天皇陛下の五輪への関わりについては、菅首相が検討し説明すべきだ
今夏のオリンピック・パラリンピックの開催やそのあり方を巡っては、国民の意見は分裂している。政府やオリ・パラ組織委員会などの方針と、国民の受け止めも乖離している。
6月19、20日に行われた朝日新聞の世論調査では、「今夏に開催」が34%(5月は14%)、「中止」32%(同43%)、「再延期」30%(同40%)と意見は割れた。今夏は行わない、という意見が依然として6割強だが、実施する場合のあり方についても「観客なしで行うべきだ」53%、「観客数を制限して行うべきだ」42%と。2つに割れている。
同じ日に行われた産経新聞とFNNの世論調査では、質問の仕方が異なるが、「中止する」30.5%、「観客を制限して開催する」33.1%、「観客を入れないで開催する」は35.3%と、やはり意見が割れる結果になった。
この両日に行われた共同通信の世論調査でも、「無観客で開催するべきだ」が40.3%、「中止するべきだ」が30.8%だった。さらにこの調査では、開催による新型コロナウイルスの感染が再拡大する不安を尋ねているが、「ある程度」を含め「不安を感じている」との回答が86.7%に上った。菅義偉首相は呪文のように「安心安全」を繰り返すが、国民の多くは「安心」してはいない。
「国民分断の象徴」と「国民統合の象徴」
もはや「国民分断の象徴」ともなった五輪に、「国民統合の象徴」である天皇はどう関わるべきなのだろうか。その点、菅首相はどのように考えているのか。
そんな問題意識から、私は17日に行われた菅首相の記者会見で質問を用意した。残念ながら指名されなかったので、会見後に文書で質問を提出した。首相記者会見では、指名されなかった記者がメールで質問を送り、後日文書による回答が示され、首相官邸のホームページでも公表されるのが恒例である。
私が送った質問は、次の通りだ。
IOC役員の”おもてなし”をしていただくのか
私がこのような質問をした動機は、もう1つある。
それは、6月10日放送のBSーTBS『報道1930』で、ノルウェーのオスロ市が2022年冬季五輪の立候補を取り下げた事情が語られるのを見たからだ。招致合戦で同市は本命とみられていたのに、14年10月に突然辞退し、結局中国の北京に決まった。
同番組の報道によれば、財政的な事情もあったが、国際オリンピック委員会(IOC)から膨大な要求があり、その詳細が地元メディアで報じられたことが大きかった。とりわけ国民を怒らせたのは、国王がパーティを開くなどしてIOCメンバーを”おもてなし”するよう求めたことだった、という。
日本では、IOCの要求は、宿泊先として高級ホテルを用意するなど、ごくわずかな項目を除いて明らかにされていない。しかし、オスロで国王による接待を要求したのであれば、日本でも天皇陛下に関する要求をしている可能性があるのではないか。コロナ禍の今、さすがにパーティ開催はないとしても、面談や懇談を求めてきた場合、政府はどうするつもりなのか。コロナ禍にあって、年始や天皇誕生日の一般参賀は中止となり、天皇皇后両陛下は植樹祭などにも出席を控えられている。そんな中、IOC役員ら五輪ファミリーは特別待遇をするつもりなのか。
これについても、菅首相自身の考えを聞きたかった。
「お答えは差し控え」が回答
回答は23日の夕方、メールで送られてきた。ホームページへも、25日午前には掲載されている。それは次のような、そっけないものだった。
極めて残念だ。
これだけ国民の間で異論があり、分断を招いている五輪開催を決断した以上、天皇陛下の関わりについて、菅首相はきちんと考えを述べるべきではないのか。
「御聖断」を期待してはいけない
この回答の翌日、西村泰彦・宮内庁長官が定例会見で、次のように発言した。
これについては、様々な論評がある。
危ういのは、五輪反対論者の中に、先の大戦を終戦に導いた昭和天皇の「御聖断」になぞらえる人がいることだ。もはや政治案件でもある五輪開催を、天皇の意思で止めることを求めたり期待したりするのは、現行憲法からの逸脱を求めるのに等しい。
それに、即位の際に「憲法に則り」と誓われた天皇陛下に、そのような意図があるはずはない。天皇の言葉を政治的意見の表明に利用することは慎まなければならない。
「国民と共に悩む天皇」~私の受け止め
私自身は、今回の宮内庁長官の言葉から「国民と共に悩む天皇」を感じた。陛下は、国民の命や健康を案じると共に、これだけ国民の間に分断を招いている五輪について、「国民統合の象徴」たるご自分がどのような姿勢や気持ちで臨むのか、悩まれているのではないか。そして、その思いの一端を間接的に国民に伝えることで、国民と共に悩む天皇であろうとし、それによって人々の分断による傷を少しでも浅くできれば、という願いもあるのかもしれない、と。
本当は、宮内庁長官が天皇陛下の思いを「拝察」して公にする事態になる前に、この問題については、菅首相自身がはっきり国民に説明しておかなければいけなかった、と私は思う。何も言わず、質問にも答えない菅首相の態度が、天皇陛下の悩みをさらに深くし、追い詰めてさえいるのではないか、というのが、長官発言を聞いた私の受け止めである。
政府が検討し説明すべきだ
いずれにせよ、菅首相からの文書回答を前提にすれば、開会宣言を含めた五輪への関与のあり方、IOC関係者への接遇の是非などについて、天皇ご自身の役割は、政府として未だ「正式に決定した事項」ではない、ということになる。
そうであるならば、既定のシナリオをただなぞるのではなく、もう一度しっかり検討し、そのうえで首相自ら説明をしてもらいたい。パンデミックがなければ、昨年開かれた五輪は、天皇の代替わりを世界に知らしめる好機だった。開会式で陛下が開会宣言を行えば、各国に中継されたはずだからだ。それがコロナ禍によって、事情は大きく変わった。
国民の間で分断を招いている五輪開催に関し、天皇陛下にはどのような役割を担っていただくのか。その理由は何か。そして、IOC関係者への対応をどうするのか……。
こうしたことについて、天皇陛下はお立場上、自ら意思表示や決定ができない。
これは、やはり菅首相自身にきちんと答えてもらいたい。