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欧州スタートアップ ―投資額は増加だが、グローバル化に壁

小林恭子ジャーナリスト
電子コマースの企業、スウェーデンのKlarnaのオフィス(写真:ロイター/アフロ)

新聞通信調査会が発行する「メディア展望」2月号の筆者記事に補足しました。)

近年、デジタル・テクノロジー関係の新興大手と言えば、アップル、グーグル、アマゾン、フェイスブック、ツイッターなど、米国発が圧倒的な位置を占める。スカイプ(スウェーデン)をはじめとして欧州発もいくつかあるものの、やや影が薄く、米企業ほどには世界的に知られていない。

欧州内のテクノロジーや起業(スタートアップ)の動きを追うネットサイト「テック・イーユー(Tech.eu)」のロビン・ワウタース編集長によると、国によってそれぞれ異なる言語・文化を持つ欧州各国の場合、ビジネスが国内に留まりがちで、そのほとんどの活動は「外からは見えない」状態になっているという。 

しかし、世界のほかの地域同様に、欧州でもテクノロジー関係の起業の波は年を追うごとに大きくなっている。

『欧州スタートアップ革命』
『欧州スタートアップ革命』

テック・イーユー共同創業者の一人アイボ・シュピゲル氏が最近上梓した、スタートアップ関係者へのインタビュー集『欧州スタートアップ革命』の紹介を兼ねながら、現状を見てみたい。

今年は「欧州の起業家の年」

テック系スタートアップの記事を掲載するサイト「ルード・バゲット」の記事(1月4日付)は、2016年こそが「欧州の起業家の年となる」と予測している。2015年第1から第3四半期までの間に、欧州で新興企業に投資された金額は88億ユーロ(約1兆1280億円)に上った。これは前年同期比40%増だ。欧州各国政府は起業振興のための生態圏を作るために予算を充てており、ロンドンは「フィンテック」と呼ばれる、金融関連のサービス業、アムステルダムはモバイル・アプリ、パリはデジタル広告の技術など、主要都市が得意な業態を持つようになってきた。

テック・イーユーのシュピーゲル氏は、『欧州スタートアップ革命』の中で、現状をこう説明している。5年程前まではロンドンを含むいくつかの主要都市をのぞくと、起業のために必要なリソース(オフィススペースを共有するコワーキング・スペース、教育、資金など)が欠けていたという。しかし今は、スタートアップの数よりも起業を奨励する教育の機会の方が多い場合があり、毎日のように欧州域内で資金調達のイベントが開かれているという。

欧州のスタートアップ市場の中で特に目立つのがロンドンだ。

調査会社CBインサイトとロンドン&パートナーズの調べによると、2015年、英国のテック企業がベンチャー投資家から集めた金額は36億ドル(約4227億円、前年比70%増)。資金の大部分(22.8億ドル)がロンドンのテック企業に投資された。世界の金融センターの1つシティの存在が貢献したようだ。

しかし、スタートアップの本家ともいえるシリコンバレーには及ばない。全米ベンチャー・キャピタル協会よると、2014年、シリコン・バレーに投資された金額は357億ドルに達している。

スタートアップ企業は投資家からの支援を受けながら、成長するにしたがってその価値を増大させてゆく。

オンラインで食べ物の注文ができるサービス、Delivery Hero
オンラインで食べ物の注文ができるサービス、Delivery Hero

テック・イーユーが分析した、欧州スタートアップの評価額ランキング(2015年8月時点)によると、1位はSpotify(音楽配信サービス、スウェーデン、85億3000万ドル)。これに続くのがGlobal Fashion Group(ファッション商品のネット販売、ドイツ、34億ドル)、Delivery Hero(オンラインでの食べ物の注文、ドイツ、31億ドル)、Klarna(電子コマース、スウェーデン、25億ドル)、Adyen(国際決済サービス、オランダ、15億ドル)、FanDuel(オンラインのスポーツ・ゲーム、英国、13億ドル)、Infinidat(データ管理、イスラエル、12億ドル)、Home24(オンラインの家具販売、ドイツ、10億ドル)、Shazam(音楽認識アプリ、英国、10億ドル)、Farfetch(世界のファッション物品のネット販売、英国、10億ドル)となった。

真の「汎欧州テック・コミュニティ」はない?

