大戸屋と高校生が本気で向き合った1年間〜学校と企業が本気で協働するPBLの現場から~
■本当にオワコンなの!?日本の教育
巷で酒のつまみのように語られる、「日本の教育は……」から始まる話。批判的な語り口は「教育をより良くしていきたい」という熱い思いの裏返しなのでしょう。
ただ「教育」とひと口に言っても、思い描く原風景もイメージも十人十色。経済力や家族の人数など、子どもたちの生育環境によって先生が配慮しなければいけない課題は変わり、コミットすべき時間配分も変わります。
実は日本の学校教育には、世界的に見ても誇るべきところがあります。一定水準の養成を受けた教員が、どんな小さな島にも配置されているため、都市と僻地で教育の質が大きく変わるということは”原則的には”ありません。
これは実はすごいシステムではないかと、他国の教育事情と比較するたびに感じます。
それでも「日本の教育」を批判する人たちの気持ちもわかります。
「今どき、この知識いりますか!?」と思う内容や、「もうやめていいのでは!?」と思う古くからの慣習など、疑問に思う風景も多いからです。
学校カリキュラムの基準として国が定める『学習指導要領』をよく読むと、カリキュラム構成や時間配分は、校長先生の判断で変えることのできる、ある程度の自由が与えられています。
それにも関わらず現場が「硬直しているような気がする」のは、なぜでしょう。
まずは、多忙な先生方が創造的にチャレンジしづらいということ。そして強い”横並び意識”のなかでは「一つのクラスだけで小さく実験して全クラス展開する」というような実験が難しいという現実があります。
巷の「日本の教育」論では、少人数教育が可能な私立の学校やオルタナティブスクールで行われるような、クリエイティブなプログラムと比べられがちです。
しかし一般的な学校では、さまざまな生育環境で育つ40人を”一つのクラス”としてまとめざるを得ません。
日々の運営に追われ、どうしても教育プログラムをアップデートしづらいことも想像できます。
このままでは、小学校の段階から目に見えない階層社会の”振り分け機能”が始まってしまっていることにも気づけぬまま、将来大人になったとき、「日本の教育は……」という恨み節を語る人を再生産していくことになりかねません。
そんな中、まだあまり知られていないのですが、日本の教育は今じわじわと、抜本的に変わろうとしています。
これまでも小・中学校では既に、アクティブラーニングのようなカリキュラムや、保護者や地域住民が運営に参画する『コミュニティ・スクール』の導入など、さまざまな教育改革の取り組みがなされてきました。
一方、取り残されているのは高校です。
大学受験をする高校生の44%(2019年度)が受ける『センター試験』という締め切りに間に合わせるためには、マークシートから正解を選ぶ力をつけるため”暗記する”教育を優先せざるを得ませんでした。
「時代の変化とともに、社会で求められる人材像が変わっているのであれば、入試での測定項目や方法も変わるべき」と、検討を重ねられ、ようやく、知識・技能だけではなく、思考力・判断力・表現力が問われるように改善が決定されたのです。
各大学の一般選抜入試でも、調査書・志望理由書・小論文・面接などを、必要に応じて取り入れるよう推奨されています。
入試が変われば、おのずと高校のカリキュラムも変わります。
多忙感の中でどう趣旨通りに実現するかは難しいところもありますが、実際に2022年からは、高校で『公共』『総合的な探究の時間』という新教科が始まることが決定しています。
各高校の現場では既に、段階的に導入が検討されはじめています。
「実際の社会で起きていることから学ぶ」「世の中の課題を自分の課題と捉える。自分で課題をみつける。その問題解決のために自分の頭で考えて、実際に行動に移し、その体験を学びに変えていく」という方針をカリキュラムの中核におくことを検討する学校も増えてきました。
こうした実体験からの学びを「PBL(Problem Based Learning:課題解決型学習)」とも呼びます。
「言うのは易し、やるのは大変」なPBLを、どのように取り入れていくかという転換期に来ていると言えます。
