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「日本会議」のチラシを鵜呑みにしていた安倍首相の“改憲理由”

山口一臣THE POWER NEWS代表(ジャーナリスト)
改憲と「自衛官の募集」は何の関係もない(写真:ロイター/アフロ)

「お父さんは憲法違反なの」はいつ、誰が言ったのか?

 最近の国会を見ていると日本が本当に危機的状況にあることがよくわかる。

 2月13日の衆議院予算委員会でもこれが先進国の国会でのやりとりかと耳を疑うような場面があった。質問者は立憲民主党の本多平直議員だ。安倍晋三首相が改憲の理由としてたびたび使う「自衛隊員の息子が『お父さんは憲法違反なの』と涙を浮かべながら言った」という話は事実なのか、いつどこで聞いたのかを問いただした。

「私の実感と違うんですよ。私は、小中学校とずっと自衛隊の駐屯地のそばで育ち、たくさん自衛官の息子さんがいて、こんな話が出たことがないんですよ」(本多議員)

 すると、安倍首相はいきり立ってこう言い出した。

「本多委員はですね、私が言っていること、嘘だって言っているんでしょう? それは非常に無礼な話ですよ。嘘だって言っているんでしょ、あなたは。本当だったら、どうするんです、これ。あなた、嘘だって言ってるんだから!」

 本多議員が、「いつどこで聞いたのかって聞いてるんですよ。例え話なのか、実話なのかと聞いただけじゃないですか」と問い直しても、安倍首相はまともに答えようとせず延々とキレ続ける。

「こんなに時間を使って私に対して嘘だと言っているというのは、きわめてひどい話だと思います。あまりにもですね、全面的に人格攻撃ではないかと思う……」

 そしてあげくの果てに、

「私が嘘を言うわけはないじゃないですか!」

 と言い放つ。「いや、だから、いつどこで聞いたのかって聞いただけじゃないですか。ちゃんと答えてくださいよ……」と本多議員はトホホな気分だったのではないかと推察する。

安倍首相が「嘘」をついたわけではない

 安倍首相の肩を持つわけではないが、昭和36(1961)年生まれの筆者はそういう話を聞いた記憶がある。いまから半世紀近く前、遠い昔の昭和の時代だ。当時は「日米安保条約があると日本が再び戦争に巻き込まれる」と言う大人も少なからずいた。だから、筆者は安倍首相が嘘をついているとは思わない。ただ、遠い昔の話をしただけなのだ。

 問題は、安倍首相が嘘をついたかどうかではなく、頭の中が時代の変化に合わせてアップデートされていないことなのだ。これは非常に恐ろしいことでもある。内閣総理大臣たる者は、常に時代の流れに目を配り、時勢を読み切り、その時々で最適な判断をしなければならない。それがまったくできていないことが、このやり取りで判明した。

 平成も終わろうとしているこの時代に自衛隊を“憲法違反”だと問題視する国民がいったい何人いるだろう。前出の本多議員は筆者の4つ下だが、小中学校のときにはすでに「そんな話は出たことがない」と言っている。内閣府が2018年に行った「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」によれば、自衛隊に対してよい印象を持っていると答えた人が89.8%。一方、悪い印象を持っているという人は5.6%しかいなかった。

 もちろん、日本政府も以前から自衛隊は「合憲」という立場だ。

 ではなぜ、いま改憲の必要があるのか。冒頭の話とともに安倍首相がよう使う改憲理由のひとつに「残念ながら『自衛隊は合憲』と言い切る憲法学者は2割にとどまっている」という話がある。つまり、「自衛隊は違憲」だという憲法学者を黙らせるために憲法を変える必要があるというのだ。果たしてそれは何人いるのか? 憲法学者の正確な人数はわからない。日本学術会議協力学術研究団体指定の全国憲法研究会の会員数は約500人となっている。その8割が「自衛隊は違憲」だと言っているとすると、その数は約400人。研究会に所属していない憲法学者もいるだろうから倍だとしても800人、数倍でも……。いずれにしても安倍首相は、そんなわずかな人たちのために改憲をしようとしていることになる。

 ここから導き出されることは、いまの日本の首相はものごとの優先順位をつけられないということだ。わずか1000人にも満たない人たちのために国家の一大事業である改憲を押し進めようとしている。これも非常に恐ろしいことである。

「自治体の6割以上が自衛隊に非協力的」は本当か?

 そんな安倍首相が最近、新たに言い出した改憲理由が「自衛官の募集」である。2月10日に行われた自民党大会でこう演説した。

「残念ながら新規(自衛)隊員募集に対して都道府県の6割以上が協力を拒否しているという悲しい実態があります。地方自治体から要請されれば自衛隊の諸君はただちに駆けつけ、命をかけて災害に立ち向かうにもかかわらずであります。みなさん、この状況を変えようではありませんか。憲法にしっかりと自衛隊を明記して、違憲論争に終止符を打とうではありませんか……」

 まず、繰り返しになるが、自衛隊の“違憲論争”にはとっくに終止符が打たれている。なのに、安倍首相の頭の中はアップデートされていない。官邸のおひざ元である内閣府の世論調査で自衛隊に悪い印象を持っている人の割合はわずか5.6%、「憲法学者の8割が違憲だと言っている」という根拠ははっきりしないが国民全体からすればごくわずかな数だ。内閣法制局も当然、自衛隊を合憲としている。論争はとっくに終わっている。

 次に、防衛省が自衛隊員募集に関して協力を要請している自治体は「都道府県」ではなく「市区町村」だ。具体的には、防衛省は住民基本台帳を管理している市区町村に対して適齢者(18歳と22歳)に関する情報提供を求めている。それを使ってダイレクトメールを送っているのだ。安倍首相は、こうした基本的実務を知らないまま、「自衛官の募集」を改憲理由に掲げていたのだ。詳しくは後述するが、これもまた非常に恐ろしい話である。

 では、「自治体の6割以上が協力を拒否している」というのは本当なのか?

