新型出生前診断(NIPT)実施施設の拡大で「生命の選別」が身近に? 悩める妊婦,求められる支援の実質
6月20日,日本産科婦人科学会(日産婦)は,妊婦の血液で胎児の染色体異常の有無を調べる「新型出生前診断(NIPT)」を実施できる施設の拡大に向けて指針を改定した.NIPTは妊娠10週という早期から実施可能であり,採血のみでダウン症などの染色体異常をある程度の正確さで見つけることができる.
日本には2013年に導入され,遺伝カウンセリングを受けることができる認定施設で,35歳以上の妊婦などの条件のもと,3種類の染色体の検査に限定して実施されている.晩婚化,晩産化とともに希望する妊婦は増加しており,現在までに7万人以上が検査を受けたとされる.しかし現在,NIPTの実施が認められているのは,日本医学会の認定・登録を受けた全国109施設であり,NIPTを実施できない市町村の方が多い.
このような状況下,営利目的でNIPTを実施する認定外の民間施設も存在している.遺伝カウンセリングのないまま,3種類以外の染色体の異常を見つけたり,胎児の性別を判定したりする目的でもNIPTが実施されている.産科の主治医に内緒でNIPTを受け,あまり説明もなく渡された「陽性」の結果に困惑し,普段受診している産科クリニックへ相談に訪れる夫婦も見られる.
日産婦のNIPT実施指針の今回の改定点は?
日産婦の指針の今回の改定は,「生命の選別につながる」などの理由で,NIPTの実施施設の拡大に慎重であった日本小児科学会や日本人類遺伝学会との議論を反映して行われたものである.
日本小児科学会は,染色体異常も含めた胎児や新生児の病気に詳しい小児科医を新たに認定し,NIPT実施の前後で小児科医と相談できる窓口を設ける.新たに認定される小規模なNIPT実施施設はこれらの小児科医と連携することが求められている.さらに,NIPTの結果が陽性の場合,従来のNIPT認定施設等の遺伝の専門医が,小規模な施設へ出張するなどしてカウンセリングができるような体制を整えるとしている.
日産婦は今回の改定により,小規模な産科クリニックでもNIPTの実施が可能となり,全国で70施設ほど増える可能性があるとしている.NIPT実施のあり方については,厚生労働省でも有識者会議で議論中であり,今回の日産婦の指針の改定に沿ってNIPTを実施するかどうかは,その最終判断を待つことになる.
妊婦はどこでNIPTを受けたいのか?
現在,認定施設へ紹介しようとしても,なかなか予約が取れない状況も見られる.認定施設が増加して,予約が先送りされる状況が改善し,より身近なものになる可能性がある.しかし妊婦が,初めて出会う遺伝の専門医やカウンセラーと短時間で心理的つながりを持つことは困難な場合が多い.それでは,妊婦はどこでNIPTを受けたいと考えているのであろうか.
2018年に当研究室で行った妊婦への調査では,初産婦の51.1%,経産婦の33.4%が「NIPTを受けてみたい」としていた.そして,NIPTを受けたい施設としては,初産婦の83.8%,経産婦の71.7%と,多くの妊婦が「自身が通院している産科」を挙げていた(注1).
2013年にも日本へのNIPT導入に合わせて,同様の妊婦への調査を行っていたが,NIPTを「一般の産科診療所・病院」でも実施すべきとした妊婦が66.9%と高率であった(注2).
NIPTを受けた後にも妊婦へのサポートは必要?
現在は,NIPT実施前に遺伝カウンセリングを適切に行っているかという点が注目されているが,実施前後のサポートの充実に関しては施設により温度差がある.NIPTを受ける妊婦の多くは,一般の産科クリニックから認定施設に紹介されてNIPTを受け,2~3週間後は地元で健診,その後,再び,認定施設を受診して結果を聞くことになる.
NIPTの結果が陰性の場合には,胎児に染色体異常がある確率は非常に低いが,それでもNIPTは確定診断ではないため,不安感が持続する妊婦も見られる.ましてや,NIPT陽性であった場合,羊水検査による染色体検査を行うかどうかを決断し,その確定診断が出るまでの期間は,妊婦やその家族の不安は非常に強くなる.
2013年の妊婦への調査では,NIPTの結果が陽性であったときに「サポートを希望する」との回答は84.9%と高率であった.認定施設へ転院する例もあるが,遠方であることが多く,紹介元の一般の産科クリニックが,その後のサポートを担う場合が多い.
NIPTが陽性であった場合に妊婦が求めるサポートは?
NIPT陽性の結果が出た場合に,妊婦が希望していたサポートとしては「ダウン症等に詳しい小児科医の説明を受けたい」が83.1%と高率であった.このような妊婦の希望が,今回の日産婦の指針の改定で,ついに取り入れられることになった.
また,「ダウン症等の子どもがいる母親の話を聞きたい」との回答が41.3%,「ダウン症等の子どもと会いたい」も16.3%であった.今後は,ダウン症協会や各地のグループなどとの連携も必要である.
「心理的なサポートを受けたい」との希望が65.0%と高率であったことも注目される.遺伝カウンセリングは心理面に配慮して行われるべきであるが,現状としては医学的説明が主体となっている.小規模なNIPT認定施設が生まれた場合に,心理的なサポートを誰が担うのかは課題となる.
NIPT実施の指針の行方は?
2013年の春,私達は,日産婦の総会へ「心理的なサポートのできる者の関与」「ダウン症候群の当事者,その家族,その医療,福祉に詳しい専門家へのコンサルト」の2点の要望を提出した.そして,その夏には岡山大学で,ダウン症協会の方々,認定施設の遺伝専門医,出生前診断についての著作もあるジャーナリストなどをシンポジストとした公開シンポジウム「新型出生前検査のもたらすもの」を開催した(注2).その時の議論の内容が,今回の指針の改定で名目上は実現しつつあるが,今後は実質を伴うかどうかに注目すべきであろう.
産科における心理的なサポートの提供者として,妊婦と身近に接している助産師や産科看護師は重要な役割を果たしている.遺伝に関する基本的な知識を持つ看護スタッフの育成は,新たにNIPTの認定施設となる小規模な医療施設,また,認定施設に紹介する側の産科クリニックにおける妊婦への心理的なサポートの実質的な底上げにつながる.岡山大学で開講している助産師へのリカレントプログラムでも,遺伝に関するセミナーを強化している.
また,NIPTを「生命の選別」の道具としないためには,ダウン症に限らず,病気や障がいのある人々が生き生きと暮らす社会になっていることが望まれる.その点では,政府や厚生労働省は,この課題解決における最も重要な当事者である.
【参考】
(注1)2019年10月30日 山陽新聞
新出生前診断 身近な施設で希望 岡山大大学院教授ら妊婦意識調査
https://www.sanyonews.jp/article/953609
(注2)2013年8月28日 日経新聞
新出生前診断「陽性で出産断念」5.7% 岡山大調査
https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG28009_Y3A820C1CR0000/
2013年の妊婦への調査結果の詳細は以下の論文をご参照ください.
Mikamo S, Nakatsuka M: Knowledge and attitudes toward non-invasive prenatal testing among pregnant Japanese women. Acta Medica Okayama 69(3): 155-163, 2015.