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「アメリカの良心」とは――スターバックス難民雇用計画がネット炎上 グローバル化とナショナリズムが激突

木村正人在英国際ジャーナリスト
難民1万人雇用を打ち出したスターバックスにトランプ支持者が不買運動(写真:ロイター/アフロ)

不法移民の若者たちを雇用

租税回避行為などグローバル企業のマイナス面を象徴することが多かった米コーヒーチェーン大手スターバックスのハワード・シュルツ会長兼最高経営責任者(CEO)が29日、トランプ米大統領がイスラム系難民・移民の入国を制限する大統領令を出したことに対して「できることは何でもする」と影響を受ける従業員への支援策を打ち出しました。

英国では「ヒジャブ」などのスカーフで頭を覆ったイスラム女性がコーヒーチェーンやファストフードのお店で働くのは決して珍しい光景ではありません。慣れないイスラム女性がコーヒーや紅茶を作るのに手間取り、「ソーリー」と謝るのを、英国人が「気にしなくていいのよ」と励ますのを見て微笑ましく感じることもあります。

シュルツ会長はトランプの大統領令に強い危機感を覚えています。「私たちは前例のない時代に暮らしています。私たちは祖国の良心とアメリカンドリームの生き証人なのです。米国の価値観が問われています」「私たちがこれまで長らく当然と受け止めてきた市民として、また人間としての権利が脅かされています」

ツイッターやフェイスブックなど過去にはなかったソーシャルメディア全盛時代だからこそ、それに合った方法で情報発信していきたいとシュルツ会長は言います。シュルツ会長が掲げた4つの支援策は次の通りです。

メキシコに壁ではなくコーヒーの木を

(1)子供の頃、親に連れられて米国に不法入国した若者を対象にした「Deferred Action for Childhood Arrivals(DACA)」プログラムを通して、不法移民の若者たちを雇用しアメリカンドリームを実現するのを支援します。

(2)国連によると、6500万人以上が難民と認定されています。スターバックスは今後5年間にわたって75カ国で難民1万人を雇用する計画を発展させていきます。まず米軍のために働いた通訳や協力者から始めていきたいと思います。

(3)スターバックスは2002年からメキシコでビジネスを始め、60都市で約600店を展開、7千人以上を雇用しています。30年間、メキシコ産のコーヒー豆を使っています。スターバックスはメキシコ国境に壁を作るのではなく橋を架けます。これまでに200万ドルの支援金のほか100万本のコーヒーの木を7万世帯に寄付しており、さらに400万本を寄付します。

(4)医療保険を失いそうな人たちを支援します。

心を入れ替えたスターバックス

スターバックスが世界に展開する2万5千店には約9千万人のお客さんが訪れるそうです。グローバル企業のスターバックスは企業利益を最大化させるため、租税回避を徹底させていました。

12年には、スターバックスUK(英国法人)が過去3年間で計12億ポンドの売り上げがあったにもかかわらず、法人税をまったく納めていなかったとロイター通信にすっぱ抜かれました。緊縮策で社会保障費や教育費が削られたタックスペイヤーの怒りに火がつき、行き過ぎた租税回避にネット上で不買運動が広がりました。

グローバル化には光と影があります。スターバックスのようなグローバル企業が法人税率の低い国を選んで納税するようになると、本国の財政を逼迫させる一因となります。こうしたグローバル化の悪影響がトランプ大統領を支持する低所得者層の怒りを増幅させたマイナス面は否定できません。

難民1万人を雇用する計画を打ち出したシュルツ会長の支援策はグローバル化の光です。いくら傲慢な「オレさま大統領」でもグローバル化やデジタル化の流れを押しとどめることはできません。ホワイト(白人の)ナショナリズムが生み出したトランプ大統領は時代の徒花でしかないのです。

米国第一主義では何も解決しない

昨年7月の独紙フランクフルター・アルゲマイネによると、15年に100万人を超える難民が押し寄せたドイツの上場企業30社(売上総額1.1兆ユーロ、従業員350万人)が雇用した難民はわずか54人でした。このうち50人がロジスティックス会社ドイツポストで働いていました。同年6月時点の求人は66万5千人に達していたにもかかわらずです。

それぐらい難民を取り巻く現実は厳しいのです。

そんな中、スウェーデンの家具量販チェーン、イケアは、100万人以上の難民を受け入れているヨルダンで数百人の雇用を計画しています。ヨルダンでは最大20万人の難民の就労が認められています。イケアはヨルダンで手織りの絨毯や織物、カゴ、装飾具を作って販売したり、輸出したりするそうです。

気候変動や難民、貿易不均衡の是正は、トランプのように米国一国による地球温暖化対策の破棄、難民の入国制限、関税など保護主義では解決できません。国連や主要20カ国・地域(G20)を中心に国家やグローバル企業を巻き込んだ取り組みが必要です。

しかし、スターバックスの難民雇用計画に、トランプ支持者はツイッターで不買運動を呼びかけています。「#BoycottStarbucks」「#MakeAmericaGreatAgain」のハッシュタグで「恥を知れ!スターバックス」「米国人の仕事を奪うな」と反発、30日午後にはツイッターのトレンドトピックで第1位となりました。

米国の失業率は4.7%と完全雇用に近づいています。トランプとその支持者は米国と世界をどこに連れて行こうというのでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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