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小規模漁業を衰退させる理不尽なクロマグロの漁獲枠配分

勝川俊雄東京海洋大学 准教授、 海の幸を未来に残す会 理事

昨年は、日本のクロマグロ未成魚の漁獲が枠を大幅に超過して問題となった。今年も、北海道の定置網の大量漁獲などにより、漁獲枠を超過するは確実とみられている。今年はそれに加えて、延縄(はえなわ)など一部の漁業で成魚の漁獲枠の消化が進み、操業停止勧告が出されている。

大型マグロ操業停止勧告 水産庁、一部沖合漁業者に

2018.05.23 朝刊 5頁 経済1 

 水産庁は22日、一部の沖合漁業者に対し、太平洋クロマグロ大型魚(30キロ以上)を狙った操業を停止するよう勧告したと発表した。対象漁業者の17日時点の漁獲量が153・4トンに上り、12月末までの上限の約92%に達したため。5月から南西諸島周辺で漁獲が増えたことが要因という。

 勧告されたのは、近海や遠洋などでマグロを取る指定を国から受け、主にはえ縄漁を営む漁業者ら。勧告は今年1月に始まった法規制に基づく措置で、漁獲量が上限に近づくと出される。他の魚を狙った漁に交じることを避けるため、大型クロマグロが取れる可能性のある海域での全面操業停止や、生きた大型魚は放流することも求めた。

問題が多い産卵場での巻網(まきあみ)操業

 日本では古来から、クロマグロは定置網や延縄などの伝統的な漁法で漁獲されていた。戦後は、大きな網で、魚を群れごと一網打尽にする巻網による漁獲が増大し、資源は減少をした。昭和の時代は、三陸沖がクロマグロの好漁場であったが、資源が減少して漁場が消滅したために、2004年から巻き網船団は日本海の産卵場に移行した。クロマグロは群れをつくって、日本海西部の産卵場に戻ってくる。クロマグロが産卵をする水温は決まっているので、予想される回遊ルートに待ち構えていれば、少なくなった群れを効率的に漁獲することができるのである。

クロマグロ漁獲量(トン) WCPFCより引用
クロマグロ漁獲量(トン) WCPFCより引用

今年も6月4日から、鳥取県境港で、クロマグロ産卵群の水揚げが始まった。産卵期のマグロは脂が少なく市場価値が低い。その上、需要を無視して、大量に水揚げするために、市場価格は暴落する。貴重な産卵の機会を奪うのみならず、限りある資源を薄利多売する点でも、もったいない漁業である。

薄利多売の巻網と付加価値付けの延縄

 一本釣りや延縄のような釣り漁業は、漁獲能力が限られている。群れの中の1尾か2尾が餌を食べるぐらいだろう。それに対して、群れごと一網打尽にできる巻網は、より効率的に魚を獲ることができる。その巻網ですら産卵場でしか魚が捕れなくなるのは、末期的といえる。

 魚の奪い合いでは巻網に分があるのだが、魚の価値は延縄の方が圧倒的に高い。何十トンもまとめて漁獲する巻網は、魚の処理が雑で、身にヤケが多く、市場での評価が低い。築地市場に大量に送られても、値段が付かずに大量に売れ残り、捨て値で引き取られることもある。それに対して、一本釣りや延縄は、水揚げしたマグロを一本一本丁寧に処理するために、身質を維持することができる。

魚の質の違いは価格を見れば一目瞭然である。巻網の主要水揚げ港の塩釜や境港では、単価が1000円/kg前後。それに対して、延縄の主要水揚げ港の那智勝浦の単価は6250円/kg、一本釣りが盛んな勝本では5828円/kgと6倍もの開きがある。同じクロマグロでも、獲り方によって、価値が大幅に変わってくるのだ。クロマグロが余っているならまだしも、世界的に不足しているのだから、より付加価値がつく漁法でとるべきなのは言うまでもないだろう。

水揚げと価格の統計はここにある。

小規模伝統漁業への配慮が世界の常識 

 一本釣りや延縄のような、小規模伝統的漁業の存続に特別な配慮をするのが世界の常識である。FAOの持続的漁業の行動規範やSGDs 14.bでも、小規模・伝統的漁業者への特別な配慮の必要性が明記されている。クロマグロの国際管理を行っている中西部太平洋まぐろ類委員会のWCPFC条約(5条:保存保管の原則)にも、「零細漁業者及び自給のための漁業者の利益を考慮に入れること」と記述されている。クロマグロ資源の回復のために漁獲量を削減するのはやむを得ないとしても、小規模伝統的漁業である一本釣りや延縄に配慮して漁獲枠を設定することが国際的に求められている。付加価値付けができて、地域の雇用にも寄与する漁業に優先的に漁獲枠を配分することは、漁村地域の活性化にも繋がるだろう。残念なことに、日本は全く逆の方向に進もうとしている。

巻網の漁獲量は1割削減、延縄の漁獲量は八割削減

 国際管理機関WCPFCでは、2002-2004年の漁獲実績に基づきクロマグロの漁獲枠を各国に配分した。日本には、クロマグロの成魚の漁獲枠は、4882トン配分されている。この漁獲枠を国内でどのように配分するかは各国の裁量に任されている。水産庁は、延縄漁業者の同意を得ぬまま、巻網の漁獲量を温存して、延縄の漁獲枠を大幅に削減した。基準年である02-04年と比較すると、巻き網の漁獲の減少は10%にとどまるが、延縄は78%も漁獲量を削減されてしまったのだ。大幅に漁獲枠を削られた延縄は、あっという間に漁獲枠が一杯になって、操業停止勧告が出された。将来的に資源が回復したとしても、延縄漁業の失われたシェアは回復しないなら、延縄漁業の未来が奪われたにも等しい。(詳細はこちら

クロマグロの漁獲量と漁獲枠
クロマグロの漁獲量と漁獲枠

魚の価値を大切にする伝統漁法の延縄を守れ!

延縄漁業は、経営規模は小さいが、地域の雇用を支えて、良質な魚を供給してきた。このような漁業を守ることが、日本の漁業の未来に繋がるはずである。魚の価値を引き出すことができる延縄や一本釣りには、漁獲枠を優先的に配分して、これらの漁業が獲りきれなかった場合のみ、巻網にも漁獲枠を分け与えるぐらいでちょうど良いだろう。政治力の弱い小規模漁業ばかりに我慢を敷いている現在の方針は、小規模漁業者の未来を奪い、地方創生に逆行する。

現在、農水省では、クロマグロの規制に関するパブコメを募集している(6/6まで)。もし、小規模漁業者ばかりに痛みを強いる現在の漁獲枠配分がおかしいと思われる方は、「延縄などの小規模伝統的漁法の生存のために、多く枠を配分すべきである」といった意見を提出していただけると幸いです。数が力になりますので、よろしくお願いします。

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東京海洋大学 准教授、 海の幸を未来に残す会 理事

昭和47年、東京都出身。東京大学農学部水産学科卒業後、東京大学海洋研究所の修士課程に進学し、水産資源管理の研究を始める。東京大学海洋研究所に助手・助教、三重大学准教授を経て、現職。専門は水産資源学。主な著作は、漁業という日本の問題(NTT出版)、日本の魚は大丈夫か(NHK出版)など。

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