イ・ジュニク監督が語る映画「茲山魚譜」上/歴史的背景
イ・ジュニク監督の映画「茲山魚譜-チャサンオボ-」(以下「茲山魚譜」)は、朝鮮時代後期、島流しに遭った学者の丁若銓(チョン・ヤクチョン)と島の青年漁師、昌大(チャンデ)が共に海洋生物学書『茲山魚譜』をつづった実話がもとになった作品だ。それだけで十分楽しめるが、歴史的背景を知れば、もっとおもしろい。日本で11月19日から全国で順次公開されるのに先立って、イ・ジュニク監督にインタビューした。
Q. 朝鮮時代の海洋生物学書『茲山魚譜』を映画化しようと思ったきっかけは何ですか?
A. まずは西学(注:朝鮮時代に入ってきた西洋の学問)への関心から。朝鮮にカトリックが入ってくる過程で起きた出来事に関心があったんです。既存の朝鮮社会との不和、葛藤に着目した時に、カトリック教徒として迫害を受けた丁若銓、その弟の丁若鏞(チョン・ヤギョン)といった人物が見えてきた。特に丁若銓は流刑地で自然科学書である『茲山魚譜』を書いたという点でおもしろいと感じた。
Q. 一般的には弟の丁若鏞の方がよく知られていますが、映画「茲山魚譜」では、むしろ丁若銓の方が危険人物とみなされていたように描かれました。
A. シナリオを書くまでは、丁若銓が丁若鏞よりも危険な人物だとは思っていなかった。シナリオを書くというのは、事実として記録されたものをもとに虚構を通してより真実に近づく作業だと思います。実際、丁若銓は黒山島という朝鮮の果てのような島に流された一方、丁若鏞の流刑地は内陸の康津(カンジン)だった。もし丁若鏞の方が危険な人物だったなら、丁若鏞を遠くへやったはず。より危険な人物を遠くの流刑地へ送るだろうから、丁若銓がより危険視されていたと考えました。
Q. より危険というのは、丁若銓が平等を求める人物だったからでしょうか?
A. 平等という言葉は現代的だが…。性理学(注:人間の本性について論究した学問)が持っている正しい理念の価値をねじ曲げた当時の官僚社会、既得権勢力の弊害といった不条理に対する強い反発。丁若銓のそういう姿勢がより危険な人物とみなされた理由ではないでしょうか。それは平等思想に近いとも言えるが。
Q. 平等と言ったのは、実は一緒に映画を見た友達が、「平等に関する映画だね」って言ったからなんです。
A. それも合ってる。でもそれは私の視点。丁若銓という人物が平等を主張したという根拠はないが、映画を作る人の視点は反映されるから。
Q. 一方、青年漁師の昌大は海洋生物学書『茲山魚譜』の序文に出てくる以外はほとんど記録がない人物です。どのようにキャラクターを作ったのでしょうか?
A. 記録がある人物は、記録から大きく離れると「歪曲」と指摘されることもあり、丁若銓や丁若鏞のように実名で登場する人物については自由に作ることはできない。だけども昌大のような人物は名前や彼が暮らした地域についてのわずかな情報しかなく、彼がどんなことを考え、どう生きたのかについての記録はない。創作者が創造する余地があるということです。昌大を映画の中でどんな人物にするのかは監督にかかっている。私が考えたのは、昌大は黒山島という国の中央から外れた場所で暮らしているが、夢見るのは国の中央で、その矛盾に葛藤する若者。そういう人物を前提にした時、父は両班(注:朝鮮時代の貴族)だが、妾の子という設定になった。父の養子となって身分が上昇し、既得権勢力とぶつかって世の中の不条理を知っていく。国の中央にいた丁若銓が黒山島に島流しに遭ったのと逆行する構造を描くことで、当時の社会が立体的に見えると思った。昌大という人物をその道具として作りました。
Q. 丁若銓が性理学も西学も尊重する態度は、性理学にこだわる昌大との比較ではっきり見えるように感じました。
A. 丁若銓の思想は、私が考えるに既存の性理学を土台にした理念と、性理学の限界を克服するための新たな西洋の理念、その両方によってより良い世の中を目指す思想だったと思う。昌大を通して丁若銓の内面が見えるように映画を作るため、昌大を丁若銓と対照的な人物として描きました。
Q. 『茲山魚譜』という書物が後世に残した価値についてはどう考えますか?
A. 朝鮮時代は理念や観念といった人文学の書物が重視された社会でした。『茲山魚譜』は人文学ではなく自然科学の書物。『茲山魚譜』以外にもたくさんの実用書があったと思います。だけどもそれらを大切にしなかった。そういう朝鮮時代後期の文化が、滅亡への道につながったと思います。知識のための知識でなく、生活のための知識。時代を経て『茲山魚譜』が再評価され、実用書の大切さが見直されるきっかけとなった。それが『茲山魚譜』の価値だと思います。
(下へ続く)
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