Yahoo!ニュース

独房暮らし248日間、被害額は個人分だけで75億円。プレサンス元社長冤罪事件で主任検事のすごい言い訳

赤澤竜也作家 編集者
2023年9月19日、大阪地裁の決定について会見に臨む山岸忍氏(筆者撮影)

 業務上横領事件の被害者であり、まったくの無実であるにもかかわらず、共犯として逮捕・起訴され拘置所に248日間も勾留。創業した会社の株を手放さざるを得ず、個人資産分だけでも75億6168万円の売却損を被った。

 いざ刑事裁判がはじまってみると、有罪とするための唯一の証拠である供述調書は特捜検事の恫喝・脅迫によってねじ曲げられたものであると判明し、一審だけで無罪判決が確定してしまう。

 にもかかわらず、逮捕・起訴した検察庁は一切謝っていない。

 これは実話である。

 プレサンス元社長冤罪事件の被害者である山岸忍さんが起こしている国家賠償請求訴訟において出された陳述書において、取調べを担当した末沢岳志検事が、捜査の指揮を執る蜂須賀三紀雄主任検事に対し、「逮捕は待ったほうがいいと思います」と進言したと述べていることがわかった。

 捜査官が止めたにもかかわらず、逮捕・起訴は強行され、冤罪が作られてしまったということなのだろうか。特捜部の内部でいったい、なにが起こっていたのか。 (肩書きは当時のものを使用)

横領して返してもらうことを前提に18億貸した?

 創業20年足らずで売り上げ2224億円、全国分譲マンション供給戸数トップとなった大阪の不動産会社プレサンスコーポレーション。そのオーナー社長だった山岸忍さんは2019年12月16日、突如逮捕された。学校法人明浄学院のお金を横領したという容疑である。

 山岸さんはプレサンスの部下A氏、および取引先社長B氏から「学校法人に18億円貸して欲しい」と頼まれ、ポケットマネーで用立て、B氏の会社に振り込んだ。そのお金は1年数ヵ月後にB氏の会社を通してちゃんと戻ってきていた。もちろん山岸さんは学校法人に貸したお金が返ってきたと思っていた。

 実際のところ、山岸さんが用立てた資金の多くは学校法人に入金されず、後に理事長になるO氏が使い果たしており、戻って来たお金は学校法人から横領されたものだった。

 大阪地検特捜部はこの横領事件は山岸さんが主導したものだとして逮捕・起訴してしまったのである。

 横領して返してもらうことを前提にして、見ず知らずの人に個人資産18億円を貸し付けるというスキーム自体、ちょっと考えればおかしいとわかりそうなものなのだが、検察はその見立てに固執した。

録音録画文字起こしでわかった検事の罵倒・恫喝

 2019年6月1日に施行された改正刑事訴訟法により、検察独自捜査事件の取調べはすべて録音録画されることとなった。

 大阪拘置所に勾留中だった山岸さんは、部下A氏の取調べ録音録画を視聴した弁護人より「取調べで検事が怒鳴り続けていたよ」「机を叩いて威嚇してるシーンもあったんだ」と聞かされ、前代未聞の取り組みにゴーサインを出した。部下A氏、および取引先社長B氏の取調べ録音録画すべてを文字起こしさせたのである。

 ふたりの取調べ時間は合計で142時間。とてもじゃないが、刑事弁護人がすべてチェックすることは不可能だ。書き出したうえで読み込み、徹底的に分析することにしたのである。すべての反訳作業を弁護士がやったので膨大な費用がかかっている。

 その結果、驚くべき事実が判明した。

 山岸さんの関与をかたくなに否定していた部下A氏に対し、取調官の田渕大輔検事は、

「ふざけた話をいつまでも通せると思ってる」

「検察なめんなよ」

「小学生だってわかってる、幼稚園児だってわかってる。あなたはそんなこともわかってないでしょ」

「ウソまみれじゃないか」

「本当ににぶい人ですね」

 と長時間にわたって罵倒し続け、供述をねじ曲げていたのである。さらに、蜂須賀三紀雄主任検事ら上層部はそのようなひどい取調べが行われていることを認識していたということもわかった。

