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英国のNGO、パンデミック下でのホロコースト生存者の証言収集はバンで:Zoomよりも対面が効果的

佐藤仁学術研究員・著述家
ホロコースト生存者のイベントにて。エヴァ・クラーク氏(左から5人目)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

進む「記憶のデジタル化」

 第二次世界大戦中にナチスドイツが約600万人のユダヤ人やロマ、政治犯らを殺害した、いわゆるホロコースト。戦後75年以上が経過して、ホロコースト生存者も高齢化が進み、近い将来にはゼロになる。そして現在でもホロコースト時代の体験を語り継ごうと生存者らは、ホロコースト博物館や学校などで講演を行ってきた。また生存者のインタビューを動画で録画して当時の体験を語ってもらい、インターネットで世界中に配信したり、ホログラムとしてバーチャルでリアルタイムにホロコースト生存者と会話ができるようにするなど、記憶のデジタル化も積極的に進められており、それらは欧米やイスラエルなどのホロコースト教育でも大いに活用されている。

 だが、2020年は世界規模での新型コロナウィルス感染拡大のために、ホロコースト生存者らの博物館や学校でのリアルな講演はできなくなってしまった。その代りに、多くのホロコースト生存者らがZoomを活用してオンラインで講演を行うようになった。今までのように博物館や学校などに行かなくてもホロコースト生存者の講演を世界中どこからでも視聴できるようになったメリットは大きい。また高齢のホロコースト生存者も学校や博物館まで歩いて、大勢の聴衆を前にして講演をすることは肉体的にも疲れてしまうが、自宅でZoomの前で話すのであれば、体力的に弱っていても可能であることから、生存者にとってもメリットがあった。だが、ホロコースト生存者でZoomを使用してオンラインで講演をして当時の体験を語れる人はほんの一握りである。家族がZoomを設定して使い方を丁寧に教えてあげられ、トラブルがあった時には隣で家族が手伝ってあげることができる生存者だけである。またホロコースト生存者の取材を行って証言動画を録画するのも機材が必要なため、博物館や大学などに来てもらう必要があった。

 このような新型コロナウィルス感染によるロックダウンの状況でも、ホロコースト生存者らが高齢化して記憶がなくなってしまったり、亡くなってしまう前にホロコーストの体験や証言を後世に残して、記憶のデジタル化を進めようとして英国のNGO団体「Learning from the Righteous」はキャンピングカーのバンでホロコースト生存者らの自宅を回って、感染防止対策を万全にした車内で、生存者らに取材をして当時の証言を収集している。ホロコースト生存者で一番若いエヴァ・クラーク氏は母親が強制収容所で彼女を生んで、どのようにして解放されるまでナチスから守ってきたかを語り継いできていた。彼女も今までは学校などで講演をしてきたが、現在ではこのキャンピングカーのバンで当時の様子を語っている。

「Learning from the Righteous」のアントニー・リシャク氏は長年にわたって英国でホロコースト教育を行ってきたが、ホロコースト生存者の証言をとるためにキャンピングカーのバンで取材ができるように車内に機材を設置したり、徹底した感染予防対策を施したりとカスタマイズして英国のホロコースト生存者らに取材をして証言を録画し、記憶のデジタル化を進めている。同氏は「Zoomの設定は高齢のホロコースト生存者にはとても大変な作業です。慣れていないオンラインでの取材では、本当に後世に伝えたいことも、伝えにくいこともあります。また誰かがリアルに対面にいて会話を進めた方が、75年以上前の当時の記憶を引き出すのには効果的なことが多いです」と語っていた。

 ロンドン在住の90歳になるリリ・ポールマン氏はウクライナ出身でホロコースト生存者だが「このようなパンデミックの状況ではどこに行くこともできません。このようなバンでの取材は独創的なアイディアです」と語っていた。

英国のNGO「Learning from the Righteous」がカスタマイズした取材用のキャンピングカーのバン(Learning from the Righteous提供)
英国のNGO「Learning from the Righteous」がカスタマイズした取材用のキャンピングカーのバン(Learning from the Righteous提供)

徹底した感染症予防対策がとられた取材用のキャンピングカーのバンの車中(Learning from the Righteous提供)
徹底した感染症予防対策がとられた取材用のキャンピングカーのバンの車中(Learning from the Righteous提供)

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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