WHOに噛み付いたトランプ大統領 勝者は中国 新型コロナで終わりを迎えるアメリカの時代
「世界の感染を20倍に膨れ上がらせたWHO」
[ロンドン発]新型コロナウイルスの大流行で、アメリカのドナルド・トランプ大統領は14日の記者会見で世界保健機関(WHO)への資金提供を停止すると表明しました。ホワイトハウスのホームページからトランプ大統領の言い分を見ておきましょう。
「新型コロナウイルスの蔓延にひどい対応をして、隠蔽するというWHOの責任を評価するためレビューが行われています。アメリカの納税者は年4億~5億ドル(432億~540億円)も出しているのに中国は約4000万ドル(約43億2000万円)かそれ以下です。WHOの主要スポンサーとして説明責任を求める義務があります」
トランプ大統領が指摘するWHOの責任は次の通りです。
(1)中国や他の国からの旅行制限に反対した。国境管理は感染症対策の基本。
(2)今年1月中旬まで人から人への感染は起こらないという中国の報告を鵜呑みにした。昨年12月には人・人感染を疑う信頼できる情報があった。中国の妨害でWHOに加盟できない台湾は12月31日に人・人感染をWHOに連絡していた。
(3)研究者や医師の失跡、新型コロナウイルスの起源に関する研究の共有に対する制限に対して沈黙している。
(4)初期に専門家を中国に連れていき、透明性の欠如を指摘していたら流行は発生国で封じ込めることができ、死者の数を抑えられた。
(5)中国の対応を擁護し、透明性を称賛したことで世界の感染を20倍に膨れ上がらせた。
(6)アメリカの10分の1しか資金提供していない中国に危険なほど偏っている。
(7)1月22日、新型コロナウイルスの流行で初の緊急委員会を開くも緊急事態宣言は見送る。宣言は1月30日に先送りされた。
テドロス事務局長を更迭しても何も変わらない
ここに筆者が一つ付け加えるのなら、中国の習近平国家主席がエピセンター(発生源)の中国湖北省武漢市を訪れ、鎮圧宣言をした翌日の3月11日、WHOはようやくパンデミック宣言を行いました。
上のグラフを見れば分かるようにアメリカはWHOのいわば“筆頭株主”。WHOの予算は2年ごとに編成され、2018~19年は総額約56億ドル(約6047億円)。このうちアメリカは約15%に相当する約8億9千万ドル(約961億円)を出しています。
“筆頭株主”のご機嫌を損ねたテドロス・アダノム事務局長は15日の記者会見で「アメリカは長期にわたる寛大なWHOの友人で、これからもそうあり続けてほしい。トランプ大統領の決断は残念」と述べました。
1948年の設立以来続いてきたアメリカからの資金がストップするとWHOは大きな打撃を受けます。中国とアメリカに挟まれたテドロス事務局長の舵取りは大変ですが、「中国がきちんと情報開示していれば、もっと準備できた」という恨みは欧州にも渦巻いています。
「大国」なのに「途上国」の顔をして国際機関における義務を十分に果たさず、権利だけを最大限に主張するのが中国の戦略です。経済協力や新型コロナウイルス対策の支援をテコに中国は二国間外交で世界各国を手なづけています。
中国に逆らえないのはWHOのテドロス事務局長に限ったことではありません。トランプ大統領の圧力でたとえテドロス事務局長が更迭されたとしても“次のテドロス事務局長”が登場するだけでしょう。WHOに限らずトランプ大統領の“離脱ドクトリン”はアメリカの国際的な影響力を損なうだけです。
サプライチェーンを牛耳る中国
先進国は人件費が破格に安いという理由でサプライチェーンの大半を「世界の工場」である中国に依存してきました。世界金融グループ、モルガン・スタンレーによると、世界全体に占める中国のマスク製造能力は50%から一気に85%にアップしたそうです。
大国のアメリカでさえ一国ではN95マスクを十分に製造することはできないのが現状です。今回のパンデミックで世界のサプライチェーンが寸断された今、私たちのライフラインは中国に握られたと言っても過言ではないのかもしれません。
