日本の天文学プロジェクトチームはハワイにたどり着けるのか~1億円が出せて旅費80万円が出せない謎
宇宙の歴史をあなたは知っているか
怪しげな宗教か、自己啓発セミナーの宣伝文句か、と勘違いする方もいるでしょうが、真面目な話です。
宇宙の歴史はおおよそ138億年。
気が遠くなるような年月ですが、その歴史のなかで、もっとも活発に銀河が星を生んだのが100億年ほど前でした。
銀河が何度も衝突をくりかえし、中心の超巨大ブラックホールがガンガン成長していったのも100億年ほど前。
今の宇宙ではかつてほど星が生まれていない。衰退期に差し掛かっています。
「だから、世界は混とんとしている」
と言った話はさておくとして。
この宇宙の歴史、特に星がどのように形成されていくのか(これを星形成史と言います)。
実はまだきちんと観測にもとづいて理解されたわけではありません。
そこで、世界6か国の研究者がプロジェクトチームを作り、観測を進めようとしています。
このプロジェクトチームに日本の研究者19人も参加。
ところが、80万円の旅費について、国(正確には国立天文台)はサポートできないと回答。
そのため、日本の研究者チームはクラウドファンディングによって資金を調達しようとしていますが、こちらも苦戦。
2016年5月15日現在で目標の80万円に対して、59万8440円。
到達率は74%で、このまま期限が来ると資金が調達できません。
果たして、日本の天文学者チームはハワイの観測所にたどり着けるのでしょうか。
現在の状況について、日本チームのマネジメントを担当している、古屋玲・徳島大准教授にお話をお伺いしました。
ハワイに行くのは特別な望遠鏡を使うため
石渡:今回のプロジェクトでは、ハワイでの観測、それも国立天文台のすばる望遠鏡ではなく、ジェームス・クラーク・マクスウェル望遠鏡(JCMT/以下、「JCM望遠鏡」と略)に磁場検出に特化した装置を持ち込み観測する、とあります。
なぜ、すばる望遠鏡ではないのか、あるいは、ハワイではなく、野辺山45m電波望遠鏡ではダメなのか、そのあたりをお伺いします。
古屋:すばる望遠鏡は光・赤外線を観測する望遠鏡、長野県は野辺山の45m望遠鏡は電波を観測する望遠鏡です。
一方、JCM望遠鏡は電波と赤外緯線の中間、サブミリ波と呼ばれる波長帯を観測する望遠鏡です。
望遠鏡がある観測所の標高は4100メートル。
酸素の量は約6割に減ります。
このJCM望遠鏡に、磁場検出に特化した装置を持ち込み観測する、これが今回のプロジェクトです。
磁場を観測することで宇宙の歴史がわかる
石渡:磁場を観測することで何が分かるのでしょうか?
古屋:簡単にまとめると、磁場を観測することで宇宙の歴史をより正確に理解する小さな一歩を踏み出すということです。
石渡:宇宙の歴史ですか?
古屋:まぁ、宇宙における物質の進化史とも言えます。
たとえば、こちらの暗黒星雲をご覧ください。
暗黒星雲は、光の写真を撮ると黒く抜けるところです。
真っ暗ですよね?
石渡:真っ暗ですね。
古屋:ところが、サブミリ波で観測した写真だと、このように明るく光って見えます。
この暗黒星雲から太陽や地球を含めて星が生まれていったと言われています。
ただ、それが完全に解明されたわけではありません。
今回のプロジェクトでは、このように星を生むガス雲の磁場観測をすることによって、宇宙の歴史をより正確に磁場の効果を含めて明らかにしていこうということです。
究極の夢はそうなのですが、いきなり深宇宙の遠い銀河を相手にそれを観測するのは無理というもの。
まずは近傍の宇宙から着実に観測成果をあげていきたいのです。
観測結果は「すぐに役には立たない」
石渡:この磁場観測をすることによって、宇宙の歴史がわかりかける、と。
それによって、何かが変わる、ということでしょうか?