「法廷でひっくり返したら」と調書訂正要請を無視

 取引先社長B氏に対しては末沢検事が「山岸さんの強い指示に従って横領に及んでしまった」と「虚偽供述」をするよう誘導し、そのような調書を作成していた実態が明らかになった。

 さらにである。

 いったんは山岸さんの関与を「自白」してしまっていた取引先社長Bさんだが、

「結局、ずっと考えてたんですけれども、昨日おとといの供述は全部なし。撤回しますわ」

 と切り出し、末沢岳志検事に対し、署名した調書の撤回と新たな調書の作成を要請していたこともわかった。

 取調べ最終日も取引先社長Bさんは、

「ボクの山岸さんについての調書、あのままにしとくんですか?」

 と問いかけた。しかし、末沢検事は聞き入れず、

「そんだけ言うんやったら法廷でひっくり返したらよろしいやん」

と言ってのけていたことも録音録画から明らかになった。

取引先社長は「そこにいる人に脅されたから」と証言した

 刑事事件の公判では、プレサンスの部下A氏と取引先社長B氏が山岸さんに対して「学校に貸す」と説明していたのか、「買収資金としてO氏に貸し付ける資金」と話していたのかが争点となった。

 証人尋問において、部下A氏は供述調書のとおり、山岸さんに「買収資金だと説明した」と話した。弁護団は反対尋問で完膚なきまでにその証言の信用性を粉砕。判決文に「A氏が故意に虚偽供述している可能性が高いといえる」とまで書かれるほどだった。

 取引先社長B氏は証人尋問において、山岸さんの関与を完全に否定した。

「明浄が必要なお金だと言われるから、そうなんかなと思って聞いていました」

「明浄が借りるから明浄が返すもんだと思ってましたけど」

 とあくまで本人自身も学校法人にお金がいくと思っていたと言うのである。

 ちなみにB氏の取調べを担当した末沢検事は公判担当に異動していて、公判廷に居合わせた。

 主尋問を担当した三谷真貴子検事が、

「山岸さんに対して、2月20日ごろには、なにに使うのかという話はしていないということですか?」

 とダイレクトに問いかけられても、

「明浄学院側にお金を貸すというふうに説明しました」

 と検察の主張に真っ向から反する言葉を述べ立てる。

 さらに山岸さんに買収資金だと説明したと(末沢)検事に言ったのではないかと尋ねられ、

「脅されてそういう説明しましたよ」

 と口にする。

 三谷検事が、

「説明したんですか?」

 と質問を重ねると、取引先社長B氏は末沢検事の方へ視線を送りながら指をさし、

「そこにいる人に脅されたから」

 と言い切った。

 取調べ録音録画のなかにあった、

「法廷でひっくり返したらよろしいやん」

 という言葉がブーメランとなって末沢検事本人に戻って来たのである。

録音録画そのものが出されるかどうかは最高裁の結果待ち

 ちなみに山岸氏の国家賠償請求訴訟において、原告は田渕検事、末沢検事、そして山岸さん本人に対する山口智子検事の「取調べ録音録画媒体そのもの」も法廷に証拠として提出するよう文書提出命令を申し立てた。

 活字になったものはすでに出されているのだが、コミュニケーションは言語によってのみ行われているものではなく、話者の声のトーン、机を叩くなどの動作、表情などを見てみないと、なぜ冤罪を生む原因となった供述調書が作られることになったのか解明できないからである。

 刑事訴訟法には証拠の目的外使用禁止の条項があり、田渕検事がどのような声色で怒鳴り続けていたのか、現状では誰もチェックできない。

 録音録画のデータそのものが民事事件の法廷に出て来れば、マスコミによって映像が報道される可能性も出て来るし、実際にYouTube上に公開されたケースもある。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/fa332b573f434456123c69ee82779fbf4b1f286d