実際に”高校の教育”のなかに”社会”を取り入れるような取り組みを実現するためには「社会」側の協力が不可欠です。
学校側の努力だけで実現できるものではありません。
「日本の教育のために、できることがあれば協力したい」と思われる企業関係者の方々も、いらっしゃるのではないでしょうか。
ここで、企業によるPBL支援の先駆けともいえる事例を紹介したいと思います。
全国に定食チェーン「大戸屋ごはん処」を展開している『株式会社大戸屋』が、福島県立ふたば未来学園高校の生徒と、実際に店舗で販売するメニューを開発するという《子どもの学び応援プロジェクト》です。
■『高校生が考えました』では売れない。数字で結果を突きつけられる学び。
ふたば未来学園高校は、3.11の震災と原発事故の影響で、双葉郡内にあった5つの高校が全て休校となることから、2015年4月に新たに設立された学校です。今後の探究型の学校教育のモデルとして注目を集めています。
一方、実際に入学してくる生徒たちは各々が厳しい避難体験を抱えています。
思うように勉強や部活に向き合えずに苦しむ生徒たちの心を支えながら、「探究学習」という新しい取り組みも開発する。この2つを両立する必要がありました。
そこで、被災地などで学習が困難な子どもたちに「ナナメの関係」で伴走し、子どもたちの意欲を引きだす活動を続けてきた認定NPO法人カタリバが2017年からサポートに入り、先生たちと共に「探究学習」の授業作りに取り組んできました。
大戸屋では2013年から、カタリバが宮城・岩手で先駆けて取り組んできた被災地支援事業への寄付付きメニューを販売して頂いています。
そして2018年、もう一歩進んだ形で子どもたちをサポートしたいと《子どもの学び応援プロジェクト》が始動しました。
'''■始めてみると…「これは思ったよりも大変だ」と頭を抱えた''
実際に授業を担当した大戸屋商品開発部長の金澤さんをはじめ、社員のみなさんにお話を聞いてみました。金澤さんたちは隔週で福島に通い、ふたば未来学園高校の生徒たちとメニュー開発に取り組みました。
プロジェクトの始まった4月、金澤さんが「どんな定食を作りたい?」と聞くと、生徒たちは「僕は中華が好きだから、辛い中華っぽい味のものがいいな」「僕はお肉が食べたい」と自分たちの食べたいもの、好きなものを提案してきました。
今回の取り組みに参加した生徒は、「参加したい!」とこの企画に自ら手を挙げたわけではありません。
ごく普通の高校生が、はじめは”日常の授業の延長”のような感覚で参加していました。
当たり前と言えば当たり前なのですが、主体性あふれる提案をどんどんしてくるという姿勢はみられませんでした。
「これは……思ったよりも大変だ。時間がかかるぞ」社員のみなさんは頭を抱えました。
それまで生徒たちは、地元での小規模な商品開発の経験はありました。
しかし全国で販売される可能性があるような商品の開発は、もちろん初めての体験です。
「なんとなく大戸屋っぽいから」と凍り豆腐の煮物を鍋いっぱい作って提案してきたこともありました。
「これ、食べたい?」と聞くと「食べたくない。こういうものを求められているのかと思って」と答えました。
大人が持っている「正解」を探しさなくてはいけないと思ったようです。
コラボメニューの販売は、夏と冬の2回行うことになりました。
商品を世に出せば、どんな結果でも数字が評価として返ってきます。
「『福島の高校生が考えました』だけでは、商品は売れません。大事なのは、きちんと市場に受け入れられたかどうか、たとえ厳しいものであっても数字で評価されるという経験です。これが商品開発という体験を、子どもたちの本当の学びにするためのポイントです」(金澤さん)
■あえて”悪役”に。生徒の目が変わった瞬間
第一弾ではなかなか生徒の提案が進まず、煮詰まってしまったことがありました。
「そもそもやりきれるのだろうか」と、大戸屋の社員・教科担任の先生・カタリバのスタッフの三者で話し合いの場を設けました。
どうしても生徒の「授業だから、先生に言われたから、やらされている感」が拭えない。
