Yahoo!ニュース

「本当に世界を目指したい子の力になれるように」森田あゆみ引退インタビュー 後編【テニス】

神仁司ITWA国際テニスライター協会メンバー、フォトジャーナリスト
森田が約20年間一緒に戦った丸山淳一コーチと(写真すべて/神 仁司)

 プロテニスプレーヤー・森田あゆみが現役を引退した。33歳の決断だった。15歳でプロに転向し、2010年代前半に、世界ランキング自己最高40位(2011年10月)を記録し、グランドスラムやWTAツアーで活躍した彼女だが、キャリアの後半はけがに泣かされて、なかなか思うようなプレーができなかった。だが、引退を決意した森田は、意外なほど晴れやかな表情で、その経緯を語った。すでに彼女の双眸は、指導者になることを見据え、現役時代と変わらない輝きを放っていた。

――どうして引退後、指導者になりたいと思ったんですか。

森田:2年ぐらい前から、もし選手を辞めたら次はコーチとしてやってみたいなと、引退する前からずっと考えていました。現役時代、早稲田大学や慶應大学で練習させてもらうことがあったんです。学生って自分一人を見てくれるコーチとかってなかなかいなかったり、コーチはいるけど、そんなにちゃんとは見てもらえない環境だったりする。たまに学生から私に質問されることがあったんです。これまで私は自分で考えてできていたことも、学生たちは自分ではわからないんだなって感じることが多くて、ちょっとでもアドバイスをしてあげると変わるんですよね。外からいろんな学生を見ていて、もうちょっとこうしたらいいんじゃないかなとか、いろんな選手のことがすごく気になっちゃって。もう少しいろんな選手にアドバイスをしてあげたいし、もっと良くなるアドバイスができるなと思って。それでコーチというものに興味が出てきた。

 それから(ツアー下部の)W15大会やW25大会に出るようになって、プロ選手でも結構一人で遠征を回っていたり、自分のために常に一生懸命頑張ってくれるコーチがいない環境でやっていたりする選手がすごい多い。むしろそんな選手ばかりでした。自分を振り返った時に、自分には一緒に一生懸命頑張ってくれるコーチがいたから、ここまでいけたと思っているので、そういう選手たちも、それぞれの選手が目標とするレベルを知っている世界に行きたいなら、世界に行くためにはこういうことが必要だよっていうのを知っているコーチたちとできれば、もっと他の選手も、今の成績以上の結果を出せるんじゃないかなとか思いました。そういういろいろ感じることがあって、それで自分もいろんな選手のサポートができたらなって思い始めました。

 上(ツアーレベル)にいた時は当たり前にみんなコーチがいて、トレーナーがいて、だから何も感じなかったんですよ。だけど下(ツアー下部)に行くとみんな一人で頑張っている。見ていて、上に行くための取り組みが本当にできているかというと、なかなか一人では難しい。頑張っているけど、やっぱり一人では難しいじゃないですか。それを見た時に、もうちょっとこうしたら良くなるんじゃないかなとかいろいろ思うことがありました。そういうのがコーチをやりたくなったきっかけです。

――コーチとして、今後成し遂げたいことはありますか。

森田:今まで選手としてやっていたエネルギーを、コーチとして注いでいきたいなって思っています。選手それぞれの目標があると思うんですけど、それを達成したり、叶えたりするためのサポートをしたい。あとは、その選手の目標のレベルに行くために必要なこと。世界に行くために必要なことだったり、もうちょっと自分のテニスをレベルアップするために必要なことだったり、そういったことは、自分も経験してきて、少しは力になれるかなと思う。そういうアドバイスだったり、サポートだったりをしていければいいな。そして、選手とコミュニケーションをとって、一緒に頑張っていければいいなと思う。自分もコーチと二人三脚の形で頑張ってきたので、自分が関わる選手とはすごい近い感じで、選手とよくコミュニケーションをとりながら一緒に頑張るコーチみたいになりたいなと思っています。

――正直、日本人コーチでツアーレベルで選手を導ける人が本当に少なくて、長年の課題でもありますが、この現状をどう思いますか。今後改善していってほしい部分でもあります。

森田:確かに今グランドスラムレベルを経験したツアーコーチって、数えるほどしかいなくて、増えてないじゃないですか。丸山コーチと(原田)夏希さんと(竹内)映二さんがずっと昔からいて。

