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『はいよろこんで』に聴く「ペンタトニック」と「シ」と「ラ」と「ダメ押し」の魅力【月刊レコード大賞】

スージー鈴木音楽評論家、ラジオDJ、小説家
こっちのけんと「はいよろこんで」MVより

 東京スポーツ紙の連載「スージー鈴木のオジサンに贈るヒット曲講座」と連動して毎月お届けする本企画。今月、もっとも印象に残った曲といえば、何といっても、こっちのけんと『はいよろこんで』。

 「こっちのけんと」という名の、人気俳優・菅田将暉の実の弟さんによる、この不思議な不思議な歌が、頭からこびり付いて離れない1か月でした。最新の(7/31付)ビルボードジャパン・ホット100で8位。

 東京スポーツの連載で「24年の夏は『はいよろこんで』の夏になる」と書いた手前、何とか上へ上へと突き進んでほしいと思っています。

 というわけで、今回は、この摩訶不思議な『はいよろこんで』を単なる不思議で終わらせず、真面目に音楽理論的な分析をしてみましょう。取り寄せた楽譜をじっくりと眺めていると、「不思議」の背景に、いろいろな音楽的工夫が見えてきたのでした。

ペンタトニックで押した後に出てくる「シ」の力

 メロディの音階は、全体的にペンタトニック(五音音階)になっています。ペンタトニックとは「ラ・ド・レ・ミ・ソ」の5音しか使わない音階で(しかし途中で絶妙に「シ」が出てくる=後述)、日本の演歌やアメリカのブルース、ひいてはスコットランド民謡『蛍の光』まで、世界的に使われている土着的でシンプルな音階です。

 最近の日本の音楽シーンでは、藤井風や米津玄師、星野源、山口一郎などが、ペンタトニックを上手く使う「ペンタトニッカー」(私の造語)に挙げられます。彼らの作るメロディが、どことなく人懐っこい感じがするのは、このシンプルな音階にも起因しているのです。

 冒頭(上動画0:09)「♪はい・よ・ろ・こん・でー」は「♪ミ・レ・ド・レ・ラー」(キーはBm。以下「移動ド」として主音Bの音を「ラ」として表記)。

 ただし、ここのコード進行は「Fmaj7→E7→Am7→Gm7」(キーBmをAmに移調)と、今とても流行っている、椎名林檎『丸の内サディスティック』(99年)のコード進行、いわゆる「丸サ進行」(の変形)となっていて、適度におしゃれな感じも漂わせるのがニクいところ。

 メロディにおけるシンプルな音使いはさらに徹底されます。続く(上動画0:22)「♪差し伸びてきた手」から「嫌嫌で生き延びて」までは、「ラ」の音だけしか使わない(それでも譜割りが複雑で飽きさせません)。

 その上で、次の(上動画0:26)「♪わからずやに盾」が「♪ララ"シ"ド"シ"ラソ」となっていて、ここまでペンタトニックで押してきた後、満を持して「シ」を入れたこの音列が、とてもメロディアスに感じてグッと来ます。

 ちなみに「ペンタトニックで押した後、満を持して『シ』を入れてグッと来る」で思い出すのは、H Jungle with t『WOW WAR TONIGHT〜時には起こせよムーヴメント』(95年)です。

 この曲、ずーっとペンタトニックで進むのですが(日本ペンタトニッカーの元祖?=吉田拓郎風)、曲の中盤(上動画2:54)「♪(いつもの俺らを捨てる)よ」と終盤の(上動画4:00)「♪(ひたすら眠るだけだか)ら」で突然「シ」が出てきて、曲の風景がグッとエモくなるのが、分かりますでしょうか。

主音「ラ」で落ち着く「♪ブン」

 『はいよろこんで』に戻すと、私がいちばん好きなフレーズは、話題のモールス信号的フレーズ「♪トントントンツーツーツートントン」よりも、その前の「♪ブン・ブン・ブン」です。ここの音階が四分音符の「♪ミ・ソ・ラ」になっていて、最後が主音「ラ」で落ち着くのがたまりません。

