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ミンク由来の新型コロナウイルス変異株は何が問題なのか

忽那賢志感染症専門医
(写真:ロイター/アフロ)

デンマークから、ミンクに由来する新型コロナウイルスの変異株"cluster 5"が報告されました。

この変異株の出現による影響にはどのようなものがあるのでしょうか。

ウイルスの変異とは?

G614変異株による感染性の変化(https://doi.org/10.1016/j.cell.2020.06.043より)
G614変異株による感染性の変化(https://doi.org/10.1016/j.cell.2020.06.043より)

変異とは、生物やウイルスの遺伝子情報の変化を指します。

変異が起こると、例えばウイルスが感染しやすくなったり、治療薬が効かなくなったり、ワクチンが利きにくくなったり、というウイルスの性質の変化が起こりえます。

これまでに、抗ウイルス薬であるレムデシビルが効きにくくなった変異を持つウイルスが報告されていますし、現在はウイルス表面にあるスパイク蛋白というタンパク質の614番目のアミノ酸残基がアスパラギン酸(D)からグリシン(G)に置き換わる変異で感染性が増した「G614(D614G)」と呼ばれる新型コロナウイルスが世界で流行するウイルスの主流の株として入れ替わっています。

新型コロナウイルスはヒトだけでなく動物にも感染する

ヒトと動物とのコロナウイルスの伝播の関係(いらすとや様に感謝しつつ筆者作成)
ヒトと動物とのコロナウイルスの伝播の関係(いらすとや様に感謝しつつ筆者作成)

これまでに新型コロナウイルスはヒトだけでなく、動物にも感染することが分かっています。

ペットでは犬や猫がこれまでにヒトから感染したことが報告されており、ライオンやトラの感染例も報告があります。

また動物実験でもフェレットやハムスターも感染しており、動物実験のモデルとして研究されています。

中でも、ミンクは新型コロナウイルスへの感受性が高いことが分かっており、これまでもミンク農場での集団感染が報告されていました。

またミンクは現時点では、ヒトへの感染を起こし得る動物として認識されていました。

デンマークでミンクに由来する変異株に感染したヒトの感染例の報告

そんな中、デンマークでミンクに由来する新型コロナウイルスの変異株のヒト感染例が報告され話題になっています。

WHOによると、6月以降デンマークではミンクに関連したヒトの新型コロナ感染例が少なくとも214例報告されており、このうち12例が"cluster 5"と呼ばれる変異株に感染していたとのことです。

12例は全てデンマークの特定の地域からの報告であり、このうち8例はミンクの養殖業との関連があり、4例はミンクと関連のない事例であったとのことです。

12例の感染例を調査したところ、現時点では臨床症状、重症度、感染のしやすさなどは大きく変わっていないようですが、この変異株が従来の新型コロナウイルスの中和抗体に対する感受性が低下していることが注目されています(中和抗体とは、特定のウイルスに感染することでヒトが作り上げた免疫のことを指します)。

中和抗体への感受性低下、が意味することは?

この"Cluster5"変異株では、スパイク蛋白に3つのアミノ酸の変化と2つの欠損が生じていることが分かっており、これによって中和抗体に対する感受性が低下しているようです。

中和抗体への感受性が低下している、ということはこれまでの新型コロナウイルスに感染したヒトが獲得した免疫が、新しい変異株には抵抗力が下がる可能性があるということになります。

つまり、過去に新型コロナに感染し免疫を獲得している人もこの変異株には免疫があまり役に立たず、容易に感染してしまう可能性が危惧されます。

また、現在開発されている新型コロナワクチンの多くはこのスパイク蛋白を標的にしていることから、スパイク蛋白の変異がみられる"Cluster5"変異株に対しては有効性が低下する可能性もあります。

なお、これらの懸念は現時点では理論上の可能性の話であり、実証されているわけではありません。

また、いまのところはこの変異株に感染したヒトはまだ12例しかおらず、今すぐ「今後ワクチンが効かなくなる!ぴえん」という話ではありませんし、ましてや「変異によって病原性が強くなっている!\(^o^)/オワタ」とかそういう話ではありません。

ただし、今回のミンク由来の変異株の出現は我々にとって教訓的な事項を含んでいることは間違いありません。

ミンクなどの動物とヒトとの間をウイルスが行き来することで変異が誘導されやすくなる

ヒトとミンクの間の伝播で起こる新型コロナウイルスの変異(いらすとや様に感謝しつつ筆者作成)
ヒトとミンクの間の伝播で起こる新型コロナウイルスの変異(いらすとや様に感謝しつつ筆者作成)

新型コロナウイルスはヒトだけでなく動物にも感染することは以前から分かっていましたが、今回のミンクの事例からは、ヒトとヒトの間で感染を繰り返すよりも、ミンクという動物の間で感染を繰り返す、あるいはヒトとミンクとの間で感染を繰り返すことで変異が誘導されやすくなることが示唆されます。

現在までに、ミンクの新型コロナのアウトブレイクはデンマークだけでなく、オランダ、スペイン、スウェーデン、イタリア、米国の6カ国で報告されていますし、今回の変異株はオランダでも見つかっている、とのことですが、今後はヒトからミンクへの感染についてはできる限り起こさないことが重要になります。

デンマークでは、国内で飼育されているすべてのミンク(1,700万頭以上)が殺処分されることを、法的根拠など含めて実施されるか検討されているところのようです。

このコロナのパンデミックの時代にあって、ヒトと動物との付き合い方にも問題が突きつけられています。

今後は科学的なエビデンスに基づいてヒトと動物との適切な関係が求められることになるのかもしれませんが、いまのところはミンクからしかヒトへの感染が確認されていませんのでミンク以外の動物への過剰な対応は不要と考えられます。

新型コロナ関連の情報は目まぐるしく更新されることから、引き続き情報のアップデートに注意を払いたいと思います。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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