変幻自在のプレーで魅せるボランチ、中里優が世界に挑む
【小柄さを武器に】
相手がボールを持った瞬間、風のような素早さでその間合いを詰めた。
予想しなかった圧力に、相手のボールコントロールが乱れる。その瞬間を見逃さずにボールを奪うと、あっという間にドリブルのモーションに入った。148cmの低い重心から繰り出されるドリブルは、対峙するディフェンダーにとっては足を出すタイミングが難しそうだ。
リーグカップ第5節、INAC神戸レオネッサとの一戦で、日テレ・ベレーザのボランチをつとめた中里優は、INAC神戸のボランチで韓国代表のキャプテン、チョ・ソヒョンとマッチアップした。身長差は約20cm。
「いつも自分より大きい選手が相手なので、特に意識することはなかったですね」(中里)
中里は、なでしこリーグ一の小柄さをこそ武器としている。この日は90分間、オフザボールでも献身的に走り、パスワークを身上とするベレーザの潤滑油になった。20歳以下の若い選手が多いベレーザで、もうすぐ22歳を迎える中里はすでに中堅のような存在感を醸し出している。
【世界女王へのチャレンジ】
今年6月には、新生なでしこジャパンのアメリカ遠征のメンバーに初招集され、日本代表初キャップを刻んだ。
なでしこジャパンの高倉麻子監督は、メンバー発表会見の場で初選出の理由をこう話した。
「小柄だけれど、運動量もあるし予測も優れていて身体も強い。中盤のこぼれ球を拾って前に出て行って、脚も振れる(シュートまでいける)という強みがある。そういう面が海外でどれだけ通用するのか試してみたいと考えています」
育成年代では、2012年にU-20女子W杯に出場し、今年3月にはU-23のラマンガ遠征にも呼ばれた。だが、トップのなでしこジャパンの一員としてピッチに立つ喜びは、どんな経験にも勝るものだったという。
「国歌斉唱をした時が一番感動したし、興奮しました。今まで経験したことのないようなスピードやパワーをなでしこジャパンの一人としてピッチに立って体感できたことが嬉しかったし、楽しかったです。たとえば、相手と自分の間にボールが出てきた時に、いつもならボールを取れている間合いで相手の足が伸びてきたり、ドリブルしている時でも、いつもだったらかわせているところで取られてしまったり。でも、小さくても大きい相手に対して通用するという感覚は強くなりました。全力でただぶつかりに行くのではなくて、トラップ際を狙ったり、相手の見えないところから入っていく。そういう部分では通用するし、相手も嫌なんだろうなと感じました」(中里)
2試合行われた親善試合のうち、1試合目は試合終盤に出場(△3-3)し、2試合目はフル出場(●0-2)。アメリカの速いプレッシャーにボールを失う場面もあったが、守備面では持ち味も見せた。身長差が30cm近くもある相手の懐(ふところ)に入り込み、球際は容赦なく攻めた。言葉に実感がこもったのは、アメリカ代表に対してだけではない。
「普段、(ベレーザで)一緒にプレーしている有吉(佐織)さんや阪口(夢穂)さんは改めてうまいと思いました。あと、宇津木(瑠美)選手の身体の強さは日本でやっている中では感じられない強さで、本当ににすごいな、と」(中里)
「優のやりたいようにやっていいよ」
キャリアをスタートさせたのは、日本代表のエースとして20年以上の時代を牽引した澤穂希さんと同じ、東京都府中市の府ロクサッカークラブ。以来、ベレーザの下部組織である日テレ・メニーナを経てトップの日テレ・ベレーザへと、なでしこのレジェンドと同じ道を歩んできた。そして今、なでしこリーグの首位を走るベレーザでボランチを組むのは、その澤さんの「相方」として、なでしこジャパンの世界一を支えた阪口夢穂である。
