「スラムダンク」映像作品として26年ぶりの復活 伝説のバスケマンガのアニメ映画化は成功するか
コミックスの累計発行部数が1億2000万部以上を誇る井上雄彦さんの人気マンガ「スラムダンク」。「THE FIRST SLAM DUNK」のタイトルでアニメ映画化され、12月3日に公開されます。マンガの連載・アニメの放送終了から実に26年ぶりの復活ながらも、話題になるのはなぜでしょうか。
◇連載が終わっても根強い人気
「スラムダンク」は、1990~96年に「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載されたマンガです。腕っぷしの強い赤髪の高校生・桜木花道が、ヒロインの少女の気を引こうと勧誘されるままにバスケットボール部に入部。バスケットに魅了され、抜群の身体能力と驚異的な早さで成長するストーリーです。人気絶頂の時期に連載を終えたことも当時、「ここで終わるか!」などと話題になりました。
井上雄彦さんは、コミックス最終巻のあとがきで、バスケットボールのマンガは売れないと言われる中で挑戦したことを明かしています。人気を受けてバスケットボールをする子供が増えたこと、コミックスが初版250万部発行されて当時の記録を更新したこと、1992年の高額納税番付に井上さんの名前が登場したことも、新聞記事になっています。
マンガの連載終了後も人気は続きます。2004年にはコミックスの累計発行部数が1億部を突破したのに合わせて、新聞6紙に描きおろしの全面広告を掲載。さらに同年、神奈川県の廃校でイベントを企画し、最終話の直後となる「あれから10日後」を黒板に描き、イベント告知は作者の公式サイトのみでしたが、3日間で5000人のファンが全国から訪れ、やはり話題になりました。その後、2009年4月に、「スラムダンク-あれから10日後」完全版が発売されています。
井上さんは、宮本武蔵の生涯を描いた「バガボンド」、車いすバスケットボールを題材にした「リアル」も連載し、いずれも人気作になっています。そして2011年には、東本願寺(浄土真宗大谷派)の依頼を受けて、親鸞の生涯を描いた屏風を公開するなど、マンガ家の枠に入らない活動もありました。
スラムダンク関連では、「恩返し」としてバスケットボール選手を育成する「スラムダンク奨学金」を設立して現在も継続しています。しかし、コンテンツについて、目立った動きはありません。
にもかかわらず、連載終了から20年以上が経過した2010年代後半、アニメのオープニングのモデルとされる神奈川県鎌倉市の踏切に海外のファンと思われる人が訪れたり、住民の苦情があったこともニュースになりました。裏返せば、スラムダンクの人気が持続している証とも言えます。
【参考】スラムダンクの「聖地巡礼」 鎌倉高校前駅の踏切(神奈川県鎌倉市)
◇自ら監督をするのはなぜ
今回のアニメ映画のポイントは、井上さん自らが原作と脚本、監督を担当したことでしょう。実は、自ら監督までするこだわりを感じさせる発言が、雑誌「SWITCH」(スイッチ・パブリッシング、2005年2月)にあります。自分の絵をコントロールしたいと思った理由について、誰かを責めていないことを前提に、スラムダンクのメディアミックスに違和感を持ったことを明かしています。
実は、これも一つの正論です。マンガ家にとって作品は、わが子同然に例えられたりします。アニメ化やドラマ化に関しては、わが子を他人に託すような心境で、ある種の覚悟がいるという話を別のマンガ家の取材で聞かされたことがあります。そのため、宣伝面での不利を承知で、メディアミックス戦略を取らないコンテンツもあるそうです。
要するにアニメ化は、ファンから見ると喜ばしく思えても、クリエーターから見ると「違う景色」になりうるということです。製作者が異なるからこそ、作品を愛するがこそ、原作者にしか理解されない悩みもあるわけです。
そう考えると、井上さんがわざわざ原作、脚本、監督をしてまでアニメを制作すること自体が、スラムダンクに対して表現したいものができた……と捉えることもできるわけです。
新作アニメのCGがマンガのようなタッチになっていることについて、批判する声もあるようです。それも考え方次第で、意欲的な挑戦と見ることもできるでしょう。どんな作品でも必ず批判はありますし、ファン(ネットの書き込み)に従ってもヒットするとは限らないのがコンテンツ・ビジネスの難しいところです。
「THE FIRST SLAM DUNK」について、もう一つのポイントがあるとすれば、他のアニメ映画と比較して、作品情報をかなり伏せていることでしょう。声優の発表も公開1カ月前で、テレビアニメのキャストから変更されていたこと、前売り券の発売よりも後になったことで、厳しい声が上がり、それを受けて公式からもコメントが出されました。
声優の変更自体は、年数も経過していますし、やむを得ない面もあります。近年でいえば「ダイの大冒険」などもキャストを交代しています。一方で、アニメのキャストに関しては、ファンが気にする部分でもあります。制作側の考えもあるでしょうが、もう少し早いタイミングで発表するなど、別のやり方があったともいえそうです。
