陸上自衛隊のヘリが撃墜されたと考えている人たちは誰か
2023年4月6日に宮古島付近で陸上自衛隊のヘリコプターが行方不明になりました.
これに対して,陸上自衛隊は「航空事故と概定し」ていますが,「実際には撃墜されたのではないか」という憶測がネット上で飛び交っているようです.
そこで,ネット上での憶測がどの程度あり,どのような人たちがそのような憶測を投稿しているのか,ツイッター上のデータを分析しました.
三行でまとめ
・事故に懐疑的なアカウントは17,000アカウント程度
・保守系アカウントが多い
・2022年にワクチン懐疑派に転じたアカウントがなぜか多い
データ
まず,事故関連のツイートを収集するために「ヘリ+陸自,陸上自衛隊,自衛隊」で検索を行い,4月6日~15日の間に投稿された382,397ツイートを収集しました.
さらに,事故ではないという投稿を取得するために,こちらの記事を参考に「撃墜,電波,電磁波,ミサイル,ドローン,中国」を含むツイートを抽出しました.
その結果得られたのはリツイートを含めて90,711ツイートでした.思ったよりも多くないという印象です.
さらにその中で「撃墜なんて陰謀論だ」というものも含まれているため,クラスタリングを行ってツイートを分類してみました.
その結果がこちら.
幾つかのクラスタが得られましたが,主なクラスタである,本件が事故であるということに懐疑的なクラスタA(事故懐疑派)と,撃墜されたというのは陰謀論だとするクラスタB(陰謀論否定派)について見てみたいと思います.
まず,それぞれのクラスタで代表的なツイートを見てみましょう.
クラスタAの代表的なツイートとしては,
などがありました.
また,クラスタBで代表的なツイートはこちらでした.
それ以外には,
などのツイートが拡散されていました.
クラスタの分析
次に,基本データとしてクラスタA:事故懐疑派について見てみると,136のオリジナルツイートが16,978アカウントによって30,861回拡散されていました.
一方,クラスタB:陰謀論否定派では,53のオリジナルツイートが8,772アカウントによって14,693回拡散されました.
少なくとも17,000アカウントほどは事故であるという発表に懐疑的なアカウントがあることが分かりました.
それぞれのクラスタのツイートがいつどのくらい拡散したかを確認してみましょう.
これをみると,このデータでは当初から事故に対して懐疑的なツイートが多いですが,その量はすぐに減少し,10日には否定派の方が多くなっているようです.ただ,すぐにまた事故懐疑派が増加していることが分かります.
これらのクラスタでツイートされた単語のTFIDFを計算して,ワードクラウドを作成してみました.
クラスタAの方では「撃墜」や「兵器」「スパイ」という単語が特徴語として出てきています.特徴語の多くが事故ではない原因について言及していることが分かります.
一方クラスタBでは「陰謀論」という単語が大きく出ており,当該言説が陰謀論だという主張が多くなされていることが分かります.バカとかアホとかがあるあたりはあまりお上品ではないですね・・・
次に,クラスタA,Bそれぞれのツイートを行ったアカウントのプロフィールのTFIDFをワードクラウドにしてみると以下のようになりました.
クラスタAのアカウントでは,「日本人」「反日」という単語が大きく出ていますが,これらはいわゆる保守系の方のプロフィールによく表れる単語として知られています.また,それ以外の特徴語として高市早苗氏が出ているのが興味深いところです.
クラスタBはゲーム系アカウントでしょうか.艦これ,アズレンなどのゲームやガンダムのファンが多く存在するようです.いわゆるミリオタ系アカウント群が多いのではないかと推測されます.
過去のツイート
そこで,過去のデータを調べてそれぞれのクラスタに所属するアカウントが過去どのようなクラスタに所属していたのかを調べてみました.
その結果,クラスタAのツイートを拡散したアカウントの81.2%が高市氏を応援するツイートを過去に拡散していたことが分かりました.ただし,高市氏を応援するツイートを拡散したアカウント全体の中では7.4%に過ぎないため,「事故に懐疑的なアカウントは高市氏支持層だが,それは高市氏支持層全体のごく一部である」であるということができそうです.わかりやすくベン図で書くとこんな感じ.
ちなみに,クラスタBにも高市氏支持層が51%程度いたので,本件関連のツイートに高市氏の支持層が反応しているところはあるかと思います.
政治的なクラスタで見ると,クラスタA,Bともに政治的指向は保守的なようで,どちらも60~70%程度のアカウントが自民党支持のツイートを拡散していました.やはり自民党支持ツイートを拡散したアカウント全体からみると,クラスタAは5%程度しか所属しておらず,「自民党支持者の一部に事故懐疑派がいる」という程度のもののようです.
また,クラスタAのアカウントは2022年に44.3%がワクチンに懐疑的なツイートを拡散しています.クラスタBでは6.7%程度なのとは対照的です.さらに興味深いのが,クラスタAのアカウントで2021年にワクチンに懐疑的なツイートを拡散したのは0.8%程度しかいないんですよね.このコミュニティ,2022年にいったい何があったのでしょうか・・・
以上,クラスタA,Bが過去に所属していたクラスタについてまとめたものが以下の通りです.
ちなみに,他にもいくつかの事例と比較はしていますが,特にクラスタAが他の陰謀論と呼ばれるものと親和性が高いとは言えないようです.例えば,Qアノン等の情報を拡散しているとはいえませんでした.
まとめ
以上,陸上自衛隊のヘリコプターが宮古島沖で消息を絶った事件に関し,事故以外の原因を疑っているアカウント群の特徴について分析してみました.
その結果,保守系かつ高市氏支持層が多く,2022年以降ワクチン懐疑ツイートを拡散しているアカウントが多いという結果になりました.
国もメディアも事故であると言っている中で,そうではないと主張しているアカウントが,陸自ヘリ関連ツイートを行っている全アカウント107,649中17,754アカウントと多数派ではないものの16.5%程度いるということで,このことについてどう捉えるかは難しいところです.
ウクライナ紛争以来,ネット上のフェイクニュースや世論誘導など,情報安全保障といった観点にも注目が集まっています.本件が必ずしもそれに関連するかどうかは分かりませんが,ネット上の言説には十分な注意が必要なのは間違いないでしょう.
ネット上での根拠のない憶測や陰謀論は,社会に混乱や不安を招くだけでなく,情報の信頼性を低下させる危険があります.もともとこういった機密性の高い情報についてはどんなに調べても個人のレベルで正解にたどり着くのは困難です.
特に,人間は「こうであるに違いない」という思い込みから「そうである根拠」となる情報を集めがちな確証バイアスが働きがちです.自分が「そうであって欲しい」と思う情報があった時こそ,その情報が本当に正しいのか慎重に見極めたほうが良いでしょう.
その意味では,この記事の内容が自分の考えと一致しているからとすんなり受け入れるのも危険かもしれません.幸いなことにまだTwitterAPIは動いているようですので,慎重に見極めたい方はWEB Tweet Crawlerなどを使って是非ご自身でもご確認いただければと思います.
ちなみに,事故だったのかそうではなかったのかについては本記事で結論を出すものではありません.
4月14日には,海中でヘリの機体が見つかったようですので,今後の原因究明に期待するとともに,亡くなった隊員の皆様のご冥福をお祈りしたいと思います.