古屋:ご質問の意図が、実用性の有無、ということであれば、はっきり言います。
ないです。
ゼロです。
石渡:実用性がない、となると、研究そのものをムダと切って捨てる人も多そうです。
古屋:天文学は「天の文学」とも言われますし、実用性がないことから批判されることも理解しています。
ただ、今すぐ役に立たない基礎研究が将来にわたってムダか、と言えば別問題だと思います。
ピタゴラスの定理は、ギリシャ時代、すぐ実生活で役に立ったか、と言えばそんなことはなかったでしょう。
しかし、微分積分学を支える基礎であり、あらゆる工業製品の設計を支える、つまり、われわれの実生活に欠かせないと言っても過言ではありません。
石渡:確かに基礎研究は実用性の有無とは別問題ですね。
アインシュタインの相対性理論だって、GPSの補正など欠かせないものですし。
古屋:ご指摘の通りです。
星形成史を解明していくことがすぐ役に立つか、と言われればすぐには何の役にも立ちません。
ですが、500年、5000年後に人類が地球人としてではなく、宇宙人として活躍する際、欠かせない基礎知識を与える研究になる、と考えています。
石渡さん、となりに住んでいる人の顔も名前もわからないって気持ち悪くないですか?
例えば、僕らは韓国、中国やロシアの人のことをよく知っていないと何となく居心地が悪い。
地球人にとっても同じこと。
おうし座分子雲ではどんな星がうまれているのだろうか?
どんな環境の惑星があるのだろうか?
いわば、隣人の住環境を前もって知っておくようなものです。
それに、観測提案が認められた研究という現実的な側面もありますし。。。
観測の権利は世界中で奪い合い
石渡:観測が認められた、とはどういうことでしょうか?
古屋:JCM望遠鏡だけでなく、他の望遠鏡も、世界中の天文学者が観測をしたがります。
そこで、天文学者同士が匿名で観測提案書を審査して、望遠鏡を利用する科学的価値があるかどうか、優劣を決めます。
特に、長時間にわたって望遠鏡を占有するプロジェクトについては、レガシーバリュー、「次世代への知的遺産」としての科学的価値が厳しく審査されます。
今回の研究はこのレガシーバリューがある、と認められた研究です。
日本チームを観測に行かせることが国際公約
石渡:このプロジェクトの全容は?
古屋:元はデレック・ワード・トンプソンというイギリスの天文学者のアイデアです。デレックは世界の天文学者を長年リードしてきた方です。
原始星という概念を観測的に確立させた方で、サブミリ波天文学の開拓者のひとりです。
誰の話でもよく聞いてくださる。
そんな彼と長年親交があり、彼の著書を邦訳するなどのつながりで、プロジェクトチームを組むことになりました(この訳書は今月中に丸善出版から刊行されます)。
まぁ、デレックに惚れて、デレックに口説きおとされました(笑)。
全容はイギリス、カナダ、中国、韓国、台湾、それに我々です。
日本チームは7大学・3研究所が参加、全19人です。
この日本チームのメンバーをハワイのJCM望遠鏡の観測に適切なタイミングで順番に送り込むことがプロジェクト全体での約束となっています。
石渡:つまり、日本人の研究者が観測に行くことは国際公約だということでしょうか?
古屋:はい、そうです。
80万円を出さずに1億円を出す国
古屋:実は、同じハワイでも、すばる望遠鏡なら、交通費・滞在費も出してくれます。
石渡:そうなのですか?
