではないライヴならではだ。この日は即興で「キミはともだち」「グロテスク」を披露した。エド・シーラン「Thinkin’Out Loud」のカバーでは、歌詞をじっくり堪能して欲しいと、自ら意訳した日本語詞をスクリーンに映した。キャリアを積んでも、少しでもいいものをお客さんに観てもらいたいというこだわりは強く、逆にキャリアを重ねてきたからこそその想いが強くなっているのかもしれない。誰もが楽しい

と思える、素晴らしい”空気”を作り出せるのがエンターテイナー。平井はまさにエンターテイナーだ。

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平井は三重県の出身。「桔梗が丘」という地元の地名を付けたシングルをリリースするほど郷土愛に溢れ、FM三重の開局30周年アニバーサリーソングとして制作した「ON AIR」も披露した。2016年1月1日からはそのFM三重で5年ぶりのレギュラー番組『平井堅 NOW ON AIR~やっと遭えたね~』(JFN全国38局フルネットレギュラー、毎週金曜23:30~23:55)がスタートする。

冬のラブソング「センチメンタル」を披露したあと、1stステージはしっとり系の曲が多かったけど、2ndステージは盛り上がりましょうという平井のメッセージと共に、インターバルに突入。この休憩時間も“Bar”ならではの時間だ。とにかくゆっくり、ゆったり過ごしてほしいという気持ちが込められている。

2ndステージは、いきなり平井の代表曲でもある「瞳をとじて」からスタート。やはりこれは外せない。誰もがそう思っている曲をきちんと歌うということも、こういうスタイルのライヴではとても必要なことだ。そんな曲を、色々な理由から敢えて外してくるアーティストも中にはいるけど、お客さんはヒット曲を“きちんと”歌って欲しいのだ。“歌唄い”の真骨頂は続いて披露した井上陽水「いっそセレナーデ」でも発揮された。ウッドベースと歌だけ。ウッドベースの太くうねる音と、平井の伸びのあるボーカルとが生み出す得も言われぬ心地よさは、鳥肌モノだった。「子供の頃は12歳ぐらいの時に初めて聴いて、その時は良さがわからなかったけど、大人になって素晴らしがわかった。みょうが・このわた・陽水、みたいな…」と笑わせた後は、再びウッドベースのみでオリジナル・ラヴ「朝日のあたる道」のカバーを披露。原曲の田島貴男の、ねっとり絡みつくようなボーカルもセクシーだったが、平井のボーカルはまた違う熱を帯びたセクシーさで、それをウッドべースが作りだすシンプルなグルーヴが、さらに色濃く映し出す。

順風満帆ではなかったキャリア。閉塞感を打破するために始まったのが「Ken's Bar」

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「君の好きなとこ」「ソレデモシタイ」「KISS OF LIFE」と続き、本編ラストは「POP STAR」。“歌バカ”、“歌唄い”…平井の事を尊敬の意を込めてそう呼ぶ人が多いが、“POP STAR”という呼び方がもしかしたら一番合っているのかもしれない。それは誰もが聴ける歌=ポップス=大衆音楽を、こういう場を設け、歌い続けているということがまさにスターだから。

しかしそんな平井堅もデビューから決して順風満帆ではなかった。1995年、ドラマ『王様のレストラン』(フジテレビ系)の主題歌「Precious Junk」で華々しくデビューしたものの、思ったほどの数字は残せず、以降リリースするシングルは、信じられないかもしれないが5年以上オリコンのシングルランキングのTOP100以内にすら入らない時代があった。そんな追い込まれていた状況の中リリースした、8枚目のシングル「楽園」がスマッシュヒット。世間が平井堅という才能の存在にようやく気付いた瞬間だった。それ以降は書かずとも誰もが知っている「大きな古時計」のカバーや、月9ドラマ主題歌「KISS OF LIFE」などのヒット曲を連発。そして、映画『世界の中心で、愛をさけぶ』の主題歌、20枚目のシングル「瞳をとじて」(‘04年)では、オリコン年間シングルランキングの1位を獲得した。

