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【メラノーマ治療に新たな光明】mRNAワクチンと免疫療法の併用で生存率が改善

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:イメージマート)

ModernaとMerckが共同開発中のmRNA-4157(V940)とキイトルーダの併用療法が、メラノーマ治療に新たな希望をもたらしています。最新の臨床試験結果では、この新規治療法がメラノーマ患者の予後を大きく改善する可能性が示されました。

【mRNA-4157(V940)とは?】

mRNA-4157(V940)は、個別化ネオアンチゲン療法(INT)の1つです。INTとは、患者さん一人ひとりの腫瘍の遺伝子変異に基づいて設計されるmRNAワクチンのことを指します。このmRNAワクチンには、最大34種類のネオアンチゲン(がん細胞特有の異常タンパク質)の設計図が含まれています。体内に投与されたmRNA-4157(V940)は、これらのネオアンチゲンを発現し、免疫システムを活性化します。活性化された免疫細胞ががん細胞を特異的に認識・攻撃することで、がんの成長や転移を抑えると考えられています。

mRNA-4157(V940)は、遺伝子工学の粋を集めた最先端のがん治療法と言えるでしょう。従来の化学療法や放射線療法とは異なり、患者さん個人のがんの特徴に合わせてオーダーメイドで作製されるため、高い有効性と安全性が期待されています。また、mRNAワクチンは合成が比較的容易で、大量生産も可能という利点があります。

【メラノーマ術後のadjuvant療法としての有効性】

KEYNOTE-942試験は、メラノーマの手術後にmRNA-4157とキイトルーダの併用療法を受けた患者群と、キイトルーダ単独療法を受けた患者群を比較した第II相臨床試験です。その結果、併用療法群では以下のような顕著な効果が認められました。

・無再発生存期間(RFS)が49%改善

・遠隔転移無生存期間(DMFS)が62%改善

・2年半の時点でのRFS率が74.8% (キイトルーダ単独群では55.6%)

これらの効果は、腫瘍遺伝子変異量(TMB)やPD-L1発現量に関わらず、幅広い患者集団で認められました。つまり、mRNA-4157とキイトルーダの併用療法は、多くのメラノーマ患者に恩恵をもたらす可能性があると言えます。

さらに、全生存期間(OS)を見ると、2年半の時点で併用療法群が96%、キイトルーダ単独群が90.2%と、併用療法群で良好な傾向が見られました。OSの改善効果は今後のフォローアップで明らかになるでしょう。

KEYNOTE-942試験の結果を受け、ModernaとMerckは現在、より大規模な第III相試験(INTerpath-001, NCT05933577)を進めています。この試験では、メラノーマの術後患者を対象に、mRNA-4157とキイトルーダの併用療法の有効性と安全性を検証します。良好な結果が得られれば、mRNA-4157とキイトルーダの併用療法が新たな標準治療となる可能性があります。

【メラノーマ治療における課題と今後の展望】

メラノーマは、皮膚がんの中でも特に悪性度が高く、転移・再発のリスクが高い疾患として知られています。日本では年間約4000人が新たにメラノーマと診断されており、罹患率は年々増加傾向にあります。メラノーマの発症には、紫外線曝露や外傷などが関与していると考えられています。

早期のメラノーマは外科的切除で完治する可能性が高いものの、進行したメラノーマの予後は芳しくありません。転移性メラノーマの5年生存率は、わずか10~20%程度と報告されています。近年、免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬などの新薬が登場し、生存期間の延長が期待されていますが、より効果的な治療法の開発が急務となっています。

mRNA-4157とキイトルーダの併用療法は、こうしたメラノーマ治療の課題を克服する画期的なアプローチと言えます。個別化ネオアンチゲン療法は、がん免疫療法の新たな潮流として注目を集めており、メラノーマ以外の癌腫への応用も期待されています。実際、ModernaとMerckは、非小細胞肺がん、腎細胞がん、尿路上皮がん、皮膚扁平上皮がんなどを対象とした臨床試験も進めています。

メラノーマの予防と早期発見に注力することが何より大切です。日光への過剰な曝露を避け、紫外線対策を徹底することが予防の基本です。また、自己検診やスクリーニング検査を活用し、メラノーマの早期発見に努めることが重要です。疑わしい皮膚病変がある場合は、躊躇なく皮膚科専門医を受診しましょう。

同時に、メラノーマ治療の最新動向にも注視していかなければなりません。mRNA-4157とキイトルーダの併用療法をはじめとする革新的な治療法の登場は、メラノーマ患者に新たな希望をもたらすものと期待されます。基礎研究から臨床応用に至るまで、がん治療のイノベーションを支える医療従事者の役割は今後ますます重要になるでしょう。

参考文献:

1. https://www.dermatologytimes.com/view/moderna-and-merck-announce-new-3-year-date-for-mrna-4157-combined-with-pembrolizumab-for-high-risk-stage-iii-iv-melanoma

2. https://www.merck.com/news/moderna-merck-announce-3-year-data-for-mrna-4157-v940-in-combination-with-keytruda-pembrolizumab-demonstrated-sustained-improvement-in-recurrence-free-survival-distant-metastasis-free-su/

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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