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英紙の情報収集暴露に圧力 -権力と報道機関との関係はどうなる?

小林恭子ジャーナリスト
デービッド・ミランダ氏についての記事を集約(英ガーディアン紙)

米英の諜報機関による大規模な個人情報の収集実態を次々と報道してきた英ガーディアン紙に対し、英政府が報道の元となる資料の破棄を命じたり、記事の執筆者のパートナーを拘束して所持品を没収する事態が発生した。報道の自由が定着した英国で、政府がここまで直接的に報道機関の手足を縛る動きに出るのは異例中の異例だ。

国家権力とメディア報道について、「新聞協会報」(9月17日号)に寄稿した。以下はそれに若干付け足したものである。事件の流れについて以前にほかの媒体でも書いたが、今回は英国のほかの新聞の反応や、国家権力とメディアとの関係について書いてみた。

資料破棄や拘束

6月上旬から、ガーディアン紙は、元中央情報局(CIA)職員エドワード・スノーデン氏が提供した内部資料を元に、米国家安全保障局(NSA)や英国の通信傍受機関、政府通信本部(GCHQ)が大規模な個人情報の収集活動を行っていることを報道してきた。執筆陣の中心は米国人コラムニスト、グレン・グリーンワルド氏であった。

8月18日、同氏のパートナーでブラジル人のデービッド・ミランダ氏がロンドン・ヒースロー空港で拘束された。ミランダ氏はグリーンワルド氏とともに今回の報道に携わってきた米国人のドキュメンタリー作家ローラ・ポイトラス氏にドイツで会い、自宅があるリオデジャネイロに戻る途中だった。

英テロリズム対策法の下で9時間近く拘束されたミランダ氏は、携帯電話、ラップトップパソコン、予備のハードディスク、メモリースティックなどを没収された。電子メールやソーシャルメディアの利用パスワードなどを聞かれた。「教えないと刑務所に入れると言われた」という(BBCニュース、8月21日)。

テロリズム対策法を使うと、捜査当局は捜査令状を取らずに人を最長9時間拘束できる。協力を拒否すると、刑法違反で罰金か禁錮刑(3ヶ月)を科される。

ロンドン警視庁はテロ対策法の適用を「合法」、メイ内相も「慎重に扱うべき、盗まれた情報をある人物が所持している場合、警察が動くのは当然だ」として、拘束を支持する声明を出した。

英コラムニスト、ニック・コーエン氏は「米政府の意向を汲んだ動きだ。グリーンワルド氏を威嚇し、ラップトップに何が入っているかを探し出すのが目的だった」(米ニューヨーク・タイムズ、20日付)と書いた。

同月19日、ガーディアンのアラン・ラスブリジャー編集長は、スノーデン氏から得た情報を引き渡すよう、政府から数度にわたり圧力をかけられていたことを初めてブログで報告した。

6月、「首相の意向を伝える」政府高官から連絡を受け、情報の引渡しを要求された。7月にも同様の要求を受け、引渡しがない場合は裁判に訴えると言われた。もう1つの選択肢は情報を保管するラップトップのハードディスクの破壊であった。情報を渡せないと考えた編集長は、GCHQの職員の前で、ハードディスクを破壊した。

編集長によれば、ディスクの物理的な破壊は「象徴的行為」であった。情報ファイルが英国外の場所にも保存してあることを職員に説明したが、それでもGCHQ側はその場での破壊を要求したからだ。

8月20日、ミランダ氏は高等法院に訴えを起こし、拘束が合法であったことが確立するまで、押収した所持品の捜査を停止するよう求めた。22日、高等法院は「国家の安全保障以外の目的での捜査停止令」を出した。実際には「高度に慎重に扱うべき資料が存在している」という理由から、テロ事件捜査班が捜査中だ。

8月30日、高等法院で本件についての政府側の答弁があった。押収品の中には「5万8000件以上の国家安全保障上の機密書類」があるという。ミランダ氏側は「根拠がない」と反論した。

ミランダ氏の長時間拘束やハードディスクの破壊について説明を求めるべく、欧州評議会(本部、仏ストラスブール)のトールビョルン・ヤーグラン事務総長はメイ内相に公開書簡(8月21日付)を送った。この中で、英当局の行動は「欧州人権条約第10条で保障されたジャーナリストの表現の自由を萎縮させる効果をもたらしかねない」と書いた。

英高級紙、政府に一定の理解

英国内の複数の高級紙は、政府側の行動の意図に一定の理解を示した。8月19日付のフィナンシャル・タイムズ社説は拘束の法的根拠が「非常に不完全だった」と指摘し、「米英政府にはスノーデン氏を追及する権利がある」とこ認めた。その上で、「同氏やジャーナリストへの追及は慎重にやるべき」で、「高圧的なやり方は国民の信頼を得られない」としている。

一方、ガーディアンは9月4日付で国連の表現の自由や人権についての特別報告者らによる「国家機密の保護を『新聞界を恫喝して黙らせる』ための口実にしてはいけない」という声を紹介している。

近年の例を振り返ると、国家機密あるいは国家や政府側が公開しないと決めた文書を内部告発などで入手し、大々的に報じたのは、デイリー・テレグラフ紙による国会議員の経費過剰請求事件(2009年、経費情報が入ったディスクが流通し、同紙が告発者から高額で買い取った)や、ガーディアンが内部告発サイト、ウィキリークスとの共同作業で行った、イラクおよびアフガン戦争での米軍文書や米外交文書の報道(いずれも2010年)があった。

いずれの場合も、政府が報道機関が持つ書類を物理的に破壊させる、報道執筆者やその家族に威嚇行為を行うという事態は発生しなかった(少なくともその事実は表面化しなかった)。

今回の場合、公権力の顔が急に眼前に現れたようで、筆者もいささか衝撃を受けた。

権力側=強者か?

今回の当局からの圧力を、報道の自由の面からどう見るべきだろうか?権力側=強者、報道側=弱者としてしまうと、一面的になる。英国の権力側と報道機関は常に綱引き状態にあるからだ。

例えばミランダ氏に注目すると、当初同氏はグリーンワルド氏の生活上のパートナーでありジャーナリストではなく、いわば「何も知らない普通の人」がグリーンワルド氏の報道に関連して拘束されたと解釈され、「そこまで権力の手が伸びたのか」という衝撃につながった。

しかし、その後の報道で、必ずしも「何も知らない、ジャーナリズムとは関係ない人物」とは言えなくなってきた。

グリーンワルド氏は、後の米メディアの取材の中で、ミランダ氏がスノーデン氏から得た生のリーク情報を持って旅行したことを明らかにした。ドイツまでの往復の旅費をガーディアンが負担していたことも判明し、なんらかのジャーナリズムの目的があってのドイツ行きであった可能性が出てきた。取調べを受けても不思議ではないとも言える。

権力側は常にペンの力や司法の場で権力の行使を検証される。

メディア側も簡単には引き下がらない。ディスクの破壊後も、ガーディアンはニューヨーク・タイムズなどと協力し、スノーデン発の報道を続けている。

権力側と報道機関との綱引き劇の最終幕はまだ下りていない。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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