ヒグチアイ「東京にて」がラジオヒットの予感。渋谷の街の変遷を表現する胸に突き刺さる刹那
●“誰かの作った方程式じゃない 新しい答えを作ろうよ”
シンガーソングライター、ヒグチアイの楽曲「東京にて」が渋谷で鳴っていて、ふと時間が止まったような錯覚を覚えた。
「東京にて」は9月2日にリリースされたベストアルバム『樋口愛』に収録された新曲だ。
バンドマンやホームレス、ピンヒールのOLなど、様々な人から見える渋谷の風景を、思い出に寄り添う心情とともに伝えてくれる名曲だ。“誰かの作った方程式じゃない 新しい答えを作ろうよ 最初で最後 きみだけの きみだけの”という歌詞の一節が心に深く突き刺さる。
全国のラジオ局にて毎日のようにオンエアされるたびにSNSやYouTubeのコメント上で“歌詞が刺さる”、“初めて聴いたがグッときた”、“今まで知らなかったが好きになった”というようなリアクションが相次いでいる。いい曲を聴いた感動は雪だるまのように転がって大きくなっていく。これはまさにラジオヒットの予感だ。歌詞に触発されてかフルーツポンチ村上健志やパンサー向井慧など、著名人による反応も増えてきた。
そもそも渋谷都市開発、宮下公園がMIYASHITA PARKとなった変遷にみられるような、ジェントリフィケーションとも呼ばれる街の再構築が進みはじめている。一方で、かつての宮下公園を知らない若い層がMIYASHITA PARKの屋上公園を楽しんだり、渋谷横丁が日々賑わっているのもまた新たなカルチャーであり現実だ。変わりゆく街に感傷的になる人も多いことだろう。筆者もかつて、宮下公園の片隅でたまに営業されていたハラミが絶品だった焼肉屋台を思い出した。しかし、街は生き物であり日々変化していく。そこはかとない刹那を感じる瞬間だ。
そんな時代に鳴り響く音楽として、本質を貫くヒグチアイの楽曲は胸に染み渡るのだ。
●優れたアーティストはヴィジョナリーだ
“心を鷲掴みする”という、感情をあらわす言葉が好きだ。せつなさとキュンとした気持ちが重なり合い爆発しそうになるあの感覚。ヒグチアイが解き放つ音楽にぴったりの表現だ。没入感高い私的な作品を通じて彼女の視点から世を眺めると、見えない風景がみえてくる。普段、何気なく生活をしていると、政治もエンタメも何もかも、世の中が様々なフィルターによって知らず知らずのうちに事象が歪められて僕らのもとに届く。しかし、優れたアーティストはヴィジョナリーだ。ヒグチアイの尖った感性は、フィルターバブルをぶち壊す。自らの思いに忠実に吐き出される言葉に、聴き手の凝り固まった鎧は剥がされていく。
新録された「ココロジェリーフィッシュ」で溶け合う感情の行方。2019年を代表するアルバム作品だと確信する『一声讃歌』オープニングを切り開いた「前線」のイントロダクションで弾けるピアノのリフレイン。“おまえに言ってるんじゃなくて 私に叫んでるんだよ”と彼女は言う。そして前述した、時代の風景を切り取った名曲「東京にて」の存在感ある楽曲が持つパワー。
初のベストアルバムに収録された全13曲。そのメッセージは遠くにまで届く響きだ。人々の“心を鷲掴み”する音楽の輝きだ。
ヒグチアイ オフィシャルサイト