シリアのアサド大統領はロシアでのテロを「ISとウクライナのネオナチは双子で、精神的父は1人」と非難
ロシアの首都モスクワ近郊のクロッカス市庁舎に併設された7,300人収容の大ホールで3月22日、何者かが銃を乱射、その後火災が発生するという事件が発生した。
事件に関して、ロシア連邦捜査委員会は3月23日、133人が死亡、100人以上が負傷したと発表した。連邦捜査委員会はまた、実行犯と見られる4人を含む11人の容疑者をブリャンスク州で拘束したとしたうえで、ウクライナ側に国境を越えるための窓口が用意されており、容疑者らがウクライナに逃亡しようとしていたと主張、ウクライナ側の協力の可能性を示唆した。
一方、ロシア・トゥデイ(RT)は3月23日、容疑者の1人が、イスラーム教の説教師の説教を聞いていた際に、その助手だという匿名の人物から1ヵ月ほど前にテレグラムを通じて勧誘を受け、ロシアでの無差別殺戮を50万ルーブル(約5000ドル)の報酬で引き受け、3月4日にトルコからロシアに入ったと自供したと伝えた。
イスラーム国が犯行声明
これと前後して、イスラーム国に近いアアマーク通信が、複数の治安筋の話として、組織の戦闘員4人がクロッカス市でキリスト教徒の大群衆に対して、過去数年において最も激しい連携攻撃を加えた、と伝えた。
また、英国に拠点を置くアラビア語のニュースサイト、スカイ・ニュース・アラビックは3月23日、イスラーム国ホラサン州(ISIS-K)がテレグラムのアカウントを通じて声明を出し、「戦闘員らが、ロシアの首都モスクワ郊外の群衆を攻撃し、その後基地に無事撤退した」と発表、関与を認めたと伝えた。
イスラーム国ホラサン州
ロイター通信などによると、イスラーム国ホラサン州は、2014年末にアフガニスタン東部に出現し、その残虐行為でほどなくその名を知られるようになった。その活動は2018年に最高潮に達したが、ターリバーン政権やアフガニスタンに駐留する米軍の追撃により、徐々に勢力を失っていたとされる。
だが、2021年のアフガニスタンからの完全撤退以降、米国は、イスラーム国ホラサン州をはじめとするアフガニスタンの過激派武装勢力についての諜報収集能力を低下させていたという。
こうしたなか、イスラーム国ホラサン州が標的としたのは、米国ではなく、ターリバーン政権下のアフガニスタン、米国に対立するイランやロシアだった。
このうち、アフガニスタン(とりわけシーア派住民)やイランに対するテロは、イスラーム国がシーア派を異端視しているという宗教的な動機を背景にしたものだと解釈できる。一方、なぜロシアが標的となったのかという点については、同国が2010年代半ばからシリアで続けている「テロとの戦い」が大きく影を落としている。
シリアでの遺恨
サウジアラビアの衛星テレビ局のアル=アラビーヤ・チャンネルは3月23日、クロッカス市での銃撃事件が、ヴラジーミル・プーチン大統領に対する敵意を浮き彫りにしているとしたうえで、その理由の一つとして、プーチン政権の中東、とりわけシリアへの軍事介入にあると指摘した。
プーチン大統領は、シリアに「アラブの春」が波及した直後より、バッシャール・アサド政権を積極支援し、2015年9月には、イスラーム国や、「シリアのアル=カーイダ」として知られる国際テロ組織のシャームの民のヌスラ戦線(現在の名前はシャーム解放機構)が主導する反体制派を殲滅するとして、シリア領内への爆撃を開始、本格的に軍事介入していった。
ロシアに先立って、米国をはじめとする有志連合も2014年9月、イスラーム国に対する「テロとの戦い」を行うとして、シリアで爆撃を始めていた。だが、有志連合の爆撃は限定的で、イスラーム国を弱体化するには至らなかった。
これに対し、ロシアの「テロとの戦い」は徹底したものだった。シリア政府は、これによって2016年末までに第2の都市であるアレッポ市の解放に成功、反体制派の支配地を次々と奪還していった。事態を受け、有志連合も2015年末頃から地上部隊をシリア領内に派遣するなどして介入を強め、ロシアと有志連合に挟撃を受けたイスラーム国は2020年3月までにシリア領内の支配地を完全に失った。
ロシアのシリアへの本格的軍事介入は、イスラーム国の(シリアにおける)目標に直接反するものであり、この時の遺恨がロシアを標的とする動機となっている可能性がある――アル=アラビーヤ・チャンネルはそう分析した。
加えて、イスラーム国のメンバーのなかには、ロシアに対して歴史的な不満を抱く中央アジア出身の過激派も多く含まれており、そのことがロシアでのテロ実行を後押ししたという。
なお、「シリア・アラブの春顛末記」のアーカイブによると、イスラーム国ホラサン州は、2014年9月から2015年10月頃にかけて、ホラサン州の活動が確認されており、シリア軍、有志連合が爆撃によって司令官らのせん滅を成功させてきたことが確認できる。
シリア政府の迅速な対応
こうした経緯もあり、シリア政府はいち早くクロッカス市での銃撃事件に対して非難の意を示した。その矛先はイスラーム国にだけ向けられたものではなかった。
外務在外居住者省は3月22日の声明で、事件を「野蛮で非人道的なテロ攻撃」と断じ、「もっとも厳しい表現」で非難、「こうした虐殺に立ち向かい、加害者およびその背後にいる勢力や国々を追及するため、世界のすべての国が協力を強化することが重要」と強調した。
3月23日には、アサド大統領がプーチン大統領に弔電を送り、事件で死傷者が出たことに遺憾の意を示すとともに、犠牲者の家族にお見舞いの言葉を送った。
また、事件を「卑劣なテロ攻撃」と断じてこれを非難、無辜の民間人を狙ったこうした行為が、「ロシア国民をその原則や、主権と自決を遵守しようとする姿勢から逸脱させることがまったく不可能であることを示しており、ネオナチとその支援者がドンバスでの特別軍事作戦で痛ましい敗北を被ったこととつながりがある」と主張した。
アサド大統領はさらに同日、プーチン大統領と電話会談を行い、自身とシリア国民の名のもとに、ロシアの指導部と国民に対して哀悼の意を示すとともに、ロシアによるテロおよびテロリストとの戦いを支援すると伝えた。
アサド大統領は会談で以下の通り述べた。
「加害者およびその背後にいる勢力や国々」とは、米国や西欧諸国、さらにはウクライナを指していることは言うまでもない。
米国の代理(プロキシー)
シリア政府は、米国がヒムス県タンフ国境通行所一帯地域(55キロ地帯)を違法に占領し、同地でイスラーム国をはじめとする過激派を保護し、シリア領内でのテロや破壊行為を行わせているとの非難をロシア政府とともに続けている。
昨年10月にイスラエル・ハマース衝突が始まって以降、シリア国内では、イラク・イスラーム抵抗などいわゆる「イランの民兵」がシリア領内各所の米軍の基地を攻撃、イスラエルが米軍とともにその報復としてシリア各所を爆撃するなか、イスラーム国による活動がにわかに活発化している。
ロシアのウクライナ侵攻をめぐっても、ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー政権をネオナチと断じ、ロシアの特別軍事作戦が正当なものだと主張している。
シリア政府にとって、シリアにおけるアル=カーイダ系組織(イスラーム国を含む)にテロと、ロシアへの反抗を続ける「ネオナチ」は、シリアやロシアの国益を脅かす「双子」であり、「精神的な父親」である米国の代理(プロキシー)だとの認識がある。