 被告・国(検察庁)は頑強に抵抗した。

 なんとしても違法取調べの実態を国民の目から隠したいと思っているのだろうか。刑事訴訟法47条やプライバシーの侵害などを持ち出し、その必要はないと抗弁した。

 大阪地裁によって2023年9月19日に出された決定は田渕検事による部下A氏に対する取調べ録音録画のほとんどの提出を命じるものだった。

 国は9月26日、即時抗告する。

 本年1月22日、大阪高裁は現決定を変更し、田渕検事の取調べの48分間以外の提出の申立てを却下するという信じ難い決定を下した。

 田渕検事が延々と罵倒し続けているところや、机を叩いているシーンは出す必要がないというのである。

 現在、最高裁に審理の場を移している。

 録音録画はすべて国民の税金を使って行われているものである。冤罪を生むに至った取調べの実態を明らかにすることは国民の知る権利を鑑みても当然認められるべきであると筆者は考える。

 最高裁の公正な裁きが待たれるところである。

部下の進言を「覚えていません」のオンパレード

 本題に戻ろう。

 末沢検事の陳述書には蜂須賀主任検事に対し、「逮捕は待ったほうがいいと思います」と進言したと記されている。

「昨日おとといの供述は全部なし。撤回しますわ」

 と取引先社長B氏から言われてしまったからである。

 一方、同時に裁判所に出された蜂須賀主任検事の陳述書には、

「この時、末沢検事から、原告の逮捕を見送った方がよいなどと言われたかどうかは覚えていませんが、末沢検事がそのように説明しているのであれば、否定はしません」

 と記されていた。

 そのへんのチンピラを逮捕するのではない。東証一部上場企業の現役創業社長を業務上横領容疑で逮捕するのである。

 有罪の核となる重要証言が翻ったうえ、部下から「逮捕を待つべき」と言われたことを覚えていないというのはまったく理解できないのだが、蜂須賀主任検事はそう言っている。

 では、その後B氏からの「署名した調書の撤回と新たな調書の作成をしてくれとの要請」について、末沢検事はなんと述べているのか?

「訂正調書を作成した方がよい旨、(蜂須賀主任検事に)進言しました」

 末沢検事の陳述書にはそう記されている。

 それに対し、蜂須賀主任検事は、

「撤回申出前の供述の方が信用できる。変遷の経過は録音録画に残っているので訂正調書を作成する必要はない」

 と答えたと末沢検事は言っている。

 蜂須賀主任検事本人は陳述書において、この件についてなんと述べているのか?

「私は、B氏が供述を撤回した後、末沢検事から、『訂正の供述調書を作成した方がよい』などと言われたかどうかも覚えていませんが、未沢検事がそのように説明しているのであれば、否定はしません」

 この人は部下に対して自分の言ったことを何も覚えていないそうなのだ。

 なんと言葉が軽いのだろう。

 まだ正式決定ではないものの裁判所は蜂須賀主任検事、田渕検事、末沢検事、山口検事の証人尋問をする方向であることを明示しており、仮の日程も伝えられているという。

 冤罪事件を生み出した当事者である。

 組織防衛を図るのではなく、ひとりの人間として真摯な言葉を発してもらうことを期待したい。

作家 編集者

大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業後、公益法人勤務、進学塾講師、信用金庫営業マン、飲食店経営、トラック運転手、週刊誌記者などに従事。著書としてノンフィクションに「国策不捜査『森友事件』の全貌」(文藝春秋・籠池泰典氏との共著)「銀行員だった父と偽装請負だった僕」(ダイヤモンド社)、「内川家。」(飛鳥新社)、「サッカー日本代表の少年時代」(PHP研究所・共著)、小説では「吹部!」「白球ガールズ」「まぁちんぐ! 吹部!#2」(KADOKAWA)など。編集者として山岸忍氏の「負けへんで! 東証一部上場企業社長VS地検特捜部」(文藝春秋)の企画・構成を担当。日本文藝家協会会員。

赤澤竜也の最近の記事