そこで、一度伝えるべきことを厳しく伝え、向き合うことに決めました。
「本当に食べてもらいたいと思っているのか。君たちが本気でやらないなら、もう販売しない。心から良いと思ったものを提案してほしい。僕らが全力で商品にするから」(金澤さん)
どこか「高校生が相手」という遠慮もあったと思います。
生徒に伴走するという初めての挑戦に、とことん子どもに寄り添って取り組まれた金澤さん。
企業人として働く日常のなかでは、身内でもない高校生に叱咤するという機会もなかなかありません。
教育を仕事にする人にとっては”当たり前”のことが、異なる業界で働く人にとっては初めての体験になります。
しかし、社会の厳しさや生徒たちの考えの甘さを、彼らに本気で伝え続けたことで、生徒たちの目の色が変わりました。
金澤さんも手応えを感じました。
「だめって言われると思ったから、言わなかったけど…こういうものを作りたいと思っていた」と、生徒たちの主体的な提案も少しずつ出てきました。
「地元の郷土料理を知ってほしい」とメニューを形にし、昨年10月に第一弾コラボメニューをなんとか販売しました。
しかし、第一弾の結果として出てきた数字は厳しいものでした。
消費者ニーズは、『高校生とのコラボメニューだから』という理由だけで、簡単に通常以上のヒット商品になるようなことはなかったという当然の結果。
現実は甘くありません。経済合理性だけを考えれば、昨今の厳しいビジネス環境にさらされる大戸屋にとっても、これ以上のコストをかけてこのプロジェクトに取り組む理由はありません。
ところが大戸屋は、「第一弾の経験をもとに、ここから子どもたちの本当の学びが始まる」と、第二弾の続行を決定されました。
第二弾メニューでは、考案が始まった時点から生徒の様子は変わっていました。
”やらされている感”で動くのではなく、取り組む姿勢と主体性がありました。
ビジネスの基本である『需要』を意識しはじめた生徒たちは、ターゲットについて議論し、購買層である大人たちにアンケートを取りはじめました。
■第二弾は大人たちも驚く完成度の高さに
こうして生まれた第二弾のメニュー「牛肉と里芋のみそ煮定食」は、忙しい冬から初春にかけての時期にぴったりな、心も体もホッとする優しい味に仕上がりました。
試食した大人たちも「おいしい」と顔がほころびました。
現在、期間限定メニューとして全国の大戸屋で食べることができます。
この商品の収益の中から、1食あたり20円がカタリバが運営する『コラボ・スクール』に寄付されます。
ぜひ、福島の高校生が”忙しい大人たち”に届けたいと考えて生みだした定食を味わってみてください。
■「子どもが主導の体験」を生むには
PBLや「探究学習」には、「子どもの参画の梯子(はしご)」という考え方があります(※下図参照)。
はしごの低い段階では、「大人にやらされている」状態。中段になると、「大人が主導だけれど、子どもの意見も反映される」状態。
そして上段が「子どもが主導で行う」状態です。
この「子ども主導」の体験になって初めて、「自分がやりたいからやった。だから過程も結果もすべて自分のものとして受け止められる」体験になります。
今回の大戸屋の《子どもの学び応援プロジェクト》では、徹底的に子どもたちの主体性を大切にした大戸屋の皆さんのスタンスが、生徒を変えました。
'''もちろん、ゴールやプロセスを大人が用意して、「こうすれば良いんだよ」と見せてしまったほうが楽だったでしょう。
でも、それでは「主体的・対話的で深い学び」にはなりません。
'''子どもを先導するのではなく、伴走するのは大変なことです。
時間も忍耐力も必要とされます。そうした大人の姿勢があったからこそ、一年間を通してはしごの上段にまで到達できた取り組みでした。
これから日本中でPBLや「探究学習」の機会が増えていくでしょう。
私達大人は、どのように”本当の”子ども主導の体験を作っていけるのか、その学びにもなるプロジェクトだったと思います。
大戸屋とカタリバがそれぞれの得意なことを生かし、共同で子どもの学びを応援する取り組みは、まだまだ続いていきます。
今後は新たな形に発展していく予定です。ご注目ください!