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シリアとイラクへの報復爆撃によって中東の紛争の泥沼に嵌ろうとしている米国

青山弘之東京外国語大学 教授
グリーン・ヴィレッジ(Tasnim New、2022年12月31日)

米軍は2月2日深夜から3日未明にかけて、イラク・イスラーム抵抗が1月28日にヨルダン北東部のルクバーン地区にある米軍の前哨基地「タワー22」を無人航空機(ドローン)で攻撃、米軍兵士3人が死亡、25人が負傷したことへの報復としてイラク、シリア領内に対する爆撃を実施した。

イスラーム国への爆撃を凌ぐ大規模

爆撃は、シリアのダイル・ザウル県ティブニー町、ダイル・ザウル市、マヤーディーン市、クーリーヤ市、アシャーラ市、ブーカマール市、ハリー村、さらにはイラクのアンバール県のカーイム市一帯にいたるユーフラテス川西岸の全長約130キロという広範囲にわたって行われ、シリア領内で「イランの民兵」ら29人、イラク領内で16人が死亡した。

米中央軍(CENTCOM)の発表によると、米本土を発進した長距離爆撃機複数機を含む多数の航空機が精密弾125発以上を使用、85ヵ所以上を標的とした。

米国が主導する有志連合CJTF-OIR(「生来の決戦作戦」統合任務部隊)が、2014年8月から2019年10月までの5年2ヵ月間に、イスラーム国のせん滅を目的として、イラクとシリアに対して行った爆撃回数が34,706回、つまり1日平均で約18回(18ヵ所とほぼ同義)であったことと比べると(シリア・アラブの春顛末記「米主導の有志連合はシリア空爆で「意図せず死亡したとされる民間人」は2019年10月末の段階で1,347人(2019年12月5日)」を参照)、今回の爆撃がいかに大規模だったかは一目瞭然である。

中途半端な挟撃

だが、こうした攻撃が、イラク・イスラーム抵抗、あるいは同組織やレバノンのヒズブッラー、さらにイラン・イスラーム革命防衛隊ゴドス軍団などからなる「イランの民兵」、あるいはイスラエルに対する「抵抗枢軸」の封じ込めに功を成さないことは当初より明らかだった。

そもそもイスラーム国に対する有志連合の爆撃は、ロシア軍、シリア軍、そして「イランの民兵」の「テロとの戦い」との挟撃なくしては、イスラーム国を弱体化し得なかった。今回の米軍の爆撃も、その1月31日と2月2日にイスラエル軍がダルアー県と首都ダマスカス一帯地域に対して行った爆撃と連動していたと思われ、その意味では、シリアにおける「イランの民兵」を挟撃しようとするものだった。

イスラエル軍は、爆撃でイラン・イスラーム革命防衛隊の軍事顧問の1人サイード・ウライダーディーを殺害することに成功した。だが、「イランの民兵」は、ジョー・バイデン米大統領がイラクとシリアの標的に対する一連の爆撃計画を承認したことをCBSニュースが2月1日にリークした段階で、司令官や上級司令官を退避させるなどしていたとされる。つまり、米軍(そしてイスラエル軍)によるシリアとイラクへの報復爆撃は失敗だった、あるいは攻撃実施を事前に通知することで、事態悪化を回避しようとしたいわば「かたちだけの報復」だったとも言える。

若干の戦術変化

むろん、米軍の大規模爆撃と前後して、イラク・イスラーム抵抗の戦術には、米国を標的とすることを回避しようとするような変化が見られてはいた。

その変化とは、イラク・イスラーム抵抗による攻撃中止発表である。イラク・イスラーム抵抗を主導するとされるヒズブッラー大隊のアブー・フサイン・フマイダーニー書記長は1月30日に声明を出し、イラク政府を窮地に追い込まないため、占領軍(米軍)に対する軍事・治安作戦を中止すると表明、所属するムジャーヒディーン(戦闘員)に対して、米軍からの攻撃があった場合のみ「消極防衛(暫定的)」を行うよう勧告していた。

以降、イラク・イスラーム抵抗は、テレグラムのアカウント(https://t.me/s/elamharbi)を通じた戦果発表を控えるようになった。

しかし、シリアとイラク領内の米軍基地への攻撃は続いた。

2月1日には、ダイル・ザウル県のウマル油田に米軍が違法に設置している基地が「イランの民兵」によるドローン攻撃を受けた(イラク・イスラーム国はこの攻撃への関与については認めていない)。

2月3日には、イラク・イスラーム抵抗はハサカ県のジャッラーブ・ジール村の農業用空港を転用した米軍基地、イラクのアルビール県のハリール米軍基地へのドローン攻撃を実施したと発表した。

こうした動きと前後して、イラク人民動員隊に所属し、ヒズブッラー大隊とともにイラク・イスラーム抵抗に参加しているヌジャバー運動のアクラム・カアビー司令官は2月2日、ガザ地区に対するイスラエルの攻撃を停止させ、イラクから「占領国米国」を撤退させるまで、作戦を継続すると改めて意志を表明していた。

大きな戦果

そして、2月4日深夜から5日未明にかけて、「大きな戦果」をあげることになる攻撃が行われた。

イラク・イスラーム抵抗は、シリア政府の支配下にあるユーフラテス川東岸からウマル油田にある米軍基地に対して自爆型ドローンで攻撃を行った。攻撃自体は、これまでの米軍基地に対する攻撃とは大差はなかった。だが、この攻撃で、シリア民主軍の特殊部隊のメンバー6人を殺害したのである(英国を拠点としている反体制系NGOのシリア人権監視団によると、7人が死亡、18人が負傷)。

ウマル油田の基地は、ヘリポートが併設され、ヘリコプター12機が配備されたシリア領内における最大の米軍基地の一つである。「ウマル油田の基地」は、多くの資料において「グリーン・ヴィレッジ」の名で呼ばれている。

イラク・イスラーム抵抗は、ウマル油田の基地と、米軍兵士の居住施設が併設されている「グリーン・ヴィレッジ」を別の基地として認識しており、今回の攻撃に関して、「ウマル油田の基地」を攻撃したと主張している。だが、攻撃を受けたシリア民主軍は広報センターが声明で、基地内の士官学校が被弾したと発表していることから、標的となったのは「グリーン・ヴィレッジ」であると思われる。

シリア民主軍は、米国が有志連合(CJTF-OIR)の協力部隊と位置づけている武装組織で、クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)の武装組織である人民防衛隊(YPG)を主体としている。

ロシアのウクライナ侵攻と同じ罠

シリア民主軍の特殊部隊が犠牲となったこの攻撃に対して、米国が、米軍兵士が殺害された時と同様の報復を行うかどうかは定かでない。

だが、イエメンに対する米軍(そして英軍)の攻撃然り、対症療法的で付け焼刃的な限定的攻撃は、米国が主張するように、「イランの民兵」の攻撃能力を削ぐことはない。際限のない暴力の応酬へと米国を引きずり込み、地域全体を不安定化させるだけだ。

そして、米国が中東の紛争の泥沼に足を取られ、その対応に追われることは、世界のそのほかの地域で米国と対峙してきた諸外国(ロシア、中国など)にとっては実は好ましいことだ。米国は、ロシアをウクライナ侵攻に専念させようとさまざまな手を尽くしてきたが、今度は米国が同じ罠に嵌ろうとしているのかもしれない。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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