◇プロモーション的には成功か
さて「スラムダンク」について、ネットではどのような反応があったのでしょうか。ヤフーの行動ビッグデータを元に、生活者の実態や動きを可視化するインターネットサービス「DS.INSIGHT」で、調べてみました。数値は、ヤフーで検索された実数ではなく推計値で、日本国内となります。
「スラムダンク」の検索ボリュームですが、アニメ映画の発表前までは、月平均2万台、年間30万強でした。少しわかりやすくするために、スラムダンクの連載当時にジャンプの顔だった「ドラゴンボール」「幽遊白書」と比べてみましょう。
2020年の検索ボリュームですが、「スラムダンク」は年間30万強。さまざまな展開をしている「ドラゴンボール」は50万強、動きのない「幽遊白書」は20万弱でした。
そして2021年、「ドラゴンボール」や「幽遊白書」はほぼ同じですが、アニメ映画の発表があった「スラムダンク」は46万まで急増します。発表のあった1月だけで月間14万も稼いだのです。2022年もニュースが出た月は、検索ボリュームが急増します。特に声優交代が発表された11月は月間だけで20万目前に迫りました。
興味深いのは、検索の内訳です。「スラムダンク」は概ね男性6割女性4割で推移しますが、声優がらみになるとこの割合が逆転して女性優位になります。男性はストーリー、女性は声優とキャラクターを気にする傾向にありました。
スラムダンクの声優に関する検索ボリュームは、女性が動きを見せているのです。そして声優発表以後は、アニメ映画の「ストーリー」を検索するワードが1、2位に浮上。マンガの全国大会で、湘北と対戦した「豊玉」「山王」というワードも上位に来たのも特徴的です。アニメ映画の内容が公開直前まで伏せられていて、検索する人たちが食いついているのです。ネットの意見だけを見ると、声優交代に批判が集中しているように見えますが、データを見ると、別の流れも見えてくるわけです。
プロモーションの視点から見ると、スラムダンクの知名度を生かし、アニメ映画の情報を絞ったことは、数字を見る限り上々と言える結果になっています。
「スラムダンク」自体の知名度が高いためか、積極的にプロモーションをしない傾向にあります。スラムダンク奨学金の一度きりのCMもそうですし、2004年の神奈川県三浦市のイベントも作者自身のホームページで告知したのみ。今作のアニメ映画の情報も、ストーリーをはじめ、かなり伏せています。それゆえスラムダンク好きが、さまざまな議論をしていて、結果としてそれもプロモーションになっているのは興味深いところでしょう。ゆえに、一連の情報少なめのプロモーションは、大人気作だからできる手法であり、ある意味「らしい」と言えそうです。
◇検索で一番人気のキャラは?
誰もが主人公にできそうなほど、各キャラクターが立っているのがスラムダンクの魅力の一つです。ネットでよく検索されるキャラにも触れます。最も検索されるのは、圧倒的に「三井」でした。挫折をした天才と言うのが良いのでしょうか?続くのが「宮城リョータ」「流川」、そして湘北の前に立ちはだかる「仙道」、顧問の「安西先生」です。
連載時に人気のあったはずの「桜木花道」は、湘北のレギュラーメンバーでは最下位でした。連載終了から26年が経過し、既存ファンが年齢を重ねたことも影響しているのでしょうか。ちなみに「宮城リョータ」と、花道の親友の「水戸洋平」は、なぜかフルネームで検索されます。
主人公をしのぐほど多くのキャラクターが検索されるところに、改めて「スラムダンク」のすごさを感じさせるのです。そして、そんなキャラクターたちが次々と生み出されるのは、創作にかける並々ならぬ情熱と努力で、反動と思われることもありました。
井上さんは自身の書籍「空白」(スイッチ・パブリッシング)で、休載した「バガボンド」について語っています。休載前には極限状態にあり、体調不良になったこと。さらに「僕は、意識としては、この休載によってマンガ家として一回死んでいるような気がするんです」という言葉まであります。これだけヒット作を次々と生み出したマンガ家にも、不安や葛藤があるのです。
そうした苦労を経て、2022年に世に送り出される「THE FIRST SLAM DUNK」。果たしてどんなメッセージが込められ、ファンたちにどう見えるのか。注目と言えそうです。
ヤフー・データソリューション | DS.INSIGHT
※この記事は、Yahoo!ニュース 個人編集部、ヤフー・データソリューションと連携して、ヤフーから「DS.INSIGHT」の提供を受けて作成しています。※ヤフー・データソリューションは、ユーザーのデータを統計データとしたうえでデータの可視化や分析結果を提供するサービスであり、個人を識別できるデータ(パーソナルデータ)については、ユーザーから新たな同意がない限り外部に提供することはありません。