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“ナイナイ育ち”のディレクターが生んだ『ヤギと大悟』の温かさ

てれびのスキマライター。テレビっ子
『ヤギと大悟』(テレビ東京)公式HPより

1月2日のお昼12時30分から『ヤギと大悟』(テレビ東京)の第3弾が放送される。今回はゲストとして井ノ原快彦と野村周平も参加し、ヤギのポポと千鳥の大悟が栃木県益子町を散歩する。

『ヤギと大悟』は、2021年の年末12月28日に第1弾が、今年4月30日に第2弾が放送され、第59回(2021年度)ギャラクシー賞選奨、同賞2022年1月度月間賞、第38回 ATP賞テレビグランプリ・情報・バラエティ部門 最優秀賞など各賞を受賞している。

『ヤギと大悟』は、雑草で困っている人を助けるため、大悟がヤギを連れて田舎道を散歩し、雑草を食べさせる、ただそれだけの番組。

テレビ東京が得意とするシンプルでユルい企画で、その極みを見たような番組だ。その心地よさは、繰り返し見て癒される「追いヤギ」という言葉がSNSで生まれるほどだ。

徹底したヤギファースト

タイトルで「ヤギ」が先に来ているようにヤギが主役で「ヤギファースト」が貫かれている。番組の趣旨を聞いて大悟も「昔話か」と静かに笑う。

筆者がおこなった企画・演出を担当した制作会社「シオン」冨田大介氏へのインタビューによると、企画の着想も「完全にヤギが先」だったという。

冨田「うちの子どもの小学校でヤギを飼っているんですけど、ヤギ当番を子どもがやったんです。それで僕も一緒に行ったら、凄い雑草を食べているんですよね。校内を歩くんですけど、もう子どもたちのアイドルなんですよ。みんなニコニコしてる。それでヤギのことを調べたら1日5キロも食べて、胃袋が4つあって……とか。で、ヤギをレンタルして除草するみたいなサービスがあるっていうのを知って、だったら困っている人の雑草を食べる散歩番組ができるなと思いました」

(※『GALAC』2022年9月号)

そのパートナー役は「ひとり喋りが面白い」のと「ヤギに振り回される感じが可笑しい人」がいいと思い、すぐに大悟を思いついた。だから、スマホのアイデアメモにも最初から「ヤギと大悟」と書かれていたという。テレビ東京へこの企画書を提出した際は、「これはテレ東らしさが詰まってますね」と最初から好感触だった。

大悟からも「とんでもない企画やな。誰が考えたん?」という制作にとっては最上級の感想をもらった。

主役のヤギ探しにもこだわった。群馬、埼玉、静岡などを巡り60頭以上のヤギと対面した。

冨田「ある日の夜に静岡に見に行った時にポポがいたんですけど、僕はなんか運命を感じてこの子に決めようと。あくまでもヤギファーストで9割はヤギが映っている番組にしたいというのが絶対的なルールでした」

(※『GALAC』2022年9月号)

そんなヤギに「ポポ」と名付けたのも大悟だ。

この番組で際立ったのは、大悟の人間としての魅力だ。普段は今時珍しい昔気質の芸人といった感じで、酒と女性を愛するぶっきらぼうでヤンチャな男というのがパブリックイメージだろう。

だが、この番組では番組のユルさと相まってか、最初から力が抜けていて自然体。

「ステキな名前のつけ方するか。お前と出会って最初に見つけたお花の名前をつけましょう」とヤギを「タンポポ」(途中から「ポポ」と略される)と名付けるロマンチストな一面も見せたのだ。

冨田「(大悟さんは)最初から『ゆったりしたペースでロケできると面白いかもなあ』と僕らの企画意図を汲み取ってくれました。大悟さんにはロケ開始までヤギとは会わせず、せっかくだから名前だけはつけましょうってお話ししました。ヤギの行きたいところに行かせてください、うんちとかの掃除も全部やってくださいって。そういうところも含めて絆が芽生える感じを描きたいですと説明しました」

(※『GALAC』2022年9月号)

ポポにみかんを食べさせる時にさりげなく「農薬ついてない?」と確認する気遣いを見せたり、大悟ファンの年配の女性が「いつ死んで悔いがない」と言うと即座に「そんなこと言うやな」と返したりする。クジャクを飼っている家に寄り、クジャクにエサなどをやっていると、離れたところにつながれたポポが「メェ~」と寂しそうに鳴く。すると大悟はすぐにポポのもとに駆けつけ「ワシがクジャクと遊んでたから嫉妬したか。可愛いとこあるやん……」と背中をなでるのだ。