 グランドスラム本戦に出た日本選手には、みんなプライベートコーチがいたけど、そうじゃない選手もたくさんいて、それだとなかなか上に行くのがなかなか難しいなって思います。ただ、やはりランキングが上がらないと、スポンサーを見つけるのが難しかったり、お金の面でフルにコーチを付けるのって難しかったりします。それもわかっているので、これから私と丸山コーチは、(選手がコーチを)フルで雇うのは無理だけど、短期だったり、選手が日本にいる時にはこまめに一緒に練習したり。フルじゃなくても、ちょくちょくしっかりやりながらコミュニケーションをとれたらいいのではないか、と。遠征も、私は頼まれたら行きたいなという気持ちもあるので、(選手に)帯同とかも考えてたりしています。世界を目指したい選手とフルじゃなくてもいいから、本当にその子に必要なことを一緒に頑張って一緒に手伝ってあげるとか、その子のテニスを一緒に考えて必要なことを一緒にやっていけるような、そういうチームみたいな感じでやっていくことを今考えています。いろいろ準備をしています。

――丸山さんからコーチの先輩としてアドバイスを受けたりしないんですか。

森田:それはないです。長く一緒にやっているので、丸山コーチの考えていることはわかるんですけど、コーチとしては、私はまだゼロからのスタートなので、ここからいろいろ勉強していかないといけないし、学んでいかないといけない。そこはこれからですね。

 世界に行くための必要なテニスや必要なことを日々やっていないと、なかなか才能があっても難しい。(海外では)才能ある人たちがコーチを付けて頑張っている中で、自分(選手)だけじゃなかなか難しいと思うので、なるべく本当に世界を目指したい子の力になれるように今いろいろ考えています。選手それぞれが持っている武器だったり、いいところだったり、それを活かしたり伸ばしたりしながら、世界で勝てるテニスを選手と一緒に考えて作っていきたい。

 最初ランキングが低い選手は、コーチ代を払えないから、コーチを付けられないケースがいっぱいあるので、そこをうまくできるように動いていて、私たち(コーチたち)をサポートしてくれるような人や場所を探しています。

――森田さんは、現役時代にコートで感情に流されるタイプではなかったので、案外コーチに向いているかもしれないですね。丸山コーチゆずりで、コートサイドでいつでも冷静沈着な表情をしていそうです。

森田:選手に対してイライラしたりとか、感情的に怒ったりとかは絶対ない。そうはなりたくないなと思っていて、ちゃんと選手とコミュニケーションをとりながら、選手の思っていることも言ってもらって、二人でどうしたらいいかを考えたい。選手は、基本的にコートに入ったら1人なので、たぶんコーチから言われたことをやるのも大事ですけど、それだけじゃ難しいなと。試合の中で、1人で考えて決断できないといけない。そういう選手になってほしいなと思っています。そういう意味でも、ただ上から言うだけじゃなくて、ちゃんとコミュニケーションをとって、最終的には自分で判断して決断して頑張っていける選手にしたい。そういう選手に育ってほしいなと思っています。

――森田さん自身が、今後プライベートで何かやってみたいことはありますか。

森田:ちょっとスキーはやりたいなというのはあるんですけど。子供の時はやっていたけど、テニスを始めてからスキーに行かなくなったんです。でも、今度コーチを始めたら、やっぱりけができないなと(笑)。だから、けがをしない程度でやりたい。

 今は一番がテニスで、早く仕事したいな、という。その方が楽しいので。何かやっている時の方が生き生きしている。

――ご両親は、孫の顔が見たいとか言わないですか。令和の時代、いろいろな幸せの在り方があると言われますが。

森田:(お見合いとか)ごり押しはされていないですけど(笑)。いつかタイミングが合えば、縁があれば、合う人がいれば(笑)。

 テニスから離れるわけではないので、また現場で、皆さんとちょくちょくお会いできると思います。

引退セレモニーには、ジュニア時代からお世話になった杉山愛さん(写真一番左)や杉山芙沙子さん(写真一番右)も駆け付けた
引退セレモニーには、ジュニア時代からお世話になった杉山愛さん(写真一番左)や杉山芙沙子さん(写真一番右)も駆け付けた

ITWA国際テニスライター協会メンバー、フォトジャーナリスト

1969年2月15日生まれ。東京都出身。明治大学商学部卒業。キヤノン販売(現キヤノンMJ)勤務後、テニス専門誌記者を経てフリーランスに。グランドスラムをはじめ、数々のテニス国際大会を取材。錦織圭や伊達公子や松岡修造ら、多数のテニス選手へのインタビュー取材をした。切れ味鋭い記事を執筆すると同時に、写真も撮影する。ラジオでは、スポーツコメンテーターも務める。ITWA国際テニスライター協会メンバー、国際テニスの殿堂の審査員。著書、「錦織圭 15-0」(実業之日本社)や「STEP~森田あゆみ、トップへの階段~」(出版芸術社)。盛田正明氏との共著、「人の力を活かすリーダーシップ」(ワン・パブリッシング)

神仁司の最近の記事