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オスカーノミネーションの投票にルール違反の疑惑。アカデミーが再調査を行う

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「To Leslie」でオスカー候補入りしたアンドレア・ライズボロー(写真:ロイター/アフロ)

 多かれ少なかれ、オスカーノミネーションにサプライズはつきもの。入ると思われていた人や作品が逃したかと思えば、予想外の人や作品が滑り込むこともある。とは言え、たいていの場合、それらはある程度の範囲内だ。

 だが、24日に発表された今年のノミネーションで、主演女優部門に「To Leslie」のアンドレア・ライズボローが入っていたのには、みんな度肝を抜かれた。ここまでに発表されてきた批評家賞に一度も引っかかってこなかったばかりか、アワードシーズンに関する会話の中にもまるで名前が出てこなかった彼女が、いきなり一番重要な賞に躍り出たからだ。

「To Leslie」は全世界でわずか27,000ドルしか売り上げておらず、アメリカでも配信でデビューの前に1週間だけ超限定で劇場公開したのみ。業界人でもタイトルすら知らなかった人が少なくないのである。そのせいで早くから有力視されていたダニエル・デッドワイラー(『Till』)やヴァイオラ・デイヴィス(『The Woman King』)という黒人女優ふたりが蹴落とされ、この部門に黒人がひとりも入らなくなったことも影を落とす。

主演女優部門に候補入りが有力視されていた「Till」のダニエル・デッドワイラー(Courtesy of Orion Pictures)
主演女優部門に候補入りが有力視されていた「Till」のダニエル・デッドワイラー(Courtesy of Orion Pictures)

 ライズボローは、長い間業界で尊敬を受けてきた大ベテランの英国女優。昨年は豪華キャストが揃うデビッド・O・ラッセル監督の「アムステルダム」にも出演した。オスカーにノミネーションされたことは一度もなく、これまでのキャリアと実力を考えれば、彼女が候補入りしたこと自体に文句がある人はいないだろう。

 それでも、あまりにミステリーが多い。ノミネーション発表の後には当然、なぜ急に彼女が出てきたのかについての記事がいくつか出た。それらによると、ケイト・ウィンスレットやエイミー・アダムスなど大物女優が登壇する投票者向け試写が組まれるなど、短期間に集中した草の根のキャンペーンが行われたとのこと。ほかにも何人かの俳優がソーシャルメディアにライズボローをプッシュするコメントを積極的に投稿した。

 ノミネーション段階で演技部門に投票するのは、俳優の部署に所属するアカデミー会員だ。同じ役者仲間として、本音でライズボローに敬意を払いたかった会員は、実際多かったのかもしれない。それでも、オスカーの主催者もやはり疑問が拭えないらしく、現地時間27日、アカデミーは、投票の再調査を行うと声明を発表した。その声明は、ライズボローを名指しすることなく、「今年の候補者に対し、ガイドラインが破られることがなかったかを確認するために再調査を行います」「ソーシャルメディアとデジタルコミュニケーションの時代、ガイドラインに変更が必要かどうかを検証します」とある。その一方で、声明は、「投票のプロセスは正当であったと私たちは自信を持っています。優れた演技のための草の根のキャンペーンを私たちは支持します」ともうたっている。

候補入り後に資格を失うことはきわめて稀

 キャンペーンのガイドラインが破られ、一度候補入りした人が落とされたことは、95年の歴史でもめったにない。最近の例は2014年。「Alone Yet Not Alone」(日本未公開)で歌曲部門に候補入りした作曲家ブルース・ブロートンが音楽の部署の会員に個人的にメールを送ったことが発覚して資格を失った。何らかの賞に投票権を持つ人なら、「あなたの一票を」のメールはあちこちからしょっちゅう受け取るものだが、ブロートンはアカデミーの音楽の部署のトップを務めたこともあり、影響力を行使したと見られたようだ。

 ノミネーション発表直後、ライズボローは、「Deadline.com」に対し、「衝撃を受けています。こんな光が差し込むことはまるで期待していませんでした。どこにも引っかかってきませんでしたし、こんなことが起こるなんて信じられません。たっぷりの支持をいただいてはきましたが、本当にそれが起こる可能性はものすごく遠く感じられていたのです」と述べている。

 彼女にとって、これは人生で最高の出来事だったはず。なのに水を差されてしまったとは、なんとも気の毒だ。だからこそ、今の段階でちゃんと調査してもらい、不正はなかったと証明されたほうが、彼女にとっても良いことだろう。3月12日、彼女が堂々とレッドカーペットに立てるためにも、そして今後ノミネーションを狙う人たちのためにも、しっかりした調査結果が待たれる。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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