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L.A.のアジア系俳優、“白すぎる舞台業界”に立ち上がる

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
アジア系シアターカンパニーによる抗議のメッセージ(EWP/Instagram)

 軽視されるのは、もうたくさん。白人偏重の舞台業界で耐えてきたL.A.のアジア系俳優たちが、ついに声を上げた。

 きっかけとなったのは、南カリフォルニアで上演された舞台劇に対して与えられるオベーション賞。今年は、「Hannah and the Dread Gazebo」という劇に出演した韓国系アメリカ人女優ジュリ・リーがノミネートされていたのだが、今週火曜日のヴァーチャル授賞式で候補者の名前が読み上げられた時、彼女のファーストネームが間違って発音された上、彼女の顔写真の代わりに、やはりアジア系女優である共演者モニカ・ホンの写真が画面に登場したのである。

 自分の名前を間違って発音されることには慣れっこになっていたリーは、その瞬間、とくに怒りを覚えたわけではなかった。しかし、ソーシャルメディアで「あのミスは僕たちが耐えてきた辛さを象徴する。顔を間違えたり、名前を読み違えたり。僕らは人として注意を払ってもらえないのだ」「彼女がオベーション賞で侮辱を受けたのを見て、アジア系はいつも見逃されるのだということをあらためて実感した」などという投稿を見るうちに、これは自分だけの問題ではないのだと気づいたという。「Los Angeles Times」の取材に対し、リーは、主催者の非営利団体L.A.ステージ・アライアンスにとって「自分はそんなに重要ではなかったということ。彼らにとって、私は、名前もない、顔もない、たまたま候補入りしたアジア系の人だったのでしょう」と述べている。

「Hannah and the Dread Gazebo」を共同プロデュースしたイースト・ウエスト・プレイヤーズ(EWP)も激怒した。1965年にL.A.のアジア系俳優たちが創設したEWPは、アジア系俳優がステレオタイプでない役を演じられる機会を数多く提供してきたシアター・カンパニーだ。駆け出しの頃にはジョン・チョーもここで活動したし、ジョージ・タケイは近年も出演している。

 授賞式の翌日、EWPは、「私たちの名前が間違って発音されること、アジア系はみんな同じに見えると思われることは、初めてではありません。しかし、L.A.のシアターコミュニティの存在を強調し、アーティストたちを祝福しようという夜にそれが起こったことに、不快感を覚えます」と、L.A.ステージ・アライアンスを批判するメッセージをインスタグラムに投稿。さらに、「Hannah and the Dread Gazebo」はEWPとファウンテン・シアターの共同プロデュースであるのに、L.A.ステージ・アライアンスはひとつのカンパニーの名前しか出さない方針であることから、EWPの名前は授賞式で一度も出なかったことにも苦言を呈した。EWPは過去にもパサデナ・プレイハウスと共同プロデュースした作品で同じ経験をしている。「EWPは、アジア系アメリカ人俳優たちの活躍ぶりを見てもらえるよう努力しているのに、それらの作品でも、いつも白人のカンパニーが単独で名前を挙げられるのです」「正直に言わせてもらいます。オベーション賞は優秀な白人を評価するために存在するものです」というEWPは、「#LeavingLASA」のハッシュタグを掲げ、L.A.ステージ・アライアンスを脱退すると宣言した。

 この後、騒ぎはL.A.ステージ・アライアンスが予測しなかった規模に膨らんでいった。EWPの呼びかけに応じて、大手のセンター・シアター・グループやゲッフィン・プレイハウスなどを含むおよそ25の劇場団体が、「#LeavingLASA」のハッシュタグとともに次々にソーシャルメディアにメッセージを投稿し、L.A.ステージ・アライアンスからの脱退を表明したのである。その中の1団体で、耳の聞こえない役者たちのシアター・カンパニーであるデフ・ウエスト・シアターは、授賞式に字幕が付いていなかったことも、障がい者への意識が欠如していることの証明と批判した。この事態を受け、L.A.ステージ・アライアンスは謝罪の声明を発表。その中で、多様化に向けての努力を始めると宣言している。

 この出来事は、2016年、オスカーの演技部門候補者20人が2年連続で白人だらけだったことから起こった「#OscarsSoWhite」運動を思い起こさせる。映画芸術科学アカデミーはこの批判を真剣に受け止め、2020年までに女性会員とマイノリティ会員の数を倍にするという目標を即座に定めて、実際に達成してみせた。そうやって投票母体が変わったからこそ、昨年のオスカーで韓国映画「パラサイト 半地下の家族」が作品賞を受賞するという画期的なことが起きたのである。

 そんなアカデミーの奮闘を他人事と見ていたL.A.ステージ・アライアンスは、今、同じ問題に直面することになった。「Los Angeles Times」が報道するところによると、オベーション賞の投票者の大部分は白人で、L.A.ステージ・アライアンスの役員はひとりを除き全員白人、スタッフも全員が白人だという。最新の国勢調査によると、L.A.の人口のうち白人は28.4%。ヒスパニックまたはラティーノは48.7%、アジア系は11.5%、黒人は8.6%。彼らがいかに現実離れしているかは、この事実だけからも明らかである。アカデミーがやってみせたように、L.A.ステージ・アライアンスも、本気で大きな改革に挑むだろうか。2021年、生き残るために、それ以外の選択肢はない。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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