 この「四分音符の『ラ』で落ち着く♪ブン」の既視感をたどれば、今年初頭に、ネットでバズった『DubiDubidu (Chipi Chipi Chapa Chapa)』(03年)を思い出しました。

 (上動画の「0:46」くらいから)「♪チピチピ・チャパチャパ・ドゥビドゥビ・ダバダバ」を受けてくる「♪ブン・ブン・ブン」を思い出したのです。こちらは「♪ラ・ラ・ラ」と主音「ラ」の四分音符3連発で、さらにギュッと締まった感じになる。

 この「♪ブン・ブン・ブン」の締まった感が、『DubiDubidu』のバズった理由として大きいと思います。そして同系統の「四分音符の『ラ』で落ち着く♪ブン」が、『はいよろこんで』でも奏功しています。

「ダメ押し」まで含めてたった2分40秒

 そしてダメ押し的な「♪ギリ・ギリ・ダンス」(♪"シ"ド・"シ"ド・ラ)では、また「シ」が出て来て(このパート、私は『ゲラゲラポーのうた』-14年-を想起しました)、この後にもさらに大サビ(上『はいよろこんで』動画1:27)「♪怒り抱いても~」も用意され、さらには楽曲としての盛り上がりのピーク(上動画1:52)「♪分かれ道 思うがまま Go to Earth~」でダメ押しされ、まさにお腹いっぱい。

 あとダメ押しのダメ押しとして、最後の最後の控えめな「♪トン」の可愛さたるや――。

 驚くべきことは、これが、トータルたった2分40秒に詰め込まれているということです。

 この「あれこれいろいろてんこ盛りで、それでも2分台後半で終わっちゃう」という感じは、BTS『Butter』(21年)の2分44秒に匹敵すると思うのですが。

 と、そんな音楽的要素あれやこれやに加えて、異常にチャーミングなMV(かねひさ和哉のセンス爆発)が加勢、さらに窮屈な社会を皮肉るような歌詞が乗るのですから……こりゃ何度も、聴きたくなるわけです、よろこんで。

 以上、ヒットの要因を私なりに、後付け的に音楽的に考察してみました。ただ、音楽理論から組み立てたというよりも、思い付いたアイデアを、面白がりながらいろいろと入れ込んでみたという、「悪気のない感じ」が最大のヒット要因のような気がします。

 さぁ、今年の夏は『はいよろこんで』の夏になるのか。なると予想しちゃいますよ、はいよろこんで。

  • こっちのけんと『はいよろこんで』/作詞:こっちのけんと、作曲:GRP・こっちのけんと
  • 椎名林檎『丸の内サディスティック』/作詞・作曲:椎名林檎
  • H Jungle with t『WOW WAR TONIGHT〜時には起こせよムーヴメント』/作詞・作曲:小室哲哉
  • Christell『DubiDubidu (Chipi Chipi Chapa Chapa)』/作曲:Claudio Prado
  • キング・クリームソーダ『ゲラゲラポーのうた』/作詞:MOTSU、作曲:菊谷知樹
  • BTS『Butter』/作詞・作曲:Jenna Andrews・Rob Grimaldi・Stephen Kirk・RM・Alex Bilowitz・Sebastian Garcia・Ron Perry

音楽評論家、ラジオDJ、小説家

音楽評論家。ラジオDJ、小説家。1966年大阪府東大阪市生まれ。BS12『ザ・カセットテープ・ミュージック』、bayfm『9の音粋』月曜日に出演中。主な著書に『幸福な退職』『桑田佳祐論』(新潮新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『平成Jポップと令和歌謡』『80年代音楽解体新書』(ともに彩流社)、『恋するラジオ』(ブックマン社)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『1984年の歌謡曲』(イースト新書)など多数。東洋経済オンライン、東京スポーツなどで連載中。2023年12月12日に新刊『中森明菜の音楽1982-1991』(辰巳出版)発売。

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