脱北者描いた映画「ロ・ギワン」 極限状態のラブストーリー
3月1日に配信が始まったNetflixの韓国映画「ロ・ギワン」は脱北者が主人公のラブストーリーだ。公開3日でNetflixグローバルTOP10映画(非英語)部門で3位を記録するなど、世界的に注目を浴びている。
脱北者とは北朝鮮から海外へ逃れた人を指す。日本ではほとんど接する機会がないが、韓国には3万人を超える脱北者が暮らし、韓国を拠点にする私自身、これまで2人の脱北者に会って話を聞く機会があった。映画の主人公ロ・ギワン(ソン・ジュンギ)との共通点も少なくない。
公開前にソウルで開かれた試写会では、キム・ヒジン監督と主演のソン・ジュンギやチェ・ソンウンをはじめ出演者たちが舞台あいさつに立った。
私はスクリーンで「ロ・ギワン」を見ながら、原作について気になり始めた。原作が小説だということは知っていたが、映画を見ると実在のモデルがいるようなリアリティーを感じたからだ。原作小説『ロ・ギワンに会った』(チョ・ヘジン著)は2011年に出版され、日本語版も出ている。
著者のチョ・ヘジンさんの言葉によると、ベルギーの脱北者にまつわる記事が小説を書くきっかけだったようだ。記事を読んでベルギーを訪れ、難民申請に関する取材をしたという。小説の中では語り手の「わたし」がロ・ギワンのインタビュー記事を読んでベルギーへ飛ぶので、重なる部分がある。
映画化に関してはかなり前から企画が動いていたようだ。ソン・ジュンギは一度シナリオを受け取って出演を断ったことがあった。「共感できない部分があった」と明かす。犠牲になったギワンの母を思えば、逃げた先で恋愛などできるのか、という点だった。それから7年経て再び手にしたシナリオは、その部分が変わったわけではなかったが、共感できたという。シナリオよりもソン・ジュンギ自身が変わったようだ。
この7年の間に様々な作品に出演しただけでなく、個人的にもソン・ヘギョとの結婚・離婚、そしてイギリスの元女優ケイティ・ルイーズ・サンダースと再婚し、昨年息子が生まれた。シナリオの受け止め方も変わって当然だ。
映画では北朝鮮からの脱出は描かれず、ギワンは中国からベルギーへたどり着き、ベルギーで出会った韓国人マリ(チェ・ソンウン)と恋に落ちる。2人に共通するのは母にまつわる心の傷だ。傷を負う者同士、惹かれ合う。
ラブストーリーとして十分に楽しめる作品だが、ギワンの置かれた状況について少し分かりにくい部分もあったかもしれない。ギワンは脱北者のふりをする朝鮮族と疑われるが、脱北者と朝鮮族の違いがよく分からず混乱する人もいたのではなかろうか。ベルギーで難民と認定されるかどうかの重要なポイントだった。
ギワンが中国で暮らしていたのは、延吉だ。延吉は延辺朝鮮族自治州の中心都市で、私も行ったことがあるが、映画の中で見られるように漢字とハングルの看板が混在していた。朝鮮族が多く暮らす。朝鮮族というのは、中国の少数民族の一つで、朝鮮系中国人だ。国籍は中国だが、朝鮮語を話す人が多い。
私が実際に韓国で出会った脱北者も2人とも中国を経由して韓国へ来た。1人はドキュメンタリー映画「ポーランドへ行った子どもたち」(チュ・サンミ監督、2018)に出演していたイ・ソンさんだ。飢えから逃れるため10代で脱北し、「中国で言葉にできないようなつらい経験をした」と話していた。
もう1人はノンフィクション『7つの名前を持つ少女』の著者イ・ヒョンソさんだ。もともとは英語で書かれた本だが、日本を含む世界各国で翻訳出版されている。私はこの本を読む前にたまたま映画関係者の集まりでヒョンソさんに出会い、脱北と韓国入国の経緯を本人から直接聞いたが、まさに映画のような話だった。ヒョンソさんは日本でも今年公開されたドキュメンタリー映画「ビヨンド・ユートピア 脱北」(マドレーヌ・ギャヴィン監督、2023)にも出演している。
「ロ・ギワン」を見ながらヒョンソさんを思い浮かべたのは、ヒョンソさんも脱北者となかなか認めてもらえず、朝鮮族と疑われたためだ。ヒョンソさんの場合は韓国の情報機関、国家情報院で取り調べを受けたが、長く中国で暮らしていたのもあって、脱北者と認められるまでに3カ月もかかった。
ギワンのラブストーリーはフィクションだが、ヒョンソさんが中国から韓国へ入国したのは、中国で出会った恋人が韓国人だったからだ。脱北者だから恋愛しないなんてことはない。
最愛の母を失ったギワンが、それでも生き延びようと、ベルギーで難民の地位を得ようとあがくのは、むしろ愛するマリがいるからだ。極限状態だからこそ、切実に愛を求めることもある。