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ゴルフ界の王者タイガー・ウッズが全英オープンの舞台、聖地セント・アンドリュースで珍しく見せた涙の意味

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
(写真:ロイター/アフロ)

 150周年を迎えた今年の全英オープンは、ゴルフの「聖地」セント・アンドリュースが舞台。

 その2日目。18番グリーンへ向かうタイガー・ウッズは、白いキャップを右手に持って翳しながら、大観衆の拍手喝采に応えていた。

 このホールの「名物」「名所」と言われるスウィルカン・ブリッジを渡ったころは、ウッズは、まだ笑顔だった。

 しかし、1番からスタートして歩き出したローリー・マキロイらが18番を歩くウッズに手を振り、後続組のジャスティン・トーマスらも盛んに拍手を送る姿を目にしたとき、ウッズの頬が突然、涙に濡れた。

 ウッズの涙を見るのは何度目だろうかと、ふと思った。2度目?せいぜい3度目?

 四半世紀以上もの間、ゴルフ界の頂点で戦い続け、数々の山谷を越えてきたウッズだが、試合の場で彼が涙を見せたことは、ほんの数えるほどしかない。

 たった1度だけ、号泣した場面を間近で見たことはある。あれは2006年の全英オープン。最愛の父アールが亡くなったわずか2か月後、父の魂を感じながら戦い、勝利したウッズは、当時の相棒キャディ、スティーブ・ウィリアムスの胸に顔をうずめながら少年のように激しく泣いた。

 だが、あのとき以外に、ウッズが涙を流した場面は、にわかには思い出せない。うれしいときも、辛いときも、滅多に泣かなかったウッズが、今年の全英オープンでは、36ホール目に思わず涙を見せた。

 何度目だろうか?そんなことを思っていたら、プレーを終えたウッズ自身が、こう言った。

 「ちょっと涙が溢れてしまった。僕はすぐ泣くタイプじゃないんだけどね」

 それなのに、なぜ泣いてしまったのか。ウッズの涙の意味を考えてみた。

【聖地への想い】

 ウッズが感極まった最大の理由は、今回が聖地セント・アンドリュースで開催される全英オープンで戦う最後の機会かもしれないという想いだった。

 ウッズは全英オープン3勝を誇っているが、そのうちの2勝はセント・アンドリュースで挙げた2000年と2005年の優勝だ。彼にとってセント・アンドリュースは、「聖地」であることに加え、「思い出の地」でもある。

 「僕は1995年から、この地で戦ってきた。2000年と2005年に、ここで2度も優勝できたことは、これ以上ないほどの幸運だ。でも、次にセント・アンドリュースで全英オープンが開かれるのは、いつだろう?2030年?それまで僕が肉体的にプレーを続けていられるかどうかは、わからない」

 だから、今回が聖地で戦うラストチャンス――そう思えば思うほど、ウッズは胸がいっぱいになった。珍しく見せた彼の涙の意味は、聖地に寄せる深い想いだった。

【感謝の念】

 ウッズの涙のもう1つの意味は、感謝の想いだった。

 昨年2月の交通事故で重傷を負ったウッズは、必死にリハビリに取り組んだ甲斐あって、今年のはじめごろには試合復帰の目途が付き始めた。

 そのころからウッズは「セント・アンドリュースで戦う最後になるかもしれないから、今年の全英オープンには、どうしても出たい。全英オープンだけは、どうしても出たい」と言い始めた。

 親友であるジャスティン・トーマスも、相棒キャディのジョー・ラカバも、「タイガーは今年の全英オープンに出ることを、ずっと楽しみにしていた」と振り返った。

 聖地で戦うことを切望していたウッズの想いを汲み取り、ウッズの家族もチーム・タイガーの面々も、キャディのラカバも、選手仲間のトーマスやマキロイらも、そしてファンも、みなウッズをさまざまな形で支えてきた。

 そのおかげで、「全英オープン1試合だけでいいから」と願っていたウッズは、1試合どころか、まず4月のマスターズで試合復帰を果たし、予選を突破して4日間72ホールを戦い通し、47位になった。

 5月の全米プロでも予選通過を果たした。しかし、右足の状態は悪化の一途となり、最終日を戦わずして途中棄権。

 6月の全米オープンは迷わず欠場する道を選び、そして今週、願っていた通り、聖地での全英オープン出場を果たした。「78-75」とスコアは振るわず、予選落ちとなったが、結果より大切なものを得た喜びをウッズは噛み締めていた。

 交通事故で瀕死の重傷を負ったときは、右足切断さえ検討され、プロゴルファーとして再起不能になる可能性もあったが、そんな状況から脱し、「全英オープン1試合だけでいいから」と試合復帰を願っていたら、メジャー大会3試合に出ることができた。

 「今年、3試合に出場できたことは、これ以上ないほどの幸運だ。僕を支えてくれて、僕にそうさせてくれたみんなに心から感謝している。そして、3つもメジャー大会に出られたことを、僕自身、誇りに思う」

 そう、ウッズの涙のもう1つの意味は、サポートしてくれたすべての人々に対する深い感謝の念だった。

 18番を歩きながら、珍しく涙もろくなったウッズだったが、涙のあとは、ウッズらしい前向きな姿勢を取り戻し、こんな意欲を見せた。

「人生は進んでいく。だから来年は、もう少しだけ多く試合に出たい」

 ウッズの今年の試合数は、切望した1試合が実際は3試合になり、来年はきっと4試合、5試合、もしかしたら6試合?

 ネバーギブアップの精神で、一歩一歩、着々と――。

 そんな歩み方を示したウッズは、だからこそ、ゴルフ界の永遠の王者だ。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、長崎放送などでネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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