中国の量子通信衛星チームが米科学賞受賞
中国は人類が解読できない「量子暗号」を搭載した量子衛星「墨子号」を打ち上げ、人類初の量子暗号通信に成功している。2月14日、ワシントンでそのチームが米クリーブランド賞を受賞した。中国大陸では初めてのことだ。
◆暗号を制する者が世界を制する――人類が解読できない「量子暗号」
2016年8月16日午前1時40分、中国は世界で初めての量子通信衛星「墨子(ぼくし)号」の打ち上げに成功した。「長征2号」ロケットを使い、中国甘粛省のゴビ砂漠にある酒泉衛星発射センターから発射した。
量子通信衛星というのは、人類が解読できない「量子暗号」を搭載した人工衛星のことである。この研究を主導した中国科学院宇宙科学先導特別プロジェクトのリーダーを務めたのは、中国科学院量子信息(情報)・量子科学技術創新研究院院長で、中国科学技術大学の副学長でもある潘建偉氏だ。彼は中国共産党員ではなく、中国にある八大民主党派の内の一つ、「九三学社」の党員であることが興味深い。
1970年生まれの潘建偉は、1996年(26歳)でオーストリアに留学し、宇宙航空科学における最高権威の一人であるツァイリンガー教授に師事した。2001年に中国に帰国し、以来、「量子暗号」の研究に没頭した。
「量子暗号」というのは「量子(quantum)」の「粒子性と波動性」(非局所性)を用いた「量子もつれ通信」のことで、「量子通信」は「衛星・地球面の量子鍵配送」や「地球面から衛星への電子テレポーテーション」などによって通信する手段だ。「鍵」を共有しない限り、絶対に第三者により情報を盗まれることはない。
中国は2017年には墨子号を通して、オーストリアと北京の間の量子通信に成功し、2018年にトップニュースの形でイギリスの学術誌『ネイチャー』に掲載され、アメリカの学術誌『サイエンス』にも掲載された(「量子暗号」や「量子通信」あるいは「鍵」などの詳細に関しては、拙著『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるか』の第四章で述べた)。
問題は、「暗号を制する者が世界を制する」と言われる中、現段階では人類の誰にも解読できない「量子暗号」生成に成功し、それを搭載した「量子通信衛星」を最初に打ち上げたのが、アメリカでもなければ日本でもなく、ほかならぬ中国だったということである。
5G がどうのこうのと言っている場合ではない。
毎回言うが、それを実現させた国が、一党支配体制によって言論弾圧を強行する国家であるという恐ろしい現実を、われわれは直視しなければならない。
◆アメリカでは政治と科学界は無関係なのか?
さらに衝撃的なのは、ここまで敵対し、ここまで対中強硬策を断行しているアメリカが、なんと、その中国の科学的功績をたたえ、この「墨子号」チームに2018年のニューカム・クリーブランド賞(Newcomb Cleveland Prize)を授与したということである。
ニューカム・クリーブランド賞というのは、1923年にアメリカの科学振興協会(AAAS)(1848年設立)が創設したもので、中国大陸が受賞したのはこれが初めてのことだ。
同賞は前の年の6月から次の年の5月にかけて、『サイエンス』(出版元:アメリカの科学振興協会)に発表された研究論文の中から、学術価値と影響力の面で最も優れた論文を1つだけ選出し、年1回クリーブランド賞を授与する。
アメリカ科学振興協会は2006年12月に、気候変動に関する公式見解を発表し、「科学的な証拠は明らかである。人類の活動によって地球規模の気候変動が起きており、それによる社会への脅威は増大しつつある」として警鐘を鳴らしている。それも後押しして2016年の「パリ協定」(気候変動抑制に関する多国間の国際的な協定)に至っているが、トランプ大統領は2017年6月に「気候変動に科学的根拠はない」として、アメリカがパリ協定から離脱すると表明した。
これに対してアメリカ国内外から強い反発があったが、アメリカの科学界もその一つだ。
政治的にはアメリカの民主党だけでなく共和党の中にもパリ協定離脱に対する反対者が多いが、そういった政治的要素を離れても反対者が多いのがアメリカの現状だろう。
中国のような一党支配体制国家は例外として、もともと科学界は政治と無関係でいなければならないものだ。したがって本来なら、アメリカ科学振興協会も中立のはずではある。
しかしパリ協定離脱など、トランプ大統領の一連の言動により、中立であるはずの科学界が、やや反トランプに傾いている要素があるかもしれない。今回の墨子号チームの受賞は、ふと、そのようなことを連想させないではない。
もし「全く無関係」なのだとすれば、逆に「中国が量子通信衛星打ち上げと量子暗号による地上との通信に成功したこと」は、「科学的に、客観的に、人類にとって非常に優れた業績である」とアメリカの科学界が判断したということになり、なお一層、悩ましいことになる。
◆宇宙では中国がアメリカを超えるのか?