最初は我関せずといった感じだったポポも、すっかり大悟に懐いている様子だった。

すぐに眠そうになる姿、一発芸のように前足のヒジをつく姿勢になる姿などポポの一挙手一投足も可愛らしくて癒やされる。

ナイナイ矢部からの助言

番組を企画・演出した冨田氏は、学生時代からナインティナインが大好きで、彼らと仕事がしたい一心で、ナイナイが出ている番組のエンドロールを見て書いてあった制作会社の「シオン」に2004年に入社した。

すると希望通り入社早々『ナイナイサイズ』(日本テレビ)にADとして参加した。

矢部浩之に挨拶に行くと一目でジミー大西に似ていると言われ、あだ名が「ジミーちゃん」に。フロアディレクターをやっているときに矢部から「もっと俺の目を見て。こういったら面白いんじゃないかって合図を出してるから」と助言され、それを実践するとディレクターの仕事が楽しくなった。

2人から愛された冨田は以後、『99プラス』を経て現在も『ぐるぐるナインティナイン』(いずれも日本テレビ)で、演出・ディレクターを担当。入社から現在までナインティナインと途切れず番組をしている稀有なテレビマン人生を送っている。

さらに2009~10年のDVD作品『リアクションの殿堂』シリーズを演出。これはまだMCとして大活躍する前の有吉弘行進行のもと、ダチョウ倶楽部と出川哲朗が「世界浣腸陸上」「灼熱あみだくじ」「ヌルヌルキッチン」など過酷でバカバカしいリアクション芸を披露する作品だ。このとき、冨田は芸人の凄さを体感した。

冨田「出川さんも上島さんもこちらが会議して想定したものを現場でどんどん超えてくるんですよね。それが凄いなっていうのと悔しいなっていうのがあって。本当に勉強になりました」

(※『GALAC』2022年9月号)

『リアクションの殿堂』は、そんな芸人の凄さとともに、見た後にどこかハッピーな温かさが残る作品だった。

『ヤギと大悟』の第2弾では、大悟と4ヶ月ぶりの再会ながら、ポポは草を食べるのに夢中。ガン無視され「悲しいわ」とつぶやく大悟。ようやく気づいたと思えば、嬉ションなのかいきなりおしっこと、前回以上に気まぐれで言うことを聞かないポポに翻弄されながらも「夫婦じゃないけど、長く一緒にいるとワシが下になっていくんやな。ポポに振り回されるのが居心地がいいみたいになってきちゃったね。ようわかっとるね、人の転がし方が」と愛おしそうに語るのが印象的だった。

心がけているのは出てくださる一般の方が楽しんでくださるようにすること」と語る冨田氏は、配信が充実してきた現在、テレビで流すというよりも、「作品」を作る意識が強いという。

冨田「だからCM前に『この後◯◯が!?』みたいな煽りは一切入れてない。あと自分のこだわりとして、必ずPR動画は自分で作る。最初に世に出る映像なんで、自分が見てもらいたい番組の雰囲気やテイストが一番わかっている自分が作りたいんです」(※『GALAC』2022年9月号)

そのテイストは「温かさ」に満ちている。

ロケの感想を聞かれ「ワシは思った以上に楽しかったよ」という大悟は、あからさまに眠そうなポポに「また会おうな」と声をかけていた。

3度目の対面となる今回、PR動画によると「ちょっとデカなってない?」「成長を見せてきてるな、ワシに」とそのパワフルさにこれまで以上に翻弄されているよう。

「ヤギちゃーん!」と子どもたちに囲まれると「今、ワシの芸歴で一番いい映像が!」と笑う素敵な映像。これまで通り癒やしの番組になっていることは間違いない。また「追いヤギ」が止まらなくなりそうだ。

ライター。テレビっ子

現在『水道橋博士のメルマ旬報』『日刊サイゾー』『週刊SPA!』『日刊ゲンダイ』などにテレビに関するコラムを連載中。著書に戸部田誠名義で『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』(イースト・プレス)、『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか 絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』、『コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』(コア新書)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮社)など。共著で『大人のSMAP論』がある。

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