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DVD発売まで5ヶ月も待つ「トップガン マーヴェリック」勝者の余裕

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ロンドンプレミアに現れたトム・クルーズ(写真:REX/アフロ)

 公開から13週間経つ「トップガン マーヴェリック」が、あいかわらず絶好調だ。先週末の興行収入ランキングは、北米で4位、日本では3位。全世界興行収入は14億ドルを超え、歴代12位となった。中国とロシア無くしてこの数字を達成したことを考えれば、なおさらすごい。

 そんな中、パラマウント・ピクチャーズは、「トップガン〜」の4KウルトラHD、ブルーレイ、DVDを11月1日に発売すると発表した。欧米で人々がクリスマスプレゼントを買い始めるタイミングを狙ってのことだろうが、劇場公開から150日も経ってからというのは、現代において、とても遅い。こんなに待てたのは、劇場ビジネスで異例の成功をしたからにほかならない。

 近年、スタジオと興行主は、業界で“ウインドウ”と呼ばれる劇場公開からDVD発売までの期間について、ずっと対立してきた。興行主は、当然のことながら、できるだけ長い間、劇場のみで見られるようにしたい。逆に、スタジオは、勢いが落ちてきたらなるべく早くDVDにし、そちらで儲けたいと願う。この“ウインドウ”は、長いこと3ヶ月で妥協されてきたが、パンデミックで劇場が閉まり、スタジオが作品を配信で提供するのが普通になったのに伴って、今では以前の半分である45日が目安になった。

 最近になってスタジオがそれぞれに自分たちの配信サービスをデビューさせ、そちらのコンテンツを充実させようとしていることも、さらに拍車をかけることになっている。ついこの間公開されたヒット映画を配信に加えることで、会員数拡大を狙うのだ。今年3月に公開され、全世界で7億ドルを売り上げたワーナー・ブラザースの「THE BATMAN―ザ・バットマンー」は、7週間後に同社のHBO Maxのコンテンツに加わった。7月8日に公開されたマーベルの「ソー:ラブ&サンダー」は、ぴったり2ヶ月後の9月8日にDisney+で配信が始まる予定だ。

 パラマウントも、ほかに遅れてデビューしたParamount+に力を入れている。それでも、「トップガン〜」を急いでそちらに回そうとはしていない。今週からVOD(ビデオ・オン・ディマンド)は始まるものの、購入だけで、レンタルのオプションはない。劇場でまだこれだけ収益を上げているのだから当然といえば当然だが、興行主にしてみれば、「トップガン〜」はまさに神様だ。「トップガン〜」は、興行主がまともに稼がせてもらえる久々の映画となったのである。

1本の映画にできることには限りがある

 映画のチケットの売り上げはスタジオと劇場でシェアされる。だが、公開されたばかりの頃はスタジオが大部分を持っていき、時間が経つにつれて興行主の取り分が増えていく。映画の宣伝費を払うのは自分たちだし、客が入ればポップコーンが売れて儲かるのだから良いだろうというのが、スタジオの言い分だ。たしかにポップコーンは非常に利益率が高いが、肝心の映画は、興行主にとって割が悪いうちに、配信やDVDに取られてしまうのである。

 だが、この神様も、完全なる救世主になることはできなかった。今週、イギリスに本社を構える世界2番目のシネコンチェーン、シネワールドは、アメリカで連邦破産法11条を申請することを考えていると明かしたのだ。春頃から少しずつ客足が戻ってきたものの、期待したレベルには到達せず、ホリデーシーズンの話題作が公開される11月末までは今の状態が続くと見られるというのが、その理由。このニュースを受け、シネワールドと、業界最大手のシネコンチェーンAMCの株価は、大きく下がった。

「トップガン〜」が偉業を達成しても、1本ではできることが限られているということだろう。特定のファン層だけでなく幅広い人々に「面白い」と思ってもらえ、口コミが広がり、リピーターも多数生まれるような映画がほかにも出てこないと、家で何かを見ることの快適さを学んでしまった人々をごっそりと劇場に連れ戻すことは難しいのである。

 もちろん、スタジオがそういう映画を作ろうとしていないわけではない。誰だって「トップガン〜」のようなヒット作を作りたがっている。だが、何が当たるかわからないのが映画ビジネスなのだ。その秘密がわかれば苦労はない。ただひとつわかったのは、良い映画であれば人は集まってくるのだということ。「トップガン〜」は、少なくともみんなにその希望を与えてくれたといえる。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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