古屋:はい。
すばる望遠鏡は国立天文台が所有し、国立天文台が運用する望遠鏡、もう一点付け加えれば大学共同利用機関です。
そのため、国立天文台が観測者に交通費・滞在費を支出することに何の問題ありません。
一方、JCM望遠鏡を使う場合、交通費・滞在費は出してくれません。
石渡:同じハワイなのに、対応が違いますね。
古屋:運営が違うからです。
すばる望遠鏡と違い、JCM望遠鏡は、イギリス・カナダ・日本含めてアジア各国の共同運用です。
元はイギリス・カナダ・オランダが運用していました。
現在は財政難からオランダが抜けて、日本含めてアジア各国との共同利用となっています。
石渡:なるほど。
JCM望遠鏡は国立天文台が直接関わる望遠鏡ではないから、旅費・滞在費は自身の研究費での負担で、という立場なのですね、国立天文台は。
古屋:はい。
より正確に言えば、旅費・滞在費は観測者の負担でということを明確に条件として、宣言し、6ヶ国の運用に日本は参加したのです。
日本はJCM望遠鏡の運用経費に年5000万円から1億円、為替レートと年度にもよりますが、それくらいは支出しています。
石渡:運営経費の1億円は出せるけど、旅費80万円は出せない、と。
国立天文台も苦しい立場
古屋:国立天文台も5年、10年前くらいなら、間接的な共同利用のJCM望遠鏡の観測でも、旅費を出してくれていたかもしれません。
事実、昔、国立天文台がハワイ大学の赤外線望遠鏡の観測時間を購入していた初期のころ、天文台は旅費サポートをしていました。
石渡:それが今は出さない、というのはどうしてでしょうか?
古屋:一言で言えば、お金の問題です。
それから、そもそも前に申し上げたように「旅費・滞在費は自身の研究費での負担で」という約束で始めたわけですから、僕らも強く言えません。
そこを百も承知で、切羽詰まって、旅費をくれと。
泣きつかれた国立天文台も苦しい立場です。
何しろ、この数年で予算が大幅にカットされてしまいました。
おそらく、文部科学省からは、もっと予算をカットしろ、と言われているかもしれません。
国立天文台台長の林正彦さんは、原始星に流れ込むガス流を世界で初めて直接検出した方です。
私が研究員時代、指導教員でした。
彼は生粋のサイエンティストです。
だから、台長と大学教員というお互いの立場を忘れたとき、僕らは星が生まれることの議論でいつも盛り上がる。
その林さんが台長としての立場にもどったとき、お金のことで苦しんでいる姿を見るのは、私はつらい。
私含め同じ天文学者からは、今までと同じように予算を出せ、と責められるわけですから。
徳島でもエアコンが正式に使えるのは7月から
石渡:それにしても、経費1億円は出せるのに、旅費80万円を出せない、というのはショックです。
古屋:どうも大学教育や科学技術全般について、支出を減らそうと国が方向づけているように思えてなりません。
この徳島大だと、ここ数日、暑いですが、教室でエアコンが使えないのです。
石渡:え?
こんな南国で、ですか?
古屋:学生の勉学意欲をなくすこと、はなはだしいですよ。
正式に使えるのは7月からです。
6月ではないですよ、7月ですよ!
5月でも十分、暑い日があるのに、そこは光熱費節約だから使えないのです。
僕は教養教育院の教員です。
1・2年生が相手です。
4月、目を輝かして徳島大に入学してきてくれた1年生のやる気、暑くなると急速にそがれていきます。
その理由のひとつが学習環境の悪さだと思っています。
エアコンを付けられれば、一発解決なのですけどね。
これは徳島大だけでなく、他の国立大でも似たり寄ったりの状況です。
エアコンなしが学生の熱中症1%を出してしまう
古屋:そういえば、先日、教授会があり、来年度予算の議題のとき、僕は光熱費のことを質問しました。
もちろん増額のあてなどなく、皆さん、黙っています。
教養教育院の院長は、昨年、授業中に熱中症になった学生が十数名と言いました。
これ、異常を通り越して、非常事態ですよ。
1・2年生は合計2000人。
天文学的オーダー評価をすれば、1%前後の学生が授業中に教室で熱中症になっていることになります。
エアコンの問題は、天文台の旅費の問題と根っこが通じていると思いますね。教育面でも文部科学省は、ときどきびっくりするくらい大きなお金を大学につける。
それで立派な建物が建ちます。
徳島大でもそうです、ごらんになりましたか?
それはそれでありがたいのですが、そのすぐ隣の建物では、学生と教員が汗だらけになって勉強している。
なにかおかしいでしょう?
私は、国立天文台の台長と徳島大学の学長が苦しんでいる問題の根源は同じであると見ています。
個々の問題を見れば研究と教育の問題ですが、本質的には、日本の大学における研究と教育を今後、日本社会はどうしたいのかという根源的な問いです。
研究と教育は日本社会のインフラのひとつではないですか?