投資金額は次第に増えているものの、「グローバル化」への壁は厚い。

『欧州スタートアップ革命』の中で紹介された企業の1つが、フランス発の大手電子コマース会社PriceMinister(2010年、楽天に2億ユーロで買収された)。ドットコム・バブルが始まった2001年にサービスを開始し急成長したが、フランス以外ではほとんど知られていなかった。ほかの多くの欧州発のスタートアップ同様、グローバル化を目指していなかったからだという。

共同創業者ピエール・コスシュイスコモリゼ氏は欧州市場が国によって分断化されていると指摘する。「税金、雇用関連法、企業法などがそれぞれの国によって異なる。あまりにも多くの異なる言語、文化、消費習慣がある。欧州と一口で言うが、小さなそれぞれの国の集まりに過ぎない」。同氏は「本当の意味での、汎欧州コミュニティは存在しないのではないか」とさえいう。

汎欧州用にスタートアップ支援ファンドSeadCampを2002年から運営してきた、南アフリカ出身のソール・クライン氏も、「本当にグローバルなビジネスを作っていくのは並大抵ではない」という(『欧州スタートアップ革命』)。「インターネットがあればグローバルに展開できそうだが、それでもそれぞれの国・地域の司法体制や習慣、文化に配慮する必要がある」からだ。

2005年から、欧州委員会は「スタートアップ欧州イニシアティブ」を実施中だ。域内で起業を希望する人を支援し、投資家が出会う場を各国で開催している。シリコンバレーの成功例を学ぶイベントも開いている。

願わくば、欧州発で世界に翼を広げる大手スタートアップが出てほしいーそんな欧州官僚の思いが形になったのが、単一デジタル市場を立ち上げるための動きだ。「汎欧州で機能する通信ネットワーク、国境を超えるデジタル・サービス、斬新な欧州スタートアップの波を作りたい」。2015年5月、ジャンクロード・ユンカー欧州委員長はこう宣言した。

委員会の調べによれば、3150万人の欧州市民が毎日インターネットを利用しているが、その54%は米国を拠点とする企業のサービスを使っていた。42%がそれぞれの国の企業によるサービスを利用し、汎欧州で展開されているサービスは4%のみだった。欧州連合(EU)市民の中でEUのほかの国からオンライン・ショッピングで物品を買った人は15%のみ。中小企業の中で国境を超えた物品販売をしている人は7%だけだった。

欧州委員会は、2014年から20年の間に200億ユーロを規制撤廃、高速通信、教育などに投資し、EU内でのデジタル利用を国別から汎EUに変える予定だ。

単一デジタル市場へと動く欧州委員会の視線の先には、欧州内でも圧倒的位置を占める米国発デジタル・サービスを欧州発に変えてゆきたいという狙いがあるようだ。

最後に、『欧州スタートアップ革命』が取り上げたスタートアップ、および投資会社の概要の一部を紹介しておきたい。社名、創業者の出身国、創業年、サービス内容の順に記した。

音楽ファイル共有サービスのSoundCloud
音楽ファイル共有サービスのSoundCloud

Seesmic (フランス、2008年、複数のソーシャルメディアのアカウントを同時に管理するフリーウェア)、Last.fm(英、2003年、音楽特化型ソーシャルメディア)、Dailymotion(フランス、2005年、動画共有)、Mendeley(英国、2007年、学術論文の管理とネットでの共有)、SoundCloud(ドイツ、2007年、音楽ファイル共有)、Atlas Ventures(米国、1980年、投資会社)、Accel Partners(米国、1983年、投資会社)、Prezi(ハンガリー、2009年、プレゼンテーション用ソフト)、500 Startups(米国、2010年、投資会社)、TransferWise(エストニア、2011年、銀行手数料がない、国際送金サービス)。

最後に挙げたTransferWiseはロンドンに本社を置き、300を超える通貨を扱う。英国の国際送金市場の2%を占めるまでに成長している。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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