金の現物需要「神話」が崩壊する ~安値慣れの時代~
金市場では、価格が低下すればアジア地区を中心とした現物需要が拡大することで、下値がサポートされるとの一種の「神話」が存在する。
確かに宝飾加工や投資分野における現物需要家にとっては、米量的緩和の早期縮小観測などを背景に投機筋が売り込んだ局面で形成される安値は、現物調達の好機になることは間違いない。このため、「価格低下→現物需要拡大」のフローを完全に否定することは難しい。
ただ、現実問題としては金価格が低下すれば実需を背景としたマネーが無尽蔵に流入する訳ではなく、最近は徐々に金価格低下に対する現物市場の反応の鈍さが目立つ状況になっている。
例えば、上海金現物市場における純金売買高をみてみると、今年4月に1オンス=1,500ドルの節目を割り込む急落となった局面では、1日当りで40トンを超える売買高が確認されていた。6月に年初来安値(1,179.40ドル)を更新した局面でも20トン前後の売買が行われており、価格低下が現物需要を喚起する場面は間違いなく存在する。ただ、足元では1,250ドル前後の安値圏ながらも売買高は10~15トン程度に留まっており、現物筋が現行価格を必ずしも割高とは評価しなくなり始めていることが窺える状況になっている。
ドル建て金価格は、2001年から昨年まで12年連続の上昇相場となり、その過程では現物筋の「高値慣れ」が指摘されていた。2000年代前半までは500ドルでの買い付けなど考えられない状況だったのが、金価格が断続的に値位置を切り上げる中、割安の評価基準が切り上がったのである。11~12年は1,600ドル前後でも、値ごろ買いが観測されている。
しかし、今年に入ってから金価格の値位置が断続的に切り下がる中、従来の「高値慣れ」が「安値慣れ」に転換するのは当然の帰結である。過去10年余は買い遅れによる調達コストの高騰が警戒されたが、現在は逆に早過ぎる買い付けが現物筋にとってのリスクになっている。今年4月時点では1,500ドル水準が現物買いを呼び込むラインだったのが、その後は1,300ドル水準まで切り下がり、現在は1,250ドルでさえも割安とは評価されない時代を迎えている訳だ。
今後も急落局面では、現物需要動向が一定のサポート要因になるだろうが、過大な期待は持つべきではない。スイス金融大手UBSも最新のレポートで、短期の金価格ターゲットを1,180ドルとした根拠として、1)金市場のセンチメントが予想以上に弱い、2)市場参加者の関心が量的緩和縮小に集中していることの他に、3)現物需要が弱いことを指摘している。