国際プロジェクトをやると実感するのですが、科学に国境はない。しかし、科学者には祖国がある。僕は、祖国日本の社会が研究と高等教育をどうしたいと思っているのか、漠然とですが、不安です。
研究・教育の時間が削られてしまう本末転倒
石渡:話をプロジェクトの旅費に戻します。
日本チームがハワイの観測に必要、ということで、クラウドファンディングを始められました。
古屋:科学研究費の申請は年1回しかありません。
一方、このクラウドファンディングだと、思い立ったらすぐできるところがメリットですね。
石渡:資金集めは順調なのでしょうか?
古屋:現在(取材日・2016年5月13日現在)で74%ですから、まずまず、というところでしょうか。
壮絶なアウトリーチをしています。
石渡:アウトリーチですか?
古屋:日本チーム19人がそれぞれ、知人・友人やおつきあいのある業者などにアピールして寄付をお願いしています。
石渡:このクラウドファンディング、もし、達成率が期日までに100%にならなかった場合はどうなるのでしょうか?
古屋:その場合は、寄付額が決済されず、お流れとなります。
5月16日14時50分追記 クラウンドファンディングについては文末にその後について記載しています
ダメならなけなしの研究費かマイレージか……
石渡:クラウドファンディングで資金を調達できない、となると、どうなるのでしょうか?
古屋:各自の所属大学の研究費などから出してもらうか、それか、貯まったマイレージを使うとか、最悪、一部私費ですね。
大学から毎年、各教員へ配分される研究費があります。
私の場合、昨年に比べると、8万円減りました。
虎の子の研究費をハワイ行きに使ったら、あとはプリンターのトナーも買えませんよ。
国は各研究者へ配分される基盤的な研究費を減らし続けています。そのかわり競争的資金を増やしている。
それはそれで良いと思いますが、行き過ぎな感もなきしもあらずって感じでしょうか。
本当は500万、いやさ1000万欲しい!
石渡:逆に、このクラウドファンディングで目標額の80万円を超えた場合はどうされますか?
古屋:やはり、旅費ですね。
目標の80万円だと、運営会社への手数料を差し引けば、2人分がいいところなので。
石渡:えっ?
ハワイであれば、もっと安く済みそうですが。
古屋:ホノルルまでは格安航空券もありますからでそれほどではありません。
ただ、そのあとが問題です。
ホノルルから乗り継ぐ国内路線は高いです。かつて2社あったころより、実感として高い。それにレンタカーや滞在経費も考えれば、どうしても高額になってしまうのです。
石渡:なるほど。
古屋:それに本当は500万円、いや、1000万円欲しいのです。
石渡:そうなのですか?
古屋:年に2~3人を3年間、派遣する費用。
それに、データ解析のためのプログラム作成。
それから、そのプログラムをすり合わせるための国際会議。
それらを考えれば1000万円は必要です。
目標金額80万円の意味は?
石渡:80万円というのは、本当に切り詰めた最低限度額、ということですね。
古屋:はい。最低以下ですね。
石渡:その最低限度額であれば、自己負担で、と考える読者がいてもおかしくはありません。
「それくらい、研究者自身が自分で出せよ」
という読者コメントも予想されます。
古屋:国や大学の研究費用ではなく、一般の方から集めることで、国などへのアピールになります。
石渡:アピールですか?
古屋:はい。
今後、研究費を申請する際に、
「一般の方からもこれだけの寄付を集められた」
ともアピールできます。
世論の力、と言ってもいいでしょう。
観測は年10日、解析は5年がかり
石渡:このプロジェクトですが、観測するのは1年で約10日、3年間で約30日です。
一方でデータ解析は5年近くかかるそうですが?
