ルネサス、大丈夫か
ソニーが元ルネサスエレクトロニクスで自動車用半導体事業を先頭になってけん引していた大村隆司氏を9月1日から執行役員として迎え入れた。ソニーは7月26日のニュースリリースで9月1日付け役員人事として発表した。
大村氏は今年3月29日付け執行役員人事で執行役員常務兼オートモーティブソリューション事業本部長から単なるフェローに役員を退任させられていた。大村氏に代わって自動車部門のトップに就いたのは、山本信吾氏で、2016年から日産自動車、2008年からカルソニックカンセイ、2007年8月からGEキャピタル、2007年1月からGEフリートサービス、1991年からクラウンシーリング入社という経歴を持つ。この経歴から、現ルネサス社長の呉氏が山本氏を連れてきて、自動車事業のトップに置いたことは容易に想像できる。呉氏の経歴も、日本興業銀行を出発点として、GEキャピタル、GEフリート、カルソニックカンセイ、日本電産と歩んできたからだ。
だが、山本氏は半導体の素人。自動車を2年弱、フリートサービスを半年、カルソニックカンセイを8年間経験しただけのキャリアしか持たない。将来の自動車がどう変わり、半導体メーカーはどう提案していくか、というルネサスの本質的な対応ができているのだろうか。3月人事で、大村氏は完全にラインから外されたのである。
半導体は顧客の言われる通り設計・製造するモノではなく、半導体側からユーザーへ新しい半導体を使えばこんなこと、あんなことができます、と提案する時代になっている。つまり顧客のソリューション提案ができなければ、顧客に価値を与えることができない。半導体メーカー側は標準品を大量に作っていろいろな顧客に売れる商品であれば低コストで作れる。しかし顧客は自分だけの半導体チップにカスタマイズしたい。顧客がカスタマイズでき、かつ低コストで設計できる半導体を開発し顧客に提案することを日本で最初に訴求したのが大村氏だった。マイコンの価値は、どういう機能を持つから顧客にどういう価値を与えられ、さらに顧客がカスタマイズできるツールを提供することで顧客は差別化商品を持てる。このようなマイコンこそ、「売れる半導体」となる。
今年初めのCESでは、ルネサスはカナダの大学と共同で開発したクルマを展示し、帰国後にある展示会で大村氏とお会いしたときは、まだ意気揚々としていた。それが2月27日に役員の異動に関するニュースリリースが出てからは会っていなかった。
もう一つ、最近のルネサスは記者会見を本社で開かなくなった。経営陣が広報PRに力を入れることを優先しなくなった。このせいか、ルネサスの姿が全く見えなくなってきた。産業向けの展示会などで時々出展しているのを見かける程度にすぎず、ルネサスがどこへ行こうとしているのか見えなくなった。その割に、ルネサスが米国の半導体企業を買おうとしている、といううわさが聞こえてくる。買収したIntersilでも手に余っているのに、さらに買ってどうしようとしていくのか、疑問は深まる。広報活動を経営陣が無視すると、うわさ話に尾ひれがついて、事実から遠くかけ離れて誤解される危険性が高まってくる。だからルネサス、大丈夫か、と思う。
一方のソニーはCMOSセンサで50%のシェアを持っているが、クルマ市場ではシェアは極めて小さい。しかし、今後のクルマには、1台当たり5~6個、多い場合は10個以上CMOSセンサが載ると期待されている。だからこそ、ソニーはクルマ市場に力を入れたいと思っているはずだ。その意味で大村氏を迎え入れたことはソニーの未来を明るくするはず。スマホ市場は飽和傾向がみられ、リニアには成長するが、クルマ市場はこれからハイパーリニアで急成長する。クルマ市場ではまだON Semiconductorが強いが、これからはソニーが性能で優れているからクルマ市場でも勝つとみるアナリストもいる。しかしクルマ市場はスペックだけではない。品質・信頼性・フリッカーレス・広いダイナミックレンジなど要求は多い。
ソニーが裏面照射型CMOSセンサを発明・商用化したことは素晴らしいが、例えばこれまでの量産体制では、経営陣の投資判断の遅れが気になる。出荷先のAppleがソニーへ設備投資を促して初めて投資したが、このような経営姿勢では、クルマ向けのCMOSセンサでの成功はおぼつかない。クルマ市場では量産投資を促してくれる企業はいないからこそ、ソニー経営陣の半導体に対して積極的に投資しなければならないのに、それが今の経営陣でできるかどうか、これまでの姿勢を見ていると疑問は残る。
クルマ向けでソニーが正しい経営判断をするためにも大村氏の知恵を受け入れられるかどうか、ソニーの経営陣の姿勢が問われることになる。ソニーが受け入れた大村氏を生かすも殺すもソニー次第。しかし、生かしきれない場合はソニーの半導体に未来はなくなる。大村氏の意見がすべて正しいとは言い切れないが、少なくとも耳を傾けるという姿勢がなければならない。クルマ市場に今後どう向き合うのか、ソニー経営陣はしっかりしたビジョンを持ち、社員全員で共有するよう期待したい。
(2018/07/30)