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ホテルレストランの男性スタッフが【腕時計を内側に着ける】理由

瀧澤信秋ホテル評論家
男性スタッフの腕時計は内側に向けられていた(筆者撮影)

腕時計あれこれ

緊急事態宣言下、不要不急の外出が憚られるご時世にあって、目下都心のホテルで長期滞在しているが、やはり基本的には客室に籠もる毎日だ。酒類の提供も叶わないレストランは、朝食の提供はあるもののほとんどがクローズしている。ホテル暮らしは本当に快適なのか?といった実際については追ってレポートするが、そんな少々寂しいホテルにいると賑やかだったホテルのあれこを思い出すことがある。

レストランスタッフの腕時計にまつわる話もそんな思い出のひとつ-

そもそも、腕時計は時間を確認するためのグッズというのは基本として、ファッションアイテムとしても注目されてきたし、最近ではApple Watchのように多彩な機能を併せ持つ、もはや腕時計とはいえないようなタイプまで登場している。腕時計の需要について考えてみると、まだ携帯電話すら無かった頃はある種の必須アイテムとして必要度は高かったように思う。

携帯電話の登場により電話が時計代わりとなり、スマートフォンの劇的な普及もあってか時間の確認はスマホでOKと、腕時計に縁遠いという人は増えたかもしれない。筆者の印象の域を出ず恐縮であるが、そういえば昔に比べて街中で時計をみかけるシーンが少なくなった。街中というより、お店の中で時間を確認しようとするも、壁掛け時計など探しつつ、あれ?ないなぁというシーンも増えたように感じている。

他方、腕時計は必須というビジネスマンの友人もいるし、接客仕事であれば時間を確認しようにもお客の前でいちいちスマホを取り出すわけにもいかないので、やはり腕時計は助かるという声も。その場に壁掛け時計があればさりげなく目視出来そうだが、前述の通り無い場合もあるだろう。壁掛け時計が似合わない空間として筆者が思い浮かべる場所が、ハイセンスなホテルやダイニングレストランだ。事実、壁掛け時計などを置かないことがポリシーという話も聞いたことがある。

ゲストに時間を気にさせないよう

時間を忘れることは非日常感への近道。忙しい日々を忘れてゆったりしていただきたいというお店にはやはり壁掛け時計は似合わない。そんなお店の気遣いは日常を忘れるゆったり時間を我々に与えてくれる。そんな素敵な演出の一方、現場の第一線でサービスに従事するスタッフにとって時間の把握はかなり重要だろう。中には腕時計は外すという人もいるだろうが、ゲストの予約時間からピークタイムの把握や確認、送迎タクシーの到着時間などなど、サッと想像しただけでも時間の確認が必要とされるだろう様々なタイミングを想像できる。

時間を忘れさせてくれるゆったりとしたリゾートホテルダイニング(筆者撮影)
時間を忘れさせてくれるゆったりとしたリゾートホテルダイニング(筆者撮影)

ホテルのダイニングレストランもそんなシーンが思い浮かぶ場所だ。隅々までホスピタリティマインドが行き渡る空間において、やはり非日常感の演出は重視する事柄のひとつというレストランスタッフの声は多い。ゆえにそこには気遣いが溢れている。様々なホテルカテゴリーの中でも、リゾートホテルは日常の時間とは無縁なサンクチュアリといえる業態のひとつだろう。

前回の緊急事態宣言期間を終えたリゾートホテルのダイニングレストランで印象的なシーンがあった。その若き男性スタッフは、一言でいうなら透明感を纏っているような方。何か特別なことをしてくれるわけではないのだが、ゲストとの距離感、自然な振る舞い、欲しいものがサッと出てくる気遣い等々、オーラ溢れるといった方ではないが、忘れられない存在感というものがあった。これはもう天性の才能というしかない。

そんな彼の腕に着けられた時計が気になった。内側に向けて着けられているのだ。腕時計をどちらに向けて着けるのかという点でいえば、内側は一般的に女性というイメージだ(もちろん男性でも内側という方もいる)。そのホテルで他の男性スタッフをみてみると、みなさんやはり外側に向けて着けている。

彼の腕時計の向きがちょっと気になったので「どうして内側に着けているのですか?」と聞いてみた。続けて咄嗟に理由を想像し「お客に時計の文字盤が見えてしまうと日常を感じさせてしまうといった配慮ですか?」と確認してみた。ゲストに文字盤が見えないようにという話は、以前某御三家ホテルのベテラン料飲マネージャーから聞いた話の受け売りだったが、彼の答えは別のものであった。

“そんなことに気遣わせてしまって…”と恐縮しつつ「もちろんそういうこともありますが…」と前置きし「外側に向けて着けていると、腕時計を確認しようとすれば腕を構えるまではいかずとも、不自然な体勢になります」「内側に着けていれば何かを運びながらの時でも自然に確認できるのです」と話してくれた。時間を忘れて愉しんでいただきたい一心で、自分たちがゲストにどう見えるのかにも気遣う若き男性スタッフ。ホテルの魅力、奥深さを改めて感じつつ、自身に人生の大切な何かを気付かせてくれた時間だった。

1日も早く活気が戻ることを願わずにはいられない(筆者撮影)
1日も早く活気が戻ることを願わずにはいられない(筆者撮影)

時にゲストの人生も変える力のあるホテルのホスピタリティ。ドラマ溢れるダイニングレストランへもコロナ禍・緊急事態宣言は大きな影響を与え続けている。金銭的な損失やあらゆる機会の損失といったリアリティある側面はもとより、時に人々の人生を変えてくれるようなその瞬間も奪っているのかもしれない。

ホテル評論家

1971年生まれ。一般社団法人日本旅行作家協会正会員、財団法人宿泊施設活性化機構理事、一般社団法人宿泊施設関連協会アドバイザリーボード。ホテル評論の第一人者としてゲスト目線やコストパフォーマンスを重視する取材を徹底。人気バラエティ番組から報道番組のコメンテーター、新聞、雑誌など利用者目線のわかりやすい解説とメディアからの信頼も厚い。評論対象はラグジュアリー、ビジネス、カプセル、レジャー等の各ホテルから旅館、民泊など宿泊施設全般、多業態に渡る。著書に「ホテルに騙されるな」(光文社新書)「最強のホテル100」(イーストプレス)「辛口評論家 星野リゾートに泊まってみた」(光文社新書)など。

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忌憚なきホテル批評で知られる筆者が、日々のホテル取材で出合ったリアルな現場から発信する辛口コラム。時にとっておきのホテル情報も織り交ぜながらホテルを斬っていく。

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