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「パイレーツ」ジャック・スパロウ役はマシュー・マコノヒーのはずだった。公開から20年、意外な裏話

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
キャプテン・ジャックの姿で子供病院を訪れたジョニー・デップ(提供:BCCHF/Splash/アフロ)

「パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち」が北米公開されたのは、2003年7月。みんなに愛されるジャック・スパロウの誕生から、ちょうど20年だ。

 この映画は全世界で6億5,400万ドルを売り上げる大ヒットとなり、すぐさま2作目と3作目にゴーサインが出た。成功の最も大きな理由は、言うまでもなく、ジョニー・デップが作り上げた、個性的な魅力とユーモアにあふれるジャック・スパロウのキャラクターだ。格式高いアカデミーは普通、娯楽大作に優しくないものだが、デップはこの役でキャリア初のオスカー候補入りを達成。その後も4度演じたこの役が、彼のキャリアで最も重要な役であることは疑いの余地がない。

 結果的には誰もがハッピーになったものの、そこまでの道のりは紆余曲折だった。そもそもディズニーは最初、ディズニーランドのアトラクションをテーマにしたこの映画を劇場公開用映画にするのか、DVDスルー向けに作るのかも決めかねていたのである。ずいぶん長いこと、海賊映画のヒット作は出ていなかったからだ。

 このジャンルの成功例といえば、バート・ランカスターが主演した1952年の「真紅の盗賊」。当時のランカスターに少し似ているのと、まもなく期待作「サラマンダー」が公開を控えていたことから、キャプテン・ジャック役の第1候補にはマシュー・マコノヒーが挙げられた(結果的に『サラマンダー』は大コケだった)。ただ、マコノヒーはギャラが高いため、DVDスルーになる場合はクリストファー・ウォーケンやケイリー・エルウィズはどうかというアイデアも出ている。一時はジム・キャリーも候補に上がったが、「ブルース・オールマイティ」の撮影とぶつかるため断念。ほかにはマイケル・キートンという案も出た。

脚本とはまるで違うキャラクターを作り上げる

 デップの名前を出してきたのは、この映画のプロデュースを手がけることになったジェリー・ブラッカイマーだ。脚本に書かれていたジャック・スパロウは正統派のヒーローだったが、そのイメージからほど遠いデップをあえて使うことで面白いキャラクターになるのではないかと思ったのだ。デップにとっても、完璧なタイミングだった。その頃のデップは2歳の娘リリー=ローズと一緒にディズニーのアニメーション映画を毎日のように見ていて、その魅力をあらためて発見していたのだ。考えてみると自分の出演作には子供に見せられるようなものがないし、アニメーションの声の仕事をやってみたいとも思っていたのである。

「パイレーツ・オブ・カリビアン」はアニメーションではないものの、デップは脚本を読んで、ジャック・スパロウをテレビ漫画のようなキャラクターにできる可能性を見た。そこからデップは想像力を働かせ、海賊についてのリサーチをしていった。その昔、海賊はロックスターのような存在だったと知ると、ローリング・ストーンズのギタリスト、キース・リチャーズをモデルにしようと思いつく。また、日差しが強い海の上にずっといるし、ラムを飲んでいるので、陸地に上がったらふらふらするだろうと、歩き方も考えた。金歯を入れるのを思いついたのもデップだ。絶対ディズニーに反対されるとわかっていたので、後で“妥協”として減らせるように、歯医者には希望するより多くの歯に金を被せてもらうようにしてもらっている。セリフも脚本にはこだわらず、即興も好きなだけやった。

1作目のプレミアに現れたデップは、まだ金歯が入ったままだった
1作目のプレミアに現れたデップは、まだ金歯が入ったままだった写真:ロイター/アフロ

 デップが作り上げたジャック・スパロウを見て、当時ディズニーのトップだったマイケル・アイズナーは「彼が映画をめちゃくちゃにしている」と激怒。あの喋り方ではセリフがはっきり聞こえない、このキャラクターは頭がおかしいようにも見えると、エグゼクティブたちは不満を募らせた。「あなたは何をやっているの?このキャラクターはゲイなの?」と聞かれたこともある。それに対してデップは、「僕が演じるキャラクターはみんなゲイだって知らなかったんですか?」と答えた(この質問をしたエグゼクティブ自身もLGBTQで、差別の意図はない)。

アンバー・ハードの意見記事で消えた6作目

 デップはジャック・スパロウを心から愛し、「この役は一生演じていきたい」と何度も語ってきている。6作目のギャラも具体的に提示されていたし、脚本にも参加しないかとの話まで来ていた。しかし、2018年12月に元妻アンバー・ハードがDV被害者として書いた意見記事が「Washington Post」に掲載されたことから、突然にしてこのシリーズを追い出されてしまった。それも、直接言われたのではなく、記事で知ったのだ。昨年、ヴァージニア州で行われたハードに対する名誉毀損裁判で、デップは「キャプテン・ジャックは、僕が何もないところから作り上げたものです。ほかのキャラクターにも言えることではありますが、あのキャラクターには僕自身がたくさん入っています。セリフも、ジョークも、自分で考えました。ディズニーとは一緒に成功を築いてきたと思っていたのに」、「シリーズにはいつか終わりが来ます。でも、その時には正しい形でさようならを言いたいと思っていました。その時が来るまで、僕はこの役を演じ続けるつもりでした」と、当時の気持ちを証言している。

 だが、裁判に勝ち、デップがハードに暴力を振るっていなかったことが証明されたことで、再びジャック・スパロウを演じる道は開けた。デップを降板させた後、ディズニーが進めていたマーゴット・ロビー主演でシリーズをリブートする計画も没になり、振り出しに戻った形だ。昨年末、ブラッカイマーは、スタジオがどう考えているかはわからないとしながらも、「私はまた彼を出したいです。彼は友達だし、非常に優れた役者ですから」と答えている。

 一方で、デップは、メジャースタジオの映画に戻ることを焦ってはいないという報道もある。事実、彼は現在、1997年以来初の監督作となるモジリアーニの伝記映画「Modi」の製作準備で忙しい。しかし、心のどこかには、ジャック・スパロウを懐かしむ気持ちがきっとあるかもしれない。彼自身が言ったように、あのキャラクターにちゃんとさようならを言ってあげるべきではないか。20周年という節目に、デップはどんな思いをめぐらせているのだろう。その先に何か動きがあることを、大勢のファンが期待している。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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