デビューから9年が経っていた。

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ブレイクのきっかけとなった「楽園」のひとつ前のシングル「LOVE LOVE LOVE」(‘98年)が、アンコールの一曲目だった。この曲は数字的には振るわなかったものの、ブレイク前夜の平井の可能性を感じさせてくれる、本人にとってもファンにとっても非常に思い入れのある名曲で、平井は噛みしめるように歌い、伝えた。アンコール2曲目、この日のラストナンバー「half of me」は、再びサブステージで披露。するとテーブル席と付近のお客さんが、ステージで歌う平井を囲むように自然発生的に集まってきて、なんとも感動的なシーンだった。平井も感極まったのか、最後は「僕には歌しかない……また来て下さい」という言葉を伝えるのがやっとだった。

そもそもこの「Ken’s Bar」というのは、当時は芳しくなかった平井の状況を、なんとか打開しようとスタッフが考えたもので、低迷していた時期に生まれたこのライヴが、今や平井のライフワークとなっていることに何か運命的なものさえ感じる。その辺りの事は、2013年に発売された「Ken’s Bar」の15年の歴史をアーカイブした永久保存版の『Ken’s Bar 15th Anniversary Special』(M-ON)に詳しく書かれている。

歌に生き、歌に生かされ、歌に息吹を与える稀代の”歌バカ”

20周年を迎える平井の、他のボーカリストにはない凄さを感じるのは、各小節の歌い出し、一音目の母音の余韻が素晴らしく、その余韻が聴き手の想像力を掻き立て、歌に深みをもたらせてくれる。天性のものかもしれないが、他の人が持っていないテクニックであり感情の表れでもある。そして独特の美しいファルセット。男のファルセットは、せつなさと共にどこか甘い感じも感じさせてくれ、これもまた聴き手の想像力を掻き立てる。感情を揺さぶるファルセットの使い手としても、平井は唯一無二の存在である。声域の広い透き通った声、レンジの広い音階、そして独特の曲諧調が非常に魅力的なシンガーであり、ソングライターであるのが平井堅だ。繊細な男心を柔らかい言葉で紡ぐ歌詞と、一度聴くと耳に残る印象的なメロディが相まって、平井ワールドが生まれる。

平井は2005年にリリースした10周年を記念したシングルコレクションを“歌バカ”と名付け、15周年を記念して2010年にリリースしたカップリングベスト盤には“裏歌バカ”と名付け、自ら“歌バカ”を襲名している。それまでオリジナルもカバーも含め、とにかく丁寧に、丁寧に歌い、届けてきたという自負があるからに他ならない。「Ken’s Bar」もその一環だ。

歌に生き、歌に生かされ、そして歌に息吹を吹き込む平井堅は、当代随一の“歌唄い”であり、稀代の“歌バカ”である。その“歌バカ”の凄みを一番感じさせてくれるのがライヴあり、この「Ken’s Bar」でもある。

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【平井堅Profile】

1995年デビュー。これまでにシングル37枚、オリジナルアルバム8枚をリリース。歌謡曲は勿論のことR&B、POP、ROCK、HIPHOP、HOUSEなど多種多様なジャンルに傾倒し、数多くのヒット作品を輩出。累計3,000万セールスを記録する。日本人男性ソロアーティストとしては初めてのMTV UNPLUGGEDの出演や、スティーヴィー・ワンダー、ジョン・レジェンド、ロバータ・フラッグ、美空ひばり、坂本九、草野マサムネなど時代/ジャンル/国境を越えたコラボレーションを実現。デビュー10周年を記念してシングルコレクションをリリースし、男性ソロアーティストで史上3人目の200万枚を突破するなど、記憶と記録に残る活動を続ける。 2013年、1998年から続けてきた平井堅のライフワークであるアコースティック編成で聴かせるコンセプトライヴ“Ken’s Bar”が開店15周年を迎え、精力的にLIVEを展開するなか、2014年に入ると4月2日には約2年ぶりとなるNEW SINGLE「グロテスク feat. 安室奈美恵」をリリース。豪華なコラボレーションと人間の本性を炙りだした衝撃的な歌詞で注目を集め、大ヒット。さらに5月にはコンセプトカバーアルバムの第3弾「Ken’s BarIII」をリリース。12月にはインド人に扮した衝撃的なMUSIC VIDEOとアートワークで話題を席巻した「ソレデモシタイ」を収録したシングルを発表するなど、キャリアを通じてクリエイティブなトライを続けるその動きからますます目が離せない。2015年5月13日にデビュー20周年を迎えた。

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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