中国は昨年12月8日に月の裏側に軟着陸するための月面探査機「嫦娥4号」を打ち上げた。月の裏側には地球上から発信した信号が月自体に遮られて届かないので、中国は信号を中継するための中継通信衛星「鵲橋(じゃっきょう)号」を昨年5月に打ち上げている。これがないと月の裏側に軟着陸することは出来ない。アンテナの役割をする中継通信衛星は、月の周りの1点に固定していなければならないが、中国はピンポイント的に、力の作用がゼロになって動かないラグランジュ点に焦点を当てて打ち当てた。
月の裏側に行くことよりも、実は、このラグランジュ点にピンポイント的に衛星を打ち上げて「宇宙で固定しておくこと」の方が遥かに困難だ。
そこで、今年1月16日付のコラム「米中月面基地競争のゆくえは? 中国、月裏側で植物発芽成功」に書いたように、アメリカの科学者が「是非とも、中継通信衛星・鵲橋号を使わせてほしい」と申し出てきた。「アメリカも月の裏側に着陸したいが、中継通信衛星を打ち当てることが困難なので、中国が利用し終わっても、どうか回収しないでアメリカに使わせてほしい」というのが、その科学者の申し出の内容だ。
「中国は喜んで承諾した」と、中国工程院の院士で中国月探査総設計師(リーダー)の呉偉仁氏が述べている。
これは、まずいではないか。
月裏面探査にしても、量子暗号や量子通信衛星にしても、宇宙領域で中国が一歩先を歩んでいる感が否めない。
AI(人工知能)に関しても、中国は2017年から巨大な国家戦略が動き始めているのに対して、トランプ大統領は今年2月11日になって、ようやくAIの開発と規制を促進する大統領令「American AI Initiative」に署名した。
しかしビッグデータを持っているアメリカ側のGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)のうち、「AppleとFacebook」は習近平に抱き込まれていることは、昨年12月27日付けのコラム「GAFAの内2社は習近平のお膝元」に書いた通りだ。アメリカは出足が一歩、遅い。
もうすでに、習近平が指名したAI特化5大企業BATIS(Baidu、Alibaba、Tencent、Iflytek、Sense Time)(参照:2月12日付けコラム「中国のAI巨大戦略と米中対立――中国政府指名5大企業の怪」)とGAFAとは対立軸を形成し得ないのである。
こんなことでいいのか。
いま中国を抑え込まなければ、すべてが手遅れになって、中国が既成事実を作ってしまい、言論弾圧を強化する一党支配の共産主義国家が人類を制覇してしまうことになる。
トランプに期待しているのだが、どうも方向性が少しずつずれているように思われてならない。
国境の壁の構築や非常事態宣言など、民主主義国家の代表であるはずのアメリカが閉鎖的で全体主義的傾向を帯び、独裁国家であるはずの中国が「自由貿易」だの「グローバル社会」だのと言っては周辺諸国を惑わせている。日本はその惑わされている諸国の中の一つになりつつあるのが、なんとも嘆かわしい。