阪口は、長短のパスを自在に操るボールタッチと的確なポジショニングで、彼女を良く知る指導者や関係者からも「天才」という言葉が出てくるほど、才能に溢れた選手だ。18歳で日本代表に選出されて以来、10年以上青いユニフォームに袖を通してきた実績もあるが、本人は今でも「そんな高評価はどこ吹く風」といった感じで、他人事のように受け流す。飄々としてつかみどころがない、そんな素顔も魅力だが、いざピッチに立てば、やはり周りの空気を呑み込む風格を漂わせる。攻守においてベレーザの核となっている阪口は、中里とのコンビネーションについてどう思っているのだろうか。
「優は本当に若いですし、変に気を遣われるのも嫌なので。彼女の良いところを全部出してほしいと思いますし、ミスはミスにならないようにカバーしてあげたい。私も合わせているつもりはなくて、自分が自由にプレーしている時も、優はいい場所にいてくれる。やりにくさはまったくないです。まぁ、相方がどう思っているのかは分かりませんけれど(笑)」(阪口)
阪口の存在について、中里は「夢穂さんが『優のやりたいようにやっていいよ』と言ってくれるから、伸び伸びプレーさせてもらっている。神様みたいな存在ですね」とはにかんだ。
2人の相性の良さには、ベレーザの森栄次監督も太鼓判を押す。
「優は裏への飛び出しやスルーパスも特徴ですが、守備では高い位置でボールを取ってくれるのが大きい。夢穂はボールをさばける選手なので、相方は、ボールを奪って来てくれる選手の方が合うと思いますね。優が奪って夢穂にあずけて、夢穂がさばく。2人で1セットと考えて起用しています」(森監督)
流れの中ではトップ下、ボランチ、サイドバックをこなせる柔軟性もまた、中里の魅力である。
「ボランチだと前を向いてボールを持てる余裕が少しはあるので、その分、前目のポジションに移った時の難しさはありますが、どのポジションでもやることは変わりません。球際で妥協しないことは自分の良さだと思うのでいつも意識していますし、与えられた場所で自分のプレーを出したいと思っています」(中里)
球際の強さと重心の低いドリブル、パワフルなミドルシュート。柔らかいボールタッチと運動量、ユーティリティー性。小柄な選手の多い日本が、大柄で屈強な欧米の選手たちを凌駕する姿が、中里のプレーに重なって見えた。
【努力の天才】
素顔は謙虚で、控え目な印象も与えるはにかみ屋だ。だがその内側には、ちょっとやそっとではブレることのない芯が通っている。元日本代表の小林弥生さん(現サッカー解説者・指導者)は、中里を「努力の天才」と呼んだ。
その努力の影には、自分を育ててくれたチームへの一途な思いがあった。
「(メニーナから)ベレーザに上がって1年目、2年目は、一気にレベルが高くなったのでしんどかったですね。だけど、このチーム(ベレーザ)でなければ自分は生きていけない、という思いがあったんです。ずっとメニーナでやってきましたし、好きなサッカーのスタイルなので、『このチームで(試合に)出たい』と必死にやってきました。どれだけ頑張ったかは自分だけが知っていればいいと思いますが、あえて(努力している姿を)見せることもあります。試合に出られない時期は特に、意識してアピールもしました」(中里)
その言葉には、日本代表選手を最も多く輩出してきた名門クラブでプレーすることへの強い自負も感じられた。
転機となったのは昨年9月6日の第14節だった。ベガルタ仙台レディースとの一戦でシーズン初先発を果たした中里は、2ゴールを挙げる活躍を見せ、以後スタメンに定着。同年のリーグ優勝にも貢献し、パフォーマンスに磨きをかけ続けている。
普段は、教員養成に定評のある国立大の名門、東京学芸大学の教育学部に通う大学生でもある。来年春に、卒業を迎える。
「サッカーはサッカー、勉強は勉強。合わせて考えたことはないです。どちらもちゃんとやらないと嫌なんですよ。そうしないと気が済まないタイプなのかな(笑)大学を卒業した後は、仕事をしながらベレーザで上を目指し続けたいと思っています」
中里は、これからも一つ一つ階段を上っていくのだろう。その先にどんな景色を見せてくれるのか、楽しみだ。