古屋:解析と論文執筆は3段階に分かれます。
今年7月にカナダチームが、今回、持ち込んだ観測装置の性能について、詳細な技術論文を出します。
これが第ゼロ段階。
次に、観測した星座ごとに速報値の論文を出していきます。
これを第一世代論文と呼んでいます。
出せるのは来年半ばくらいの見込みです。
最後に、第二世代論文と言って、宇宙物理学のテーマごとに観測と理論研究を比較したり、他のデータと比較した結果を論文としてまとめます。
2018年以降に出していく予定です。
「選択と集中」は学問を衰退させる
石渡:天文学だけではないのですが、各学問について東大や京大など難関大に集中させて、そこには支出を手厚くする。
いわば「選択と集中」が大学にも必要と考える人もいます。
古屋:私は反対ですね。
様々な学問、様々な立場の研究者がいる総合大であれば、自身の学問の中だけではわからないことに気がつくことがあります。
総合大学であれば、学問・立場の垣根を超えて議論することができます。
私もこの徳島大で他分野の先生方とよく議論しますし。
そこから得られるアイデアがあります。それが学問の発展につながります。
選択と集中によって、学者が特定の狭い分野に固まってしまうと、この大学の良さが失われていくのではないでしょうか。
今の日本は全国に国立私立問わず総合大学が存在します。
いわば、多様性が担保されているわけです。
この多様性は今後も失ってほしくないなあ、と思います。
ところで、念押ししたいのですが、絶対間違えてほしくない大事な点があります。百歩譲って、研究面は選択と集中を受け入れたとしましょう。これは教員の問題ですから。
でも、教育でそれをやっては絶対にいけない。
それは学生の問題だからです。
わかりやすい話は、さっきのエアコンです。
どこの国立大学の学生であっても等しく授業料を払っている。
それが進学した先の大学がいわゆる研究に重点をおく大学か、教育に特化した大学かによって学生の学習環境に差があっていいはずないでしょう。
石渡:ありがとうございました。
取材を終えて~支出方法こそ効率化を
クラウドファンディングで苦戦している、という話を聞いて、軽い気持ちでお願いした取材でした。
ま、こう言っては何ですが、私の取材は大体において、軽い気持ち(何かよくわからないけど面白そう)がきっかけです。
ただ、軽い気持ちで行った割に古屋先生のお話をお伺いして色々と考えさせられる取材でした。
科学技術立国だ何だと言っていて、1億円の運営経費は出せるのに、たった80万円の旅費は出せないというのは全く持って理解不能です。
某国某地方の知事閣下が家族旅行で行ったホテル代を政治会議だ、と言い張るご時世です。
いいじゃないですか、研究者チームがハワイに行く旅費くらい。
遊びに行くわけじゃないのだし。
と言っても、古屋准教授のインタビューにもある通り、支出を拒否した国立天文台長や光熱費をケチっている徳島大学長を非難すればいいのか、と言えばそれは違うでしょう。
彼らだって、おそらくは不本意ながら、そうするしかない方向へ追い込まれているのですから。
問題の根本は、高等教育・科学技術の振興を叫びながら実際にはコストをできるだけ抑えようとしている政治にあります。
ここで言う政治とは、与党である自民党・公明党だけではありません。
民進党含めた野党についても言えます。
現在の与党政権が文系学部改組(実質的には縮小)を言い出したことは事実です。
では、野党の民進党などの文教政策が素晴らしいか、と言えばそんなことはありません。
与野党ともに、私に言わせれば高等教育機関たる大学へのリスペクトがいまいちどころか、いま十くらいも、感じられないのです。
出そうよ、旅費。
出そうよ、エアコンの光熱費。
それをケチって、日本の未来は拓けるのでしょうか。
学部をごちゃごちゃいじったり、無駄に新しい建物を作ったり、そうかと思えば予算投下で無茶ぶりをして使い道に悩んだり…。
そういうところでお金を使うよりは旅費くらい出した方がいいのでは、と考える次第です。
絶望の中でのクラウドファンディングは希望になるか
高等教育への支出拡大は大きな政策課題です。
ですがその実現までは1年後か、5年後か、10年後か、いずれにせよ、時間がかかります。
あるいは、実現しないかもしれませんし。
この大きな政策課題とは別に、
「目の前にいる当事者はどうすればいい?」
という点について考えるのが、私の視点です。
奨学金問題でもそうですし、今回も同じです。
それに、大きな政策課題が1年後に実現したとしても、古屋准教授や日本の天文学チームはハワイに行けないのですから。
この実現のために、クラウドファンディングという方法はなかなかいい手法だと感じました。
プロジェクトを応援したいと考える一般人からすれば、まとまった金額は無理でも、少額なら寄付が可能です。
現に、古屋准教授が参加しているクラウドファンディングの運営会社・アカデミストは現在、26本(うち5本が応募中)のプロジェクトについて実施しました。うち、19本は達成率が100%を超えて資金調達に成功していますし。
旅費からエアコン代まで減らされている絶望的な状況の中で、このクラウドファンディングは一筋の希望となるのではないでしょうか。
クラウドファンディングの問題点は基礎研究が厳しい?