 結論を先に言うと事実ではない。2月16日付の朝日新聞(朝刊)によると、1741の自治体のうち名簿を提供しているのが632(36.3%)、住民基本台帳の閲覧を認めているのが931(53.5%)で、合計89.8%、つまり9割近くの自治体が防衛省の要請に「協力」していることになる。さらに、もともと防衛省が閲覧申請をしていない自治体が173(9.9%)あるので、明確に「拒否した自治体」は5、わずか0.3%だった。

 ところが、これまた13日の衆議院予算委員会でこの点を指摘されると、安倍首相は驚くべき理屈を述べ始めた。

「全体の6割以上の自治体は法令に基づく防衛大臣の求めに応じず、資料を提出していません。自衛隊はこれまで4万回を超える災害派遣を行い、助けを求める自治体があればいかなる事態にも直ちに駆けつけ、献身的な働きを行っています。これに対して、これに対して、募集に対する現状は、まことに残念と言わざるを得ません」

「住民基本台帳法に基づく閲覧は文字通り見るだけ。そこに見に行って、写しの交付はこれ、行われません。写しの交付は行われない。複写もできませんから、膨大な情報を自衛隊員が手書きで書き写しているということであります。これも含めてですね、報道は一部、私はそういう意味では誤りだろうと、こう思うわけでございますよ。それも協力を得ていることで勘定されてしまってますから、あの報道は誤り、あの報道は誤りであります。6割以上の自治体において協力を得られないというのが真実、ファクトであります!」

 安倍首相が必死になって叫んでも、残念ながらこの認識は“真実”ではない。

 これについては同じYAHOO!ニュース個人で甲南大学法科大学院教授の園田寿教授が詳しく解説しているので、下記を参照して欲しい。

(参考記事)「自衛官募集事務は憲法問題ではない」園田寿

“ネタ元”はなんと「日本会議」のチラシだった!!

 簡単に説明すると、まず住民基本台帳法(住基法)では市町村長に対して個人情報保護管理について厳格な責務を規定している。個人情報保護は憲法13条の幸福追求権から導き出されるプライバシー権に基づいている。他方、住基法第11条には、国または地方公共団体の機関が法令で定める事務の遂行のために必要である場合に限って、市町村長に対して住民基本台帳に記載されている個人情報のうち「氏名・生年月日・性別・住所」の4情報の写しの「閲覧」を認めると書いてある。だが、これを超えてより積極的な個人情報の「提供」まで認める規定はどこにもない。また、どこの自治体も法律とは別に個人情報保護条例を設けており、「目的外利用」が禁じられている。

 つまり、法律上、協力できる限界は「閲覧」までで、現状ですでに「提供」にまで踏み込んでしまった632の自治体こそ、厳密にいうと違法とされる可能性があるのである。

 一方、自衛隊法施行令第120条には〈防衛大臣は、自衛官又は自衛官候補生の募集に関し必要があると認めるときは、都道府県知事又は市町村長に対し、必要な報告又は資料の提出を求めることができる〉とあり、おそらく安倍首相の念頭にあるのもこの規定だと思われるが、前出の園田教授によると、この政令には個人情報保護の観点が含まれていないため、統計的な資料の提供を求めることはできても、具体的な個人情報の提供を求めることまでは許容されていないという。いずれにせよ、ここはかなりセンシティブな部分で、「自治体の6割以上が協力を拒否している」などと安易に非難できないことは明らかだ。もちろん、憲法に自衛隊を明記したからといって個人情報の保護を無視していいということにはならない。

 こうした経緯からわかるのは、安倍首相は憲法や法律、政令、条例等の趣旨を理解し、それに従って行政を行うという基本をわかっていないということだ。これまた恐ろしい話である。それにしても、行政の頂点に立っているはずの安倍首相がなぜ、こんな簡単に誰にでもわかるフェイクに乗ってしまったのだろう。実はそこには恐るべき事実があることを朝日新聞(2月16日朝刊)が書いていた。

 安倍首相のあの発言は、なんと昨年12月5日に開かれた日本会議系の「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の大会で配られたチラシの裏に書かれていた内容とそっくり同じだというのだ。朝日新聞によれば、そこにはこんな文言があったという。

〈全国6割の自治体が、自衛隊募集に非協力的〉

〈自治体が円滑に業務を遂行するため、自衛隊の憲法明記を!〉

 驚いた。一国の首相たるものが一民間団体のチラシに書いてあった「話」を鵜呑みにして、改憲の理由にしていた可能性があるのだ。

 このことからわかるのは、いまの日本の首相の情報ルートの脆弱さだ。頭の中がアップデートされず、真偽もわからない情報を鵜呑みにする―――。

 日本がいま、どれほどの危機にあるかがおわかりいただけたと思う。

THE POWER NEWS代表(ジャーナリスト)

1961年東京生まれ。ランナー&ゴルファー(フルマラソンの自己ベストは3時間41分19秒)。早稲田大学第一文学部卒、週刊ゴルフダイジェスト記者を経て朝日新聞社へ中途入社。週刊朝日記者として9.11テロを、同誌編集長として3.11大震災を取材する。週刊誌歴約30年。この間、テレビやラジオのコメンテーターなども務める。2016年11月末で朝日新聞社を退職し、東京・新橋で株式会社POWER NEWSを起業。政治、経済、事件、ランニングのほか、最近は新技術や技術系ベンチャーの取材にハマっている。ほか、公益社団法人日本ジャーナリスト協会運営委員、宣伝会議「編集ライター養成講座」専任講師など。

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