「帰りたくない、日本で進学したい」在留資格の壁にぶつかった18歳
「『あなたの母語、日本語?』と聞かれた時が、1番ショックでした。日本人らしく振る舞おうとしても、発音と言葉遣いは限界があると感じました」
「3カ国で生まれ育ち、5カ国にルーツがあると話すと「雑種」と言われることもありました」
これらは、子ども時代に日本へと来日し、外国ルーツを持ちながら日本で育ってきた経験を持つ「ROOTSプロジェクト」のメンバーたちの声です。
私が代表を務めるNPOカタリバでは、外国にルーツのある高校生を支援する「ROOTSプロジェクト」を2019年よりスタートしました。平成30年度の文部科学省の調査では、日本語教育を必要とする高校生は、この10年間で約2.7倍に増加しています。
この記事では、私たちが出会ったスザンくん(仮名)の話を通して、外国ルーツの子どもたちが置かれている状況を知ってほしいと思います。
「日本で進学したいのに…」急に夢が叶わなくなった高3のスザンくん
スザンくんは、中学生の時に来日し、定時制高校に在学していた生徒でした。
日本での進学を希望していたスザンくんですが、「あと少しで定時制高校を卒業できる」という高校3年生の時期に、彼の両親が様々な事情で母国へ帰ることが決まりました。
兄が社会人として日本で働いていたため「自分がスザンの面倒を見る」と申し出てくれていましたが、当時のスザンくんが持っていたのは「家族滞在」という在留資格。両親が日本にいない場合、日本で生活し続けられないものでした。
「中学生の頃から日本で生活して頑張ってきたことが、全部水の泡になってしまう。だから日本で進学したい。母国に帰っても友だちもいないし、帰りたくない」。スザンくんはそう話しました。
スザンくんが日本で生活し、学校に通い続けるためには、在留資格を「留学」に変更する必要があります。しかし、定時制高校は「勤労青年が通う場」という認識が前提となっていたため、学ぶことが目的の「留学」ビザへの変更はできませんでした。
強制送還か、自発的に帰国する選択肢しか、残されていない——。スザンくんは、そんな状況にありました。
「在留資格を変えられないか」入管庁に意見を届ける
スザンくんに伴走したのが、カタリバのパートナーとして「ROOTSプロジェクト」を共同で実施している、一般社団法人kuriya代表の海老原周子さん。
海老原さん自身も、幼少期はペルー、中学時代はイギリスで生活していたという経験の持ち主です。kuriyaは2009年から活動を開始し、外国ルーツの高校生に対して、中退予防やキャリア支援の取り組みを行ってきました。
海老原さんはスザンくんの話を受けて、教育委員会のユースソーシャルワーカー(若者を取り巻く生活、家族等の様々な問題の解決と軽減を行いながら、彼らが自立した社会人として成長していくための支援を行うスタッフ)と共に、担任の先生と、今どんな状況にあるかのヒアリングを実施。
相談できる弁護士や行政書士がいるかを確認し、学校の管理職の先生方とも情報を共有しながら、日本での生活を続けられる方法を諦めずに探しました。
また、「働きながら定時制高校に在籍している生徒もいる一方で、必ずしも働くことを目的としていない生徒もいます。そんな状況があるにもかかわらず、在留資格を変えられないのは、制度が現状に追いついていないのではないか」と入管庁へ意見や実態を伝えました。
入管庁の方々にも「現状に沿った対応をする必要がある」と感じていただけたこともあり、スザンくんの在留資格は「留学」に変更されました。
ビザ変更が叶い、日本でITを学び始めたスザンくん
制度の盲点に働きかけ、スザンくんが一つの事例となったことは、同じような状況に置かれた外国ルーツの子どもたちにとっても、大きな一歩。カタリバがNPOとして教育委員会や入管庁と連携しながら、一人の子どもの将来について、対話を重ねながらベストな道を考えることができたのも、大切な出来事でした。
スザンくんは無事に高校を卒業し、いまは専門学校へと進学。「ITの勉強がしたい」という夢も叶え、将来に向かって歩み始めています。また、「自身が苦労してきた経験を活かしたい」と、カタリバのプログラムに参加する外国ルーツの子どもたちを支えてくれています。
しかし、スザンくんだけを助かった幸運な事例として終わらせてはなりません。「在留資格の壁」にぶつかる外国ルーツの子どもたちは、もっと多く社会に存在します。29種類ある在留資格のうち、「家族滞在」や「公用」といった一部の資格は、政府の奨学金が対象外となるケースもあります。
入管庁の報告によると、2020年末現在、「家族滞在」の在留資格で日本にいる外国人は196,622人。扶養を受けて生活する配偶者もこの資格に含まれるため、この全員が子どもではありませんが、スザンくんと同じリスクを潜在的に抱える子たちがいると推測できます。
現在の制度では、高校を卒業して一定の要件を満たせば、「家族滞在」から就労時間に制限のない在留資格への切り替えは可能です。それでも、不慣れな日本語環境の中で、高校卒業自体へのハードルが高く、中退を選ばざるを得ない子どもたちもいます。
マイナスをゼロにするだけでなく、可能性にも目を向けて
外国ルーツの子どもたちを多く見守ってきた海老原さんは、こんな風に話します。
「日本語教育を必要としている高校生が学校を中退する割合は、公立学校に在籍する高校生の7倍以上。さらに、非正規就職率は約9倍、進学も就職もしていない生徒の割合は約3倍です。これまで暮らしていたコミュニティから離れて来日するので、子どもたちや保護者は日本語が話せず、孤立している場合があります。社会関係資本が少ない状態に対し、生活面での支援も必要です」
「スザンくんは、日本語や英語など4カ国語を使うことができる前途有望な存在です。外国ルーツの子どもたちへは様々な支援が必要ですが、一方で、彼らの才能や可能性を伸ばしていく姿勢が求められています。海外で実施されている外国ルーツの若者のためのリーダーシッププログラムやエンパワメントプログラムは、日本ではほとんどありません。具体的なカリキュラムが学校内外で求められています」
マイナスをゼロにするだけでなく、彼らの可能性や得意なことにも目を向けていく。これからは、そうした関わり方が求められているのかもしれません。
NPOカタリバでは、子どもたちの将来を見据えたカリキュラムの提案や授業連携、生徒のサポートに役立つ情報を閲覧したり専門家へ相談したりできる「先生サポートツール」の開発、子どもたちが隙間時間に面接練習やロールモデルとの対話などを受けることのできる「オンライン連携・伴走」を行っています。
多様な背景を持っている外国ルーツの子どもたちは、適切なサポートがあれば、社会で大きな能力を発揮できるはず。子どもたちひとりひとりの声に学びながら、現状を変えていきたい。私たちは、そう考えています。
マイノリティの子どもたちを取り残さない未来へ
外国ルーツの子どもたちに限らず、マイノリティの子どもたちが持つニーズは非常に見えづらいものです。
何に困っているか、自分の困りごとをわかりやすく話せる子どもは、ほとんどいません。課題や生きづらさが複数組み合わさった状況を抱えていることも多く、既存の支援フローやプログラムだけでは、支援が届かないこともあります。
ひとりひとりの置かれた状況を、隣できちんと聞きながら、それぞれにあわせたサポートを行っていくこと。それが、これからの社会に求められています。
誰も取り残さず、全ての子どもたちの意欲を育んでいくことを諦めない。そのためにどうしたらいいか、みなさんと引き続き考えていきたいと思います。