ただ、これが万能薬になるか、と言えば別で問題があります。
大きく言えば3点。
1点目、まず、全体の問題から言えば、どうしてもわかりやすい研究に支持が集まりやすく、わかりにくい基礎研究は支持が集まりにくいです。
実際、アカデミストによるクラウドファンディング26本を見ていくと、達成率が100%未満(つまり資金調達に失敗)した企画は、基礎研究のものばかりです。
現在、進行しているクラウドファンディングについても、古屋准教授のプロジェクトは74%と達成できるかどうかは微妙なところ。
一方、同時期に募集を開始した同じ徳島大の、
は、すでに達成率103%(2016年5月15日現在)で資金調達に成功しています。
研究・教育の時間が削れて本末転倒のリスクも
2点目、このクラウドファンディングのために、研究者が忙殺されるのは、本末転倒ではないでしょうか。
古屋准教授のプロジェクトでは、古屋准教授を含め、日本チーム19人が知人・友人から出入りする業者まで当たれるところは当たるようにしている、とのことでした。
中には、私のように、
「星形成史って何?」
というレベルの人にも対応しなければなりません。
それで、調達できることもあればそうでないこともあります。
こうした時間は、研究者であれば、研究と教育に充てられるべき時間です。
百歩譲っても、大学広報のためか。
それが寄付集めのために消えていき、研究と教育のための時間が割かれるのは問題です。
研究者のプレゼン能力も問われる
3点目、これは研究者側の話ですが、プレゼンテーション能力の有無により大きく左右される、と感じました。
アカデミストの運営によるクラウドファンディング26本は、それぞれPR動画も付いています。
一通り、拝見しましたが、巧拙、それぞれあるな、と。
結果論かもしれませんが、資金調達に成功したプロジェクトのPR動画は、丁寧ですし、資金を調達したい、という思いが伝わってきます。
たとえば、こちらは、160%・160万14円の資金調達に成功した「カミナリ雲からの謎のガンマ線ビームを追え!」のPR動画。
※資金募集はすでに終了
ガンマ線がよくわからなくても、なんか面白そう、と感じられました。
一方、失敗したプロジェクトのPR動画はどこか冗長でした。
調達金額も難しいところで、高額すぎると、PRが上手くて支持者が多くても失敗する可能性が出てきます。
反面、低すぎれば、それくらい自己負担でどうにかしろ、と支持離れが起きかねません。
リターン(寄付に対するお礼品)も微妙なところです。
気持ちに対して、気持ちで返す、というのはいいと思います。
ですが、ふるさと納税ならまだしも、このクラウドファンディングでリターンを期待する人ってどれくらいいるのでしょうか?
そんなに多いとは思えません。
それでいて寄付すればリターンがある、と強調するプロジェクトもありました。
それが、ふるさと納税の米・肉などのように、寄付の分だけ得をする、というリターンなら強調する意味はあります。
が、このリターンはそこまで大したものではありませんでした。
案の定と言いますか、資金調達には失敗しています。
PR動画だけでなくリターンも含め、一般人にどのようにアピールするか、プレゼン能力も問われるもの、と感じました。
天文学チームはハワイにたどり着けるのか
話を元に戻します。
古屋准教授はじめ日本人の天文学チームはハワイの観測所にたどり着けるのでしょうか。
クラウドファンディングは、現在のところ、達成率74%。
目標の80万円に到達するには、残り20万1560円。
締め切りは6月5日となっています。