トランプ大統領の発言は第二次大戦後、アメリカが中心になって築き上げた国際機関を中心とした自由と民主主義に基づく世界秩序がガラガラと音を立てて崩壊し始めたことを意味しています。
中国の“マスク外交”
中国は米ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事に人工呼吸器1000台を送るなど、トランプ大統領と対立する政治勢力や地域に積極的に“コロナ外交”を展開しています。
中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)は次世代通信規格5G参入のため、まだ導入を決めていないカナダやフランスにマスクを寄付しています。
フランス通信社(AFP)によると、中国は3月1日以降に40億枚近いマスク、人工呼吸器1万6000台、防護服3750万着、検査キット284万個を輸出しました。
欧州連合(EU)の行政執行機関、欧州委員会は2月、中国に56トン以上の防護服やマスクを送りました。このお返しに中国はイタリアに200万枚のサージカルマスクと20万枚のN95マスク、5万個の検査キット、1000台の人工呼吸器を寄付したと報じられました。
しかし一部報道によると、イタリアは代金を請求され、スペインは約514億円も出して購入した人工呼吸器やマスク、手袋などのうち検査キット5万個に問題があったとして返品。オランダもマスク60万枚が基準を満たしていないとして突き返したそうです。
その一方でエピセンターは中国ではないというプロパガンダが強化されています。2019年10月末に武漢市で行われた世界軍人オリンピックに米軍人が来て、ウイルスが持ち込まれたと中国は主張しています。
トランプ大統領の狙いは責任逃れ
アメリカの人口は世界のわずか4.25%なのに、新型コロナウイルスによる死者は世界の22.6%。トランプ大統領は当初、新型コロナウイルスの猛威を対岸の火事として軽視、中国を称賛し、検査の拡充など対応が遅れました。アメリカの医療制度も大きな問題を抱えています。
最後にWHOの対応とトランプ大統領の発言を見ておきましょう。中国寄りのテドロス事務局長にも問題がありますが、アメリカで感染爆発を防げなかったのは明らかにトランプ大統領の責任です。
【WHOの対応とトランプ発言】
1月5日、WHOが武漢市で「原因不明の肺炎」発生と報告。中国に対する旅行制限や貿易制限に反対
1月9日、WHOが「中国当局が武漢市で入院した肺炎患者から新型コロナウイルスを検出」と発表
1月22日、トランプ大統領が「私たちは完全にコントロールしている。 感染者は中国から来た1人だけ。大丈夫だ」と発言
1月23日、WHOのテドロス事務局長が「これは中国の緊急事態であって、まだ世界の緊急事態にはなっていない」と緊急事態宣言を見送り
1月24日、トランプ大統領も中国の取り組みについて「努力と透明性に大いに感謝する」と称賛
1月30日、WHOが緊急事態宣言。トランプ大統領は「中国と協力している」と発言
2月2日、トランプ大統領が中国からの入国制限
2月4日、テドロス事務局長が旅行・貿易制限をしないよう求める
2月10日、トランプ大統領「理論に基づくと、4月までに少し暖かくなれば新型コロナウイルスは奇跡のように消えてなくなる」
2月11日、テドロス事務局長が世界の指導者に封じ込めを優先するよう呼びかけ
2月24日、トランプ大統領が「新型コロナウイルスはわが国では非常に制御されている。株式市場は私の目にはよく見え始めている」とツイート
2月27日、トランプ大統領「それは消えるだろう。 ある日、奇跡のように消えてしまう」
3月5日、テドロス事務局長が中国とアメリカを称賛
3月11日、WHOがパンデミック宣言。トランプ大統領「アメリカ人の大半のリスクは極めて低い」
3月16日、テドロス事務局長が「誰が感染しているか分からなければパンデミックを止められない」と検査の徹底呼びかけ。トランプ大統領も10人以上の集会禁止、バーやレストランでの飲食自粛、自宅学習を促す
3月26日、テドロス事務局長「われわれをバラバラに引き裂くウイルスとの戦争を戦っている」
4月7日、トランプ大統領が「中国中心だ」